二十二話:業物と業者。
――業物とは。
業が宿った得物【武器】である。
この宸世においての得物【武器】の良し悪しは、刀鍛冶などの職人の腕に左右されるのではなく、如何なる物を切った、もしくは殺したかによって、決まる。
例えば、評一門当主の証でもある大業物・髭切太刀は、龍神の髭を断ち切った事により、その銘を得た。
神に近い実力を誇るもののけやもののふを殺傷すればするほど、その得物【武器】に業が宿ってゆき、硬さと切れ味が増すのだ。それは、宿業と言い換えられる事もある。
業物、上業物または上物、大業物もしくは大物、最後に極物と、後述してゆくほど得物【武器】の格が上がる。大業物は、髭切太刀を含む“宸世五太刀”の五振りしか無く、最上位である極物に至っては存在すらしていない。
* * *
「評門派、凍越流太刀術。百人に一人の天才と言われた、俺の実力って奴を見せてやるぜぇ」
赤い炎の髪にキツネ耳、鍛え抜かれた筋肉が目立つ細身の男、黒瀬 寒十郎。
その“業物”であろう太刀を抜き放った奴が、ついに本気で来るか。
吾輩は我が氷の太刀に、さらなる氷の防御結界を張って、少しでも硬度を上げておく。
「むははははははっ、いくぜぇ、三下ぁ。受けてみな?」
左下段に構えた奴の太刀、その刃に炎が伝ってゆく。
続いて、一歩、二歩と、踏み出して間合いを詰めてくる。
「焔月っ」
先ほどよりも早い、奴の突進。太刀を水平に構え直しての、平突きが来た。
吾輩は、その軌道に自らの太刀を割り込ませ、微妙にずらしながら、前へ踏み込んで流そうとする。
刃と刃が交差し、甲高い音が鳴り響いた。
炎と氷を纏ったそれぞれの刀身から、白い煙が噴き出す。
「むっ……」
互いに体勢は後ろ向き、そのまま間合いを取って振り返った吾輩の目前に、炎の軌跡が水平に行き過ぎる。奴の方が切り返しが早かったようだ。
思った以上に、やるな。
「むはあああっ、焔霧月ぃ!」
奴の、太刀を振り上げての袈裟切り、に、見せかけた、下段への突き、か。
対する吾輩は、左下段に構えた太刀を持ち上げての当て流し後、半身をずらして奴の突きの勢いを妨げずに、後ろへ行かせるようにする。
甲高い音が吠え、白い煙が沸き起こった。
再び、互いに交差する体勢。吾輩は振り向きざまに間合いを離す。
「むはははあっ、刃森をそこまで使えるなんざぁ、なっかなか、やるじゃねぇかっ」
評門派基本技の一つ、刃森。森は守に通じ、刃を守るという意味を持つ、防御が為の技である。
奴の得物【武器】は、おそらく“業物”の太刀。硬さと切れ味に関しては、向こうが格段に上であり、まともに受け止めては、こちらの太刀がへし折れてしまうだろう。故に、格上の得物【武器】が相手の時に使う事を前提とした、流して防御する技である刃森を使っているのだ。
「凍越流………………、か」
月は突きに通ずる。評一門の中でも突き技に特化したのが、凍越流である。
だが、焔月なる名前の技は聞いた事がない。奴のもののふとしての能力である炎を使った突き、すなわち独創【オリジナル】の技であろう。
それにしても、実際に刃を交わして分かったが、奴の“業物”であろう太刀に纏わり付いている“宿業”に、禍々しい“怪配”を感じた。結構な数の“業物”を見てきた吾輩だからこそ断言できるのだが、こうした太刀はほぼ間違いなく、善良でか弱き存在を理不尽に殺している。
「さぁて、そろそろ、本気でブッ殺してやんよぅ。てめぇも、この“村殺太刀”の、業になりなぁ」
――村殺し。
得物【武器】の銘は、持ち主の所業を表す。とは、良く言ったものだ。
己の得物【武器】の格を上げるには、宿業を貯めなければならない。それにはとにかく、その得物【武器】を使って、相手を傷つけ、切って、殺しまくる必要がある。無論、どんな存在でも構わない。か弱い村人を片っ端から殺しても良いし、人々を困らせるキツネのもののけを懲らしめても良いし、はたまた神にも等しい強大なもののけである大蛇を討伐しても良い。相手が強ければ強いほど、それを倒した時に宿る業も大きくなるのだ。
