終わりと始まり
とある森にて
「吸血鬼がいた」
3人組の冒険者の先頭の男がつぶやき、後ろの2人に合図を送り止まるように指示する。
後ろの2人は息を殺し、木の陰から静かに様子を見守っている。
「近くの森に吸血鬼が出たと聞いて様子を見に来たが、やつは何をしているんだ?」
先頭の男が不思議そうに吸血鬼の行動を観察しているが、吸血鬼は気がつく様子もなく、とある魔物と静かに座っている。
この森は街から一番近い森であり、討伐が簡単な魔物しか生息しないため、新人の冒険者の訓練場所として利用されている。
しかし、数日前吸血鬼が目撃されたとして厳戒態勢が敷かれ、ベテランの冒険者に調査依頼が出ていた。
ヴァンパイア1体を倒すだけでも街の冒険者のレベルによっては倒せないかもしれないのに、吸血鬼は群れで生息し自分たちの領土を持っている魔人である。
人間を見下しているため、殺すことも奴隷にすることもためらわない性格をしていて、過去の戦いではベテランの冒険者パーティーが複数全滅したという噂もあるほどだ。
そのため、3人の冒険者は吸血鬼が複数存在するのかどうか、街の戦力だけで対処できるのかどうかの調査を行うことになった。
討伐は依頼に含まれていないが、戦闘になった時のために対吸血鬼用の武器や道具を準備してきた。
3人は物音をたてずに静かに見守っていたが、ふいに吸血鬼から声が聞こえた。
「見てるだけではなくこっちで話さないか?」
先頭の男は内心驚き、頬に冷や汗が流れたが、後ろの2人に悟られないよう息を整える。後ろの2人は先頭の男の指示通り静かに待機している。
吸血鬼は男の内心に気づいた様子もなく再び声をかける。
「来ないならこちらから行こうかい?」
吸血鬼は3人がいる場所を見ながら話しかけているが、動く様子はなかった。
しかも、聞こえる声は小さくかすかに聞こえる程度だった。
先頭の男は後ろの2人をそのまま待機させ木の陰からゆっくりと出た。
吸血鬼は男の顔を見て
「なんだ男か」
と残念そうな顔をしながらつぶやいた。
そのつぶやきは男には聞こえず、警戒しながら吸血鬼の言動に意識を向けている。
「私の最後の話相手になってくれないか?」
吸血鬼の声は透き通るような奇麗な声をしているが、近づいても声に覇気はなく、見かけも弱っているように見える。
吸血鬼の言葉に耳を傾けていたが、違和感があり、無意識のうちに話しかけてしまった。
「最後とはどういうことだ?」
「そのまんまの意味だ。私はもうすぐ死ぬからな。」
男はその言葉が本当かどうか考えてはみたが、吸血鬼を見たのも初めてで、伝承でも吸血鬼の怖さを伝えているだけなので、本当かどうか確かめようがなかった。
しかし、第一印象の見かけの弱々しさ、座った状態で動く気配もなく、柔和な顔をしているのであながち嘘ではないような気もしている。
「その言葉が本当だとしたら、それこそここで何をしているんだ?」
今度は警戒からではなく純粋な疑問として聞いてみた。
吸血鬼曰く、吸血鬼として生きることに疲れ、死に場所を探していたらしい。
「吸血鬼以外の種族になりたいんだ。できれば人間がいいんだけどな。」
吸血鬼は羨ましそうな顔して男のほうを見ている。実際に人間として生きようと思ったこともあるそうだ。
見た目が大きく異なるわけではないので、鋭い牙と赤い目を隠せれば人間として生活することは可能である。
ただ、プライドの高い吸血鬼が自分たちより劣っている人間に扮して生活することはまずないため、そんな話は聞いたことはないのだが。
しかし、どれだけ人間のようにふるまっても、自分の目や牙を見たときに思ってしまったのだ。こんな姿を隠していてなにが人間だと。
一度その気持ちを芽生えるとどれだけたっても消えることはなく、無性に自分が嫌になったそうだ。
男はそんな吸血鬼の話を聞いて自分に出来ることはないか考えるが、何も思い浮かばず、自分の無力を嘆くことになった。
悔しい気持ちが顔に出たのだろう、吸血鬼は嬉しそうに話しかけてくる。
「こんな形で人間に思ってもらえるとは思わなかったな。お前のような奴にもっと早く出会えていれば・・・」
