十八話:成敗してくれようぞ。
吾輩は、冬将軍である。
いよいよ、果てしない旅に出た吾輩達。
針葉樹林の入り口で幽霊と出会う。その凄惨な姿を見た途端、我が女房の雪音は気を失った。
幽霊は無念のあまり、我らの身体を乗っ取ろうと襲い掛かってくる。もはや話は通じない。
吾輩は、不本意ながら幽霊の魂を切り捨て、無に還したのだった。
「や、なのですっ」
目覚めた後の開口一番――、ミもフタも無い、女房のお言葉であった。
もちろん、幽霊との経緯をすべて話した上で、これから下手人【犯人】を成敗しに行くと言った矢先の事である。
「何故に?」
「お化けだから、なのですっっ」
ふむ――、こやつは何を言っておるのだ。我が女房ながら理解に苦しむ。
「旅は道連れ世は情けと言ってな、困った人がいれば手を差し伸べ……」
「お化けは人じゃないのですっっっ」
嗚呼――、なるほど。
初手の印象が最悪だったので、やたら感情的になっているのか。
まったくもって、女子は難しいな。
「そもそも、あのお化けは、お兄さまを乗っ取ろうとしたのですよね? そのようなお化けに手を差し伸べる必要は、どこにもないのですっっっ」
うぅむ――、それを言われると旗色が悪くなってくるな。
確かに、いくら暴走していたとは言え、彼者は恩を仇で返してきた。挙句の果てに、無防備な雪音にまで襲ったのだ。到底許せるものではない。
「わざわざ、お兄さまが下手人【犯人】を成敗しなくても、近くの検非違使さまに告げ口すれば良いのです。うんうん……、これで全部解決なのですよっっっ」
検非違使とは、朝廷の治安維持機構【警察】を指し、その構成員に与えられた官職でもある。
要するに、咎人を取り締まる捕方【刑事】の所属する組織で、宸世全土の街に詰所【交番】が設置されている。何か事件があれば、即座に出動できる仕組みになっているのだ。
「いや……、どうにも下手人【犯人】は、捕方【刑事】のやり口を知っているようだ。そう簡単には……、捕まるまいな」
そう、キツネの面を被っていた件である。
さらに、かなりの手練れかも知れない――と、付け加えておく。
「でもでも……、いつかは捕まるのです。悪の栄えた試しはないのですよ」
「それまでの間、無辜の旅人がどれだけ犠牲になるであろうか……?」
吾輩の――ふとした呟きに、勝機が見える。雪音が、わずかに顔を歪めたのだ。
「彼者のようなお化けが増え、道行く旅人に襲い掛かるであろうな……」
「でもでもでも………………、ふみゅう」
雪音が、言葉に詰まった。唇を噛みしめながら、思案をめぐらせている。
だが、そんな暇を与えはしない。このまま一気に畳みかけ、攻め落とすまでだ。
「ここから隠れ里まで、だいぶ近い。里人の誰かが、北汰分までお使いにでも行っている道中に、奴に襲われでもしたら、どうであろうな?」
「ふみゅううううううううううううぅぅぅ………………」
勝負あった。
さすがに直近で関わった人間が犠牲になれば、後味が悪いだろう。
「ふみゅっ、分かりました、分かりましたよ。お兄さまの好きにすれば良いのですっっっ」
吾輩に言い負かされた事が悔しいのか。頬をふくらませ、そっぽを向く雪音。
「別にっ、悔しくなんかないのですっっっ」
――悔しがってる、悔しがってる。小さい背中が、悔しさのあまり震えているのが丸分かりだ。よっぽど、あのお化けが嫌いだったのか。
こんな雪音の様子を見るのは、実に久しぶりであるな。
「さっさと行って、とっとと終わらせるのですよっっっ」
うむ――、そうだな。
せっかく雪音が、やる気になっているのだ。気が変わらぬ内に、片付けてしまおうぞ。
* * *
雪を被った木々の間から日の光が差し込み、白い地面をやや朱く照らしている。
おそらく、申の正刻【約十六時】は超えているかも知れない。
針葉樹林の奥へ立ち入った吾輩達は、彼者を刺し殺した下手人【犯人】らしき、怪配混じりの気配を目指して、ひたすら進んでいた。無論、浮きながらである。
「それにしても……」
奴らは、こんな北の果ての寒い寒い針葉樹林の奥深くで、いったい何をしているのであろう。
何時、彼者が刺されたのか。今となっては知る由もないが、少なくとも昨日今日の話ではないように思える。
長い期間、そこで寝泊りしているのだとしても、我らのような身体でもない限り、凍え死ぬのがオチである。
もしかすれば、キツネ面の下は我らと同類かも知れないし、そうでなくても寒さを耐え忍ぶ術を身に付けた、強者であるという事だ。いずれにせよ、一筋縄では行かない相手であろうな。
そろそろ――、御対面の頃合いだ。
雪音が、吾輩の左袖をぎゅっと握りしめ、後ろに隠れる。
伏兵や不意打ちに備えて辺りの気配を探るが――、
相変わらず、奴ら以外は誰もいない。しかもまったく動かない。
「征くか……」
吾輩の言葉に、雪音がコクッと頷いた。
――雪煙を吹き散らし、我らは一気に距離を詰めるのだった。
【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけともののふの表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。