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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
18/36

十八話:成敗してくれようぞ。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 いよいよ、果てしない旅に出た吾輩(わがはい)達。

 針葉樹林の入り口で幽霊と出会う。その凄惨な姿を見た途端、我が女房の雪音(ゆきね)は気を失った。

 幽霊は無念のあまり、我らの身体を乗っ取ろうと襲い掛かってくる。もはや話は通じない。

 吾輩わがはいは、不本意ながら幽霊の魂を切り捨て、無に還したのだった。




「や、なのですっ」


 目覚めた後の開口一番――、ミもフタも無い、女房のお言葉であった。

 もちろん、幽霊との経緯をすべて話した上で、これから下手人げしゅにん【犯人】を成敗しに行くと言った矢先の事である。



何故なにゆえに?」

「お化けだから、なのですっっ」


 ふむ――、こやつは何を言っておるのだ。我が女房ながら理解に苦しむ。



「旅は道連れ世は情けと言ってな、困った人がいれば手を差し伸べ……」

「お化けは人じゃないのですっっっ」


 嗚呼ああ――、なるほど。

 初手の印象が最悪だったので、やたら感情的になっているのか。

 まったくもって、女子おなごは難しいな。



「そもそも、あのお化けは、お兄さまを乗っ取ろうとしたのですよね? そのようなお化けに手を差し伸べる必要は、どこにもないのですっっっ」


 うぅむ――、それを言われると旗色が悪くなってくるな。

 確かに、いくら暴走していたとは言え、彼者かのものは恩を仇で返してきた。挙句の果てに、無防備な雪音ゆきねにまで襲ったのだ。到底許せるものではない。



「わざわざ、お兄さまが下手人げしゅにん【犯人】を成敗しなくても、近くの検非違使けびいしさまに告げ口すれば良いのです。うんうん……、これで全部解決なのですよっっっ」


 検非違使けびいしとは、朝廷の治安維持機構【警察】を指し、その構成員に与えられた官職でもある。

 要するに、咎人とがにんを取り締まる捕方とりかた【刑事】の所属する組織で、宸世しんぜ全土の街に詰所【交番】が設置されている。何か事件があれば、即座に出動できる仕組みになっているのだ。



「いや……、どうにも下手人げしゅにん【犯人】は、捕方とりかた【刑事】のやり口を知っているようだ。そう簡単には……、捕まるまいな」


 そう、キツネの面を被っていた件である。

 さらに、かなりの手練てだれかも知れない――と、付け加えておく。



「でもでも……、いつかは捕まるのです。悪の栄えた試しはないのですよ」

「それまでの間、無辜むこの旅人がどれだけ犠牲になるであろうか……?」


 吾輩わがはいの――ふとした呟きに、勝機が見える。雪音ゆきねが、わずかに顔を歪めたのだ。



彼者かのもののようなお化けが増え、道行く旅人に襲い掛かるであろうな……」

「でもでもでも………………、ふみゅう」


 雪音ゆきねが、言葉に詰まった。唇を噛みしめながら、思案をめぐらせている。

 だが、そんないとまを与えはしない。このまま一気に畳みかけ、攻め落とすまでだ。



「ここから隠れ里まで、だいぶ近い。里人の誰かが、北汰分(きたわけ)までお使いにでも行っている道中に、奴に襲われでもしたら、どうであろうな?」

「ふみゅううううううううううううぅぅぅ………………」


 勝負あった。

 さすがに直近で関わった人間が犠牲になれば、後味が悪いだろう。



「ふみゅっ、分かりました、分かりましたよ。お兄さまの好きにすれば良いのですっっっ」


 吾輩わがはいに言い負かされた事が悔しいのか。頬をふくらませ、そっぽを向く雪音ゆきね



「別にっ、悔しくなんかないのですっっっ」


 ――悔しがってる、悔しがってる。小さい背中が、悔しさのあまり震えているのが丸分かりだ。よっぽど、あのお化けが嫌いだったのか。

 こんな雪音ゆきねの様子を見るのは、実に久しぶりであるな。



「さっさと行って、とっとと終わらせるのですよっっっ」


 うむ――、そうだな。

 せっかく雪音ゆきねが、やる気になっているのだ。気が変わらぬ内に、片付けてしまおうぞ。




          * * *




 雪を被った木々の間から日の光が差し込み、白い地面をやや朱く照らしている。

 おそらく、さる正刻せいこく【約十六時】は超えているかも知れない。


 針葉樹林の奥へ立ち入った吾輩わがはい達は、彼者かのものを刺し殺した下手人げしゅにん【犯人】らしき、怪配けはい混じりの気配けはいを目指して、ひたすら進んでいた。無論、浮きながらである。



「それにしても……」


 奴らは、こんな北の果ての寒い寒い針葉樹林の奥深くで、いったい何をしているのであろう。

 何時いつ彼者かのものが刺されたのか。今となっては知るよしもないが、少なくとも昨日今日の話ではないように思える。

 長い期間、そこで寝泊りしているのだとしても、我らのような身体でもない限り、凍え死ぬのがオチである。

 もしかすれば、キツネ面の下は我らと同類かも知れないし、そうでなくても寒さを耐え忍ぶすべを身に付けた、強者つわものであるという事だ。いずれにせよ、一筋縄では行かない相手であろうな。






 そろそろ――、御対面の頃合いだ。

 雪音ゆきねが、吾輩わがはいの左(そで)をぎゅっと握りしめ、後ろに隠れる。

 伏兵や不意打ちに備えて辺りの気配を探るが――、


 相変わらず、奴ら以外は誰もいない。しかもまったく動かない。



くか……」

 吾輩わがはいの言葉に、雪音ゆきねがコクッと頷いた。


 ――雪煙を吹き散らし、我らは一気に距離を詰めるのだった。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

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