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赤き羽根飾りの恋歌 7


 ぎりぎりと狙いさだめ、弦を引く。飛ぶ鳥の素早い動きを見落とさない鋭い視線の先、鳥が風をつかまえ流れに乗った瞬間、つがえた矢を放つ、

 青空に白と黒のまだらの羽根がついた矢が飛んでいく。

 まるで飛ぶ鳥に吸い付けられるかの如く、矢は鳥に向かう。撃ち落とされたそれが落下していく方角に、リューランとザンザイは駆け出す。

 

「白き者との暮らしはどうだ?」


 問われて、仕留めた鳥を担いだリューランは上着の赤き羽根を揺らしてザンザイをふりかえった。

 

「まだ数日だ。……まぁひとつひとつ時間がかかる」

「そりゃそうだろうな」


 ザンザイとリューランは、草原の片隅で膝を抱えて座り、リューランが巻き付けた大きな布にすっぽりくるまれている白き者を見た。

 

「逃げようとはしないな」

「あぁ、昨日から狩りや木の実採りにつれだしているが、あぁやって座っている。あの細い身体じゃ、部族の縄張りすら歩いて出られないだろう。足の裏もまったく鍛えられていない」

「肌を見たのか?」


 ザンザイに問われて、リューランはまさかと驚いたように目を丸くした。


「足の裏は、靴が片方脱げていて痛そうにしていたから薬を塗ったんだ。靴も皮でできていなくて、艶のあるふしぎな布のような木のような変わったものでできていた」

「ふぅん……。それでさ、いつまで、あぁやって布で巻いているわけ? 女用の服はまだ手に入らないのか」


 目尻の赤の朱をゆがめるようにして、一人座っている白き者をザンザイは睨むようにしてみている。

 だがリューランは、そんな睨みをきかせる友が、それほどにまで白き者を警戒していないことを知っていた。こうして、ちょっと意地の悪いような聞き方をするのは、どう認めていいかわからず困っているだけで、その実は、リューランとその同居人である白き者を心配している。


「女たちが衣を出すのを嫌がるそうだ。まぁ、貴重な衣服を、わけのわからぬ者に分けたくないんだろう。いずれ気の良い者がでてくるだろうから、気長に待つさ」

「うーん、きっと、女たちは、リューランの嫁になりたかった者が多いんだろう。だから、嫁のようにリューランのそばにいついたという女を助けたくないのさ」

「そんなものか」

「たぶんな。まぁリューランの言うとおり、今は少々皆受け入れにくいが、いずれ分け合っていけるだろ」


 ザンザイがそういうと、リューランはうなづいた。



 実際のところ、布でぐるぐる巻きにした白き者をいつも抱きかかえて移動するのは負担ではなかったが、少々面倒であった。

 だが、家においておくには心配であるし、かといって女であるというのに男のように足も首元も腕も肌をさらした野蛮な服で歩かせる気にはならなかった。

 とはいえ、ザンザイに話した通り、女の服がなかなか手に入らない。リューランも赤の羽根の上着を作れるくらいに器用ではあるのだが。リューランが作れば男の服になってしまう。嫁のいる男たちに、それぞれの嫁に助けてもらえないか聞いてみたが、まだ未知の者にたいする警戒心はあるようで、女も男も遠巻きに見ている状態だった。

 どうしようもなくなったら大婆に頼めばすぐに調達できそうではある。だが、それはなんだか悔しい気持ちがして、結局、リューランはいまだ自分の家にあるありとあらゆる布を取り出しては白き者をぐるぐると巻いて運んでいた。

 まぁ衣を分けるのはしぶるが、部族の者達は突然あらわれた白き者を完全に拒んでいるわけでもなかった。

 肉を部族で分け合うときは、リューランにきちんと嫁取りをした者と同じような二人分の分け前を配分してくれているし、ザンザイのように食べやすい木の実を差し入れてくれる者がひそかに数人いた。

 皆も困っているのだろう。

 数日たったがあの焼け焦げた大きな塊がなんであるかはいっこうにわからないわけで、敵か味方か、はたまたこの白き者が本当に人であるのか、皆もまだ戸惑いの中にいるのだろうとリューランは見ている。


