表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
21/36

二十一話:百二十年ぶりの決闘。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 果てしない旅に出た吾輩(わがはい)達。

 ついに、針葉樹林の奥に潜む凶悪な人殺しと対峙する。

 筋肉質な細身の男に、華狐はなこと呼ばれたキツネのもののけ(●●●●)の二人。

 奴らの口から出た言葉はあまりにも身勝手で、反吐へどが出るほどだった。

 あと、すべてが罠であり、我らのような一定以上の実力者をおびき寄せるのが、目的であったようだ。

 そうして、男と華狐はなこは同化してもののふ(〇〇〇〇)と成り、正三位無官大夫(むかんのたいふ)黒瀬くろせの 寒十郎かんじゅうろうと名乗りを上げた。

 正三位を得るほどの大火力が奴の頭上に集中してゆく。

 一気に勝負を決するつもりか、吾輩わがはいが身構えたその時であった。

 いきなり、火の玉がしぼんでゆき、奴はこう言ったのだ。


「おぅおぅ、華狐はなこがてめぇと遊びたいってよぅ。交代してやっから、有り難く思え」




 ふむ。

 華狐はなことは、奴と精神を同化させたキツネのもののけ(●●●●)か。もっとも、その身体は今でも襟巻えりまきとして、奴の首に巻き付いている。


 もののふ(〇〇〇〇)の名乗りで、奴は“正三位”と言っていた。くだんの官位を得るには、ある条件を満たす必要がある。それには、相方となるもののけ(●●●●)との深いきずなが不可欠だ。例えば、兄弟姉妹だったり、夫婦だったり。

 少なくとも奴らは、そうしたえにしで結ばれているのであろう。



「やっほぉー、華狐はなこだよぅー、よっろしくぅー」


 それを聞いた吾輩わがはいは思わず、吐き気をもよおしてくる。

 なにせ、鍛え抜かれた筋肉を誇る細身の男子おのこが、ナヨナヨしながら低い声で、前述の女子おなごがよく使う台詞を言ってのけたのだ。絵面えづら的に、すこぶる気持ち悪い。


 されど、突如として奴がオカマになったのでは、決して無い。正真正銘、ギツネの華狐はなことやらの精神が、奴の身体の主導権を握っているのだ。複数の心が一つの身体に納まったのが、我らもののふ(〇〇〇〇)なのだから、そういった芸当も可能なのである。



「見た所、あんた“氷人こおりびと”だよねぇー? 嫁、出してくんないかなぁー?」


 そう、雪女と同化する事で氷漬けにされ、二度と戻れないもののふ(〇〇〇〇)になった吾輩わがはいのような者は、“氷人こおりびと”と一括ひとくくりにされ、不可逆型もののふ(〇〇〇〇)の分類【カテゴリー】に属している。

 雪女との結婚が絶対条件なのは、誰でも知っている話であるからして、この華狐はなことやらの要望も、むべなるかな。女子おなご同士でり合いたいのであろう。



「や、なのですっ」


 うむ。

 相変わらずの、ミもフタも無い、女房のお言葉であった。しかしながら、もう、吾輩わがはいの口から出てしまっているのだがな。



「なんでよぉー?」

「あなたが弱過ぎて、勝負にならないのです……」


 嗚呼ああ、女房の機嫌が極めて悪い。

 当たり前と言えば、当たり前ではあるが、こうなってしまっては容赦無いだろうな。



「へぇー、言ってくれるじゃないのよぉー?」


 怒りに呼応したかのように、奴の両手の入れ墨から、激しい炎が噴き出る。

 これから繰り広げられるのは、男子おのこの身体を借りた女子おなご同士の熱いいくさ


 ――のはず、だったが。



(あとは、お兄さまに任せるのです……)

