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冬将軍、南進す! ~猛吹雪もののふ無双~  作者: 嵯峨 卯近
<第一部・一章> 冬将軍、南進す。諸国漫遊のはじまりはじまり。
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十六話:お化け。

 吾輩わがはいは、冬将軍である。


 いよいよ、果てしない旅に出た吾輩わがはい達。

 腹ごしらえに松の生気をすすったが、やはり不味かった。

 とりあえずは満腹になったので、再び南へ向けて進もうとした、その時――、

 吾輩わがはいは、もののけ(●●●●)の存在を感じ取り、誰何すいかの声をかける。

 だが、一向に姿を見せなかった。

 もしかすると、まだまだ幽霊のたぐいで、姿を現す力が無いのかも知れない。

 そう思い至った吾輩わがはいは、奴が具現できるように、自らの力を分け与える事にした。

 そうして――、

 ついに、誰の目にも見えなかった幽霊が、明らかになってゆく。




「ふええええええっ、出っ、出たのですっ、出たのですよっっ」


 吾輩わがはいの左手にしがみついてガクガク震えている我が女房の目前に――、すなわち我が右手の近くに、今まで見えなかったモノが、うっすらと現れたのだ。



「おっ、おっ、おっ……、お化けですううううううっ、お化けなのですううううううっっ」


 金切り声を発して狂乱する女房の雪音ゆきね。いつものあざとい演技ではなく、本気で怖がっているようだ。



「ちっ、血まみれっ、なのですっ、ふみゅうううううう………………っっ」


 まさに、ばたんきゅう。

 幽霊の凄惨な姿を目の当たりにした雪音ゆきねが、たまらず失神する。

 まぁ、あれだ。

 静かになって話をしやすくなったので、むしろ好都合――と、言うべきか。


 ただ――、

 この幽霊はあまり、良いモノではない――かもな。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら呟いている、男子おのこの幽霊。

 ズタボロになった着物を赤黒く染め、ぼとぼと滴り落ちている血――だが、これは幻影であり、足下の雪は真っ白のままであった。


 どうやら、胸から腹にかけて滅多刺しにされて、亡くなったようだ。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら、再び同じ言葉を繰り返す、男子おのこの幽霊。

 年の頃は――まだ容貌はあどけない。二十歳はたちは過ぎて無さそうだ。

 木箱のような物【行商箪笥(たんす)】を背負っているので、おそらくは旅の商人あきんどであろうか。

 菅笠すげがさ合羽かっぱみの藁靴わらぐつ、冬の防寒装束で着ぶくれしているが、やや小柄な体格のようだ。



「何故……、僕を刺したんですか?」


 うつむきながら――、これは延々と――、繰り返すであろうな。

 こうした幽霊が“の力”を得れば、己の思うままの姿を現世に映せるのだが、見ての通り、の姿は非業の死を遂げた瞬間である。つまりは、殺された事に執着し過ぎて、悪霊と成りかけているのだ。



「そなたの事、聞かせてもらえんだろうか?」


 吾輩わがはいの声に反応し、顔を上げた男子おのこの幽霊。恨みがましい目で睨みつけられる。

 とにかく、話が通じる事を願うしかない。



「あんたが……、僕を刺したんですか?」

「いや、吾輩わがはいは、ただの、通りすがりだ」


 ゆっくりと咀嚼そしゃくするかのように、言葉を紡ぎ出す吾輩(わがはい)



「そなたに“の力”を、分けた者だ。こうして、話せるのも、吾輩わがはいの、おかげで、あるぞ」

「そうですか……。確かに、あんたはキツネのお面を被っていないですね……」


 ふむ――。

 下手人げしゅにん【犯人】は、キツネのお面で顔を隠していたのか。

 だとすれば、捕方とりかた【刑事】の内情を熟知している、かなり厄介な相手かも知れない。


 そう――。

 吾輩わがはいが今から行おうとしているのが、証拠不足などで捜査が完全に行き詰まった時の捕方とりかた【刑事】が採る、最終手段であるからだ。

 しかも、殺害された幽霊と話せるのは、ごくわずかな実力者だけである。いや――そもそも“の力”と“の力”の仕組みすら、世間一般には知られていない。


 これらの事柄ことがらから察するに、少なくとも、はなから彼者かのものを殺すつもりであったのは明らかだろう。



「そなたは……、商人あきんどとお見受けするが……?」


 とりあえずは、あまり刺激しないように、基本的な質問から話に入る吾輩わがはい



「その通りです……。鶴城つるぎから来た、ただの商人あきんどですよ。僕は……」


 彼者かのものの言葉と発音に、変ななまりは無い。この鎮西ちんぜい【地方】の出身であるのは確かなようだ。



「何故、こんな辺鄙へんぴな場所に……?」

北汰分きたわけあきないをする為に、はるばる来たんですが……、僕はこう見えて……、方向音痴でしてね……、いろいろと寄り道をしてしまって……、こんな針葉樹林の中に入ってしまったんですよ……」

 次第に、彼者かのものの息が荒くなっている。良くない兆候だ。



「そうすると……、キツネのお面を付けた……、あんたみたいな……、太刀をぶら下げている男が……、いきなり……、刺し……」

「落ち着けっ、そなたの無念は吾輩わがはいが晴ら……」


 最後まで言ういとまもあらばこそ――だった。



「うああああああっ、何故なんだああああああっ、何故っ、僕は刺されなきゃいけなかったんだああああああっ、何度もっ、何度もおおおおおおっ、串刺しにいいいいいいっ、僕にっ、何の恨みがあるってゆうんだああああああっ」


 無念の死を遂げた怨念の咆哮ほうこうが、雪煙を巻き上げて響き渡った。彼者かのものは今、中途半端に“の力”を得ているので、現世に少し干渉できるのだ。

 もはや――こうなっては、一切の話は通じないであろうな。



「あっ、あんたのっ、その身体をっ、僕によこせええええええっ」


 鬼気迫る形相で両手を頭上に掲げながら、吾輩わがはいに襲い掛かる幽霊。

 憑依するつもりであろうが、生憎あいにくと――。




 気合い一喝。




 吾輩わがはいを中心に、重い衝撃を伴った寒波が爆散する。雪柱が立ち昇り、辺りに群生する蝦夷松えぞまつの枝に積もっていた雪が、瞬時に吹き飛んだ。






「ううう……っ、うく……っ」


 非実体の幽霊であるはずの彼者かのものが、うめき声を上げた。

 先ほど放った吾輩わがはいの寒波が“の力”を削いだのだ。幽霊にとってそれは、いわゆる傷を負った状態に当たる。



「そなたを切りたくはない、鎮まるがよい……」


 腕を組んだ吾輩わがはいは、うずくまって震えている幽霊を見下ろした。

 もう、襲い掛かる力はあるまい。

【 】内は現代語訳と省略用語、“ ”内は強調単語、重要固有名詞であるもののけ(●●●●)もののふ(〇〇〇〇)の表記は、ひらがなと混じっても読めるようにする為、( )内は口に出さないセリフ、つまり心の声です。

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