いつしか、そうした得物【武器】に宿業を貯める目的でもののけを退治して回り、ついでにもののけに苦しめられていた人々から報酬を得るという商売が出来る。
――それこそが、業者【冒険者】なのである。
「そなた、村を潰した事があるのか?」
聞くまでもない愚問ではあったが、何故か口に出た。
吾輩達の秘めた怒りが一段と増した事により、暗くなって吹雪き始めていた周囲も、心なしか激しくなってきている。
「あぁ? まぁ、二つぐらいは潰してやったけどよぅ、効率が悪りぃったらありゃしなかったぜぇ。いくら皆殺しにしても、ちっとも貯まりゃしねぇ」
「それで、今のやり方に変えた、という訳か……?」
「そういうこった」
「ほほぅ……」
案の定、奴の目的は、己の得物【武器】に宿業を貯める事であったか。それが為に、何の罪も無い旅商人を襲って殺し、わざと幽霊という証拠を残して罠を張り、幽霊と話せるほどの実力を持つ猛者をおびき寄せていた、という訳だ。
だがしかし、そのような所業を繰り返していたのなら、さすがに検非違使が黙っていないと思うのだがな。お尋ね者として官位も剥奪、指名手配されているとは思うのだが、実際の所はどうなのであろうか。
「さぁさぁ、無駄な時間稼ぎはこれまでだ。ブッ殺してやっから、覚悟しなぁ」
「最後に一つ良いか?」
「あぁ?」
「本命とやらを教えてくれ」
吾輩が、最も気になっていた事柄である。
こんな北の果ての寒い寒い針葉樹林の奥深くに、木と藁の簡易住居を組んでまで、奴らは誰を狙って罠を張っていたのか。
この機会に、どうしても知っておきたかったのだ。
「てめぇは冥土にも行けねぇだろうが、せっかくの土産に教えてやんよぅ。北峨谷 虎次郎と言ってなぁ。この辺じゃあ、誰でも知ってる業者【冒険者】らしいぜぇ?」
「ほぅ……、その男は強いのか?」
「知らねぇのか? 何でも、俺と同じ正三位を持ってやがる四ツ尾の“狐火使い”で、北虎狼と言われて調子乗ってやがるからよぅ、こうしてブッ殺してやる為に待ってんじゃねぇか」
「ほほぅ……」
あの、隠れ里の長である虎次郎は、やはり並々ならぬ実力を持っていたようだ。それに、この寒十郎と、ほとんど同じ型のもののふらしい。もしも二人が戦ったなら、勝敗の行方はどうなったであろうか。
「さぁ、覚悟はできたかぁ? 行くぜぇ?」
太刀を上段水平に構え、両腕を折り曲げて力こぶを作った筋肉を躍動させ、ぐっと腰を落とす奴。今までとは桁違いの“怪の力”が熱気となって立ち昇る。
「評門派、凍越流太刀術奥義、業火三日月。防げるもんなら、防いでみなぁ?」
奴の、両腕に施された入れ墨から、激しい炎が噴き出す。辺りの闇が、目を開けて見ているのも辛いような真っ赤な光に、染まってゆく。
三日月とは、一度の突きで三か所を刺す、凍越流太刀術の奥義が一つ。それに最大級の炎を上乗せした独創【オリジナル】の技が、業火三日月なのであろう。
「むぅ……」
評門派の基本技に過ぎない刃森で、凍越流の奥義が防げるか。
宸世最高の太刀使いと言われた吾輩だ。決して不可能では無い。
やるしかない。やってやるさ。
「骨も残さず、塵になりやがれええええええええええええぇぇぇっっっ」
奴が、地面を蹴った。
大地が砕け、火山が噴火するような、すさまじい突進。
「おおおおおおおおおおおおっっっ」
対する吾輩は、右手で柄を持ち、左手で刀身の背を支える、刃森の構え。さらに、氷の防御結界を最大限に展開して氷壁と成し、業火三日月に備える。
赤き業火と白き氷壁が交わり、甲高くも澄んだ音が一度鳴り響き、二人の影が交差する。
直後、轟音と共に猛烈な風、そして水蒸気が沸き起こった。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。