「あの燃えていた塊はなんだったんだろうな」

「さあな」


 鳥を数羽捕り、薬草もいくらか摘んで籠に放り込み、白き者が膝を抱えて座っている岩陰に戻った。

 白き者が顔をあげたので、リューランは籠から木の実を出した。それはここ数日、白き者が熟れた果実の次によく食べた木の実だった。

 白き者の顔のまえで木の実を数度振る。

 すると白き者はごそごその布の間から細い小さな手を出してきて木の実を受け取る。受け取るときに、新緑の瞳が数度瞬きし、すこしだけ首をかしげる。

 瞬きと首をかしげる仕草、それが受け取ったということを伝えているのか、はたまた感謝などの気持ちを伝えているのか、まだリューランには読み取れない。ただ、毎回、食べ物や水、果汁を手渡すと、目を瞬き小首をかしげるのは、リューランにとってなんとも心地よく思える仕草だった。

 次はあの熟れた赤い実を探し出して食べさせてやりたい、などと思えてくるのが不思議だった。

 もしかしたら、食べ物を与える者にそういう気持ちを起こさせる、呪いの仕草なのかもしれないと考えたりする。

 リューランがいくつかの木の実、そして一度煮立たせた水を注いだ木筒を白き者に渡す。

 虫食いのない、はりと艶のある実を特に選び小さな白い手ににぎらせている友を見ていたザンザイが、一度頬をかき。息をついた。

 ため息のように聞こえ、リューランはザンザイの方を見た。


「あぁ、お前にも分けるつもりだ。少し待ってくれ、この固い殻は割ってやらんといけないんだ」

「……いや、木の実は別にいいが……」

「ため息をついていなかったか」

「別に……まぁ、なんというか、そいつ、ずいぶんとおとなしくなったな」


ときまり悪そうにザンザイが言ったので、静かに実を口に運んでいる白き者に目をうつしたリューランは大きくうなづいた。


「あぁ、静かなものだ」


 リューランはまた新たに袋から木の実のいくつかを取り出し、ザンザイに分け、自らの口にも放り込みながら話した。

 カリコリと殻を歯で割る音が響く。

 草原の岩陰は、陽光が当たらないところはすずしい。緑が風に揺れ、晴れ渡るそらを群れ鳥が飛び去ってゆくのを眺めながらリューランは話した。


「もともとそんなに凶暴なたちではないのかもしれん。最初のころは警戒していただけなんだろう。今はいたって落ち着いている。こちらの仕草で、理解してくれることも多い」

「ふぅん」

「それに……ほら」

「なんだ?」


 リューランはザンザイに指で地面を示してみせた。

 ザンザイは示された地面を見て、目を丸くした。


「なんだ、それ」


 驚いた声をあげた拍子にザンザイの羽根かざりが揺れる。


「鳥か?」

「あぁ……たぶん、翼があるから鳥なんだろう。今みたいな長い時間待たせているとき、木切れで地面に描いてるんだ」


 リューランが指でしめした地面。草の無いそこには、つい先ほどまで木切れで描いたのであろう、幾つもの線画が描かれていた。


「鳥にしては、角張っているが……。でも、まわりに山や木々も描かれているし、飛んでいる風景なのか。うまいのかどうかはわからないがあんなものを木切れで描けるということは、まぁ……獣ではないな」


 ザンザイが頬をかきながらそう言った。ザンザイなりの譲歩にリューランは苦笑した。


「あぁ、獣でもないし……俺は、まぁ、女だと思っている」


 リューランがそういうと、ザンザイがいっきに泣きそうな変な顔になった。


「女……嫁にするのか」

「さあな」

「前に言っていたことと微妙に違う。前は嫁にはしないと言っていた」

「そうか」

「そうだ……」


 ザンザイはそう言いながら、上着の羽根を揺らし、その羽根を撫でた。


「だが、リューランが決めるなら……そいつが嫁でもまぁ、仕方ない」

「なんだ、おまえも認めてくれるのか」


 ザンザイが砂を蹴った。

 そして横目で木の実を静かに口にはこぶ女を見、それからその周りに描かれた絵を見る。


「……獣じゃないから、まぁ……いい。赤き羽根を持つ狩の名手リューランにふさわしいのかはまだわからん」


 ザンザイの言葉に、リューランは笑ってうなづいた。

 男二人が話す間も、白き者は、ただ静かに木の実を口にしつづけていた。光をうけて茶色に輝く髪をリューランは見つめ、そしてまた木の実を口に放り込んだ。


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