「なぬうっっっ」


 煽るだけ煽っておいて、引っ込んでしまった。

 この女子おなご、我が女房ながら、鬼かああああああ。



「あたしの強さぁー、思い知らして、やんよおおおおおおっっっ」

「待てっ、まだ準備ができ……っ」


 最後まで言ういとまも、あらばこそ。

 筋肉質な細身がもたらす瞬発力で一気に距離を詰めた奴が、激しい炎に包まれた右の拳を繰り出すのが、見えた。


 無手による格闘術か。



「喰ぅっっっ、らええええええっっっ」


 吾輩わがはいの左手から、ズドンと重い衝撃が伝わる。奴の右拳を防御したからだ。



「まだぁー、まだまだまだまだまだまだああああああっっっ」


 右からも炎の拳が迫り来る。続いて左、さらに右、最初の一撃目よりは随分と、その衝撃は軽くなったが、手数が増えてゆく。



「くっ……、ふっ……、おっ……」


 だが、吾輩わがはいはことごとく、両手でそれらをさばき切った。無論、炎の熱も一切通さないよう、接触の瞬間に氷の防御結界を張っている。


 拳の繰り出し方、足運び、動きの拍子【リズム】から察するに、ギツネの我流である事は間違いない。だが、全体的にこなれており、充分、玄人の域に達しているだろう。



「これで、どうよおおおおおおっっっ」

「むっ……、なっっっ」


 まさに、一瞬のすきが生じてしまった。

 奴の脛毛すねげが点火するという、あまりな光景を目の当たりにした吾輩わがはいの身体が、瞬時ではあったが固まったのだ。

 そのまま、炎をまとった回し蹴りが吾輩わがはいの右肩に命中し、一陣の暴風が吹き散った。



「ぬおぅ……っっっ」


 すきを見事にかれた吾輩わがはいは、その回し蹴りの勢いを相殺できるほどの、踏ん張れる体勢が整っていなかった。無論、氷の防御結界も張っていない。



「ぐはっ……」


 案の定、吾輩わがはいの身体はものすごい勢いで吹き飛び、大木の幹に叩きつけられてしまったのだ。






「きゃはははははっ、見たかぁー、あたしの火拳ひけん炎毛脚えんもうきゃくをっっっ」


 火拳ひけんとやらはともかく、炎毛脚えんもうきゃくはいろいろと酷いな。まさか、脛毛すねげを燃やしての回し蹴りとは、思いも寄らなかったぞ。

 しかし、その見た目と低い声で、女子おなごのような笑い方はめて欲しいものである。



「むぅ………………」


 立ち上がって、衣服に付いたほこり氷膜ひまくごとパンパンとはたき落とした吾輩わがはい炎毛脚えんもうきゃくとやらが当たった右肩部分が、黒く焼け焦げている。色合い的には黒に近い深緑ふかみどり直垂ひたたれ【平民の普段着】ではあるが、さすがに目立ってしまうな。


 吾輩わがはいは、どちらかというと、無手による格闘術は苦手としている。太刀さえ握れば、どんな相手だろうと必ず勝てるし、そうでなくても、圧倒的な“の力”を使った氷の呪術で、押し切る事ができるのだ。



「やれやれ………………」


 奴らの“お遊び”に付き合い過ぎたかも知れん。

 吾輩わがはいが一撃を入れられたのは、実に久方ぶりの事であろう。これも、百二十年の空白【ブランク】が影響しているのは確かだ。


 ただ、身体を慣らしておくには、とても良い機会である。



「あららぁー、やぁーねぇー、男ってさぁー、敵わないって見ると、すぅーぐ、刃物抜くんだからさぁー、でもぉー、あたしには効かないよぉー?」


 無言で太刀を抜いた吾輩わがはいを見て、華狐はなこは馬鹿にしきった態度で囃し立てる。



「ふふっ、そうは言っても、刃物が怖いのであろう?」


 改めて衣服に氷膜ひまくを張り直した吾輩わがはいは、右手だけで握った太刀を右下段、やや後ろ気味に持って行き、情けないへっぴり腰。如何にも素人風味な構えを見せる。

 そうしたしかる後の、言葉であった。


 想定通り、華狐はなこが操る奴の顔が怒りに歪んで、真っ赤になってゆく。



「調子に乗ってんじゃないわよぉ、このクソガキがああああああっっっ」


 両手に炎を灯しながら、奴が一気に跳んだ。

 左手を前へ突き出し、火の玉を放ってくる。だが、これは牽制のはずだ。


 吾輩わがはいは左前方へ踏み出し、半身をずらして、火の玉を避けた。続いて、右後方の太刀を右手だけで振り上げる。



「ちっく……っっ」


 予想通り、火の玉に隠れて疾走し、今まさに炎の右拳を突き出そうとしていた奴の鼻先を、刃先が行き過ぎる。なれど、これは吾輩わがはいにとっての牽制。


 奴の体勢が整ったいとまより早く、吾輩わがはいの左手と合流した太刀は、そのまま流れるが如く水平に弧を描く。



「なっ……、舐めんじゃあっっ、ないわっ……、きゃっ」


 吾輩わがはいの、両手の力を込めた水平切りが、大きく宙空を裂いた。



「喰ぅっっっ」


 一歩退いて難を逃れた奴は、ここぞとばかりに突進。今度こそ渾身の右拳を、吾輩わがはいにお見舞いするつもりであろう。


 それに対して、右手を離した太刀を素早く返し、奴の目前でピタリと止める吾輩わがはい。左手で柄先つかさきを握り、最大限の間合い【リーチ】を制する構えだ。



「らええええええっっっ」


 だがしかし、突進は止まらない。身体をひねって太刀先をかろうじて避けた奴は、不安定な体勢のまま、炎に包まれた拳を突き出してくる。


 無論、それも想定の範疇である。

 吾輩わがはいは、氷の防御結界を幾重も張った右手を広げて、迎え撃つ。


 ズドドンと、重過ぎる衝撃が伝わってきた瞬間、吾輩わがはいの両足が地面にめり込む。

 一息遅れて、周囲の地面から土埃つちぼこりが、噴煙のごとく舞い上がった。


 そして、さらなる追撃は無い。奴の気配が後ろへ退いたからだ。






「むははははははっっ、面白れぇ、面白れぇぞおおおおおおっっ、三下ああああああっっ」


 土煙が消え、視界がはっきりしたその時、だいぶ離れた位置から、奴の笑い声がこだまする。

 この口調は華狐はなことやらの女子おなごではない。人間であった男子おのこの方だ。



「まさか、同門とは思わなかったぜぇ?」


 ほほぅ。

 吾輩わがはいは素人っぽく動いていたつもりなのだが、見抜かれていたのか。


 しかし、同門だと?

 有り得ない話ではないが、まさか。



こおり門派、凍越こごえ流太刀術。百人に一人の天才と言われた、俺の実力って奴を見せてやるぜぇ」


 そう言った奴は、ついに“業物わざもの”であろう太刀を抜き放つのだった。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