吸血鬼は口をつぐみ、昔を思い出すように遠くを見ている。
そんな吸血鬼にずっと隣でよりそっていた魔物=スライムが慰めるようもぞもぞと動いている。
「少し気になってはいたがそのスライムはなんだ?赤いスライムなんて初めて見たぞ」
男は少し驚きが入った声で尋ねる。吸血鬼も赤いスライムは初めて出会ったが、生まれてきた原因は自分にあるため、答え方に悩んでいる。
「こいつは、そうだな・・・私の子どもみたいなものかな」
目を細めて、ますます分からんといった顔で男は吸血鬼を見る。
吸血鬼が言うには、この森に来た直後にけがしているスライムを見つけ、助けたら赤くなったそうだ。
説明されても意味は全く分からない。あのプライドが高く人や魔物を下等な生物しか見ていない吸血鬼が魔物で底辺といってもいいスライムを助けたこともそうだが、回復魔法で赤くなるのか?思わず聞いてみたが、
「回復魔法ではなく、私の血を混ぜたんだよ。」
「えっ!?」
「私の血は特殊でね、いろんなことが出来るんだよ。」
いろいろ聞きたいことはあったが、それ以上は教えてもらえなかった。
スライムに関しては、世の中には特殊個体として同じ種族でも異なる能力を持つものが存在するためそれと同じようなものだと思うことにした。
話し始めてどれだけたっただろうか。お互いの種族の生態や趣味について話していたが、吸血鬼の声はどんどん小さくなっていく。
初めて吸血鬼を見た男でも、もうすぐ死ぬということがわかってしまう。
そして、別れがさみしいという気持ちにも気づいてしまう。
「そんな顔を・・・しないでくれ。」
自分はどんな顔をしていたか分からないが、きっと悲しそうな顔をしていたのだろう。
男の顔が戻ると、吸血鬼は微笑み、なんとか声を絞り出す。
「最後に・・名前を・・教えて・・・くれないか?」
「ハヤトだ。お前は?」
「クリア・・ベールだ。ありがとう・・ハヤ・・・ト。最初で・・最後の・・トモ・・・・・。」
その言葉を最後に吸血鬼=クリアベールから声が聞こえることはなかった。
別れる直前まで名前を知らなかったことに自分でも驚いたが、最後に聞けて良かったという気持ちはお互い一緒だったのだろう。
クリアベールに聞こえていないとはわかっていても、ありがとうと口ずさんでしまう。自然と目に涙がたまっている。
吸血鬼をこのままにしておくと、魔物のえさになるかアンデッドになってしまうだろう。最悪のケースだと新しい魔人が誕生してしまうかもしれない。
それを防ぐためにも、待機していた2人を呼び寄せる。
「死んじゃったんですかー?」
ローブに杖と魔法使いの恰好をした女が少し幼さを残したしゃべり方でハヤトに話しかける。
「そうだ。だからお前に送ってもらいたい。」
女はそのために呼ばれたことを理解していたので、すぐに魔法を唱え始める。吸血鬼の体が粒子となり少しずつ消えていく。
送る=異界送りすることで、死体は粒子となり、魔力の定着がなくなるためアンデッドや新しい魔人になるのを防ぐことが出来る。
ハヤトはその光景をただ見つめていた。異界送りを見るのは初めてではないが、いつもより美しく見えた。
ずっと吸血鬼に寄り添っていた赤いスライムも全く動く様子もなく吸血鬼の最後を見守っている。
残りのもう1人=弓をもった男がハヤトに話しかける。
「あのスライムはどうしますか?特殊個体なら討伐したほうがいいと思うのですが・・・」
その意見は正論だろう。しかし、あの赤いスライムをクリアベールは自分の子どもと表現した。その子どもを討伐することはハヤトにはできなかった。
「こいつはこのまま逃がそう。被害がでてからでは遅いのはわかっているが・・・今このスライムを俺は討伐することが出来ない。」
赤いスライムを優しい目で見つめ、ハヤト達3人は今回の件を報告するために街へと戻った。
赤いスライムはずっとクリアベールがいた場所にとどまっている。まるで、遠くに行ったご主人様を待つペットのように・・・。
初めまして。たにしです。連載を書こうと思うので気になったら続きも見てください。