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赤き羽根飾りの恋歌 6



 翌朝、日が昇り始めると、すぐに部族の男達は寄り合って、あの昨夜の燃えていた塊のところに行った。リューランも例外でなく、白き者は布でぐるぐる巻きにした状態で抱えたまま、リューランは他の男達が心配そうにリューランと腕に抱えている者を交互に見る中、調べに参加した。

 昨夜は闇だったが、朝日が昇るなかに行くと、煤けた塊は、黒く焼け焦げた部分以外に、白い塊もそのままのこっていた。

 それは見たことがないものだった。まるで岩のように固い材質で、川底で拾う石のようになめらかな曲線をえがいていた。また、大きな大きな鳥の翼のような形をしたものが横からつきでており、ばっきりと折れてつぶれていた。

 火で多くが燃え尽きていたが、燃えていないものは真っ黒でありながら、形があった。

 塊の周りは熱で草が燃え尽きているのに、形がのこっているそれらは、岩ではないのに岩のよう、けれど人が作ったもののように滑らかで、集まった男たちはみな首を傾げた。

 大婆も呼んだが、大婆にもわからなかったようだった。


「これは、何かわからないが……白き者はこれと共に来たんだろう。船のようなものかもしれない」


と、言った。「水もない、川でもないところに船などありえず、舵もないのに大婆は何を言っているのだ」という者達もいたが、「じゃあこの塊がなんだと思う」と問われても誰にもわからず、そこで調べは止まった。


 塊を見分するあいだ、女は暴れはしなかったが、布でぐるぐると巻かれたまま、リューランに抱きかかえられたまま身体を震わせていた。

 朝日がのぼった中で見る白き者は、よりいっそう肌は白く細かった。抱える自分の腕と白き者の顔の色をくらべると、日なたと日陰ほどに違った。また松明の明かりでは赤茶と見えていた髪も、もっと色が薄く、よくリューランが好んで食べる木の実のような色をしていた。

 リューランがまだ熱が残るその塊に近づこうとすると、白き者は布からひょっこりとだしている顔を、ゆがませた。頬を赤くし、眉も目もゆがめて、苦しそうに、煤けた塊を見ていた。塊といっても、人の数倍は大きいそれを。見上げるように。

 リューランは、白き者のそのゆがめられた目尻に透明の粒がうかぶのを見つめていた。

 朝の光を受けたしずくは小さな輝きを見せる。白き者の眼尻に朝露がたたえられているようだった。

 リューランは、目を細める。川底で貴重な水晶を見つけ、陽光にかざし煌めきを味わうかのように。

 だが、すぐに彼の表情は曇った。朝露が目尻から頬に伝い、声出さず、唇を噛み煤の塊を見つめる横顔を見ているうちに、リューランは自分までもが暗い洞穴で迷ってしまったような感覚に陥ったのだった。


 女は昨日の叫び暴れていたのと一変し、静かに泣いていた。その静けさから、白き者の心が流れてくるようだった。

 どうもこの硬くて大きな塊が燃えてしまったのが悲しいようだった。

 リューランは、思いめぐらす。


 いったい、なんなんだろう。この塊と女はどうして突然現れたんだろうか。

 どこから……転がってきたのか。

 とつぜん大地から生え出したのか。

 それとも空から降ってきたのだろうか。


 わからないことだらけだ。だが、リューランが唯一はっきりとわかるのは、白き者の涙は自分もつらいということだった。


 嗚咽も漏らさないかのように、女は涙を流し続けた。

 男が泣くのはあり得ないと部族で言われていたが、女は泣くんだと、嫁がいる年かさの男たちが話していたのを聞いたことがあった。

 リューランは、何度も白き者の頬を手でぬぐった。

 他の男たちは、そんなリューランと抱える白き者を黙ってみていた。

 昨夜、女が肌もあらわにして何かわからぬ叫び越えをあげ暴れていた時は、見下したようなまなざしを白き者に向けていたが、今、布にすっぽりとくるまれ、リューランの腕の中で涙を流しつづける姿には、戸惑ったような困ったようなまなざしを向けるのみだった。

 基本的に部族の男は女を守る意識が高いのだ。そう躾けられているし、獣には厳しく、人には慈しみを。特に年老いた者、女こどもは尊い者と叩き込まれているのだ。


 ザンザイだけはまだ硬い表情で遠巻きに見ているのにリューランは気づいていた。だが、何かわからぬ塊の前にめいめいの家に帰り腹ごしらえに戻ろうとなったとき、そっとザンザイが近づいて来た。

 無言でリューランの空いている方の手に籠をにぎらせたかと思うと、走りさっていった。

 籠をのぞくと、白き者の小さな口、軟そうな顎でも飲み込むことができそうな、やわらかな果実や食べやすい木の実が入っていた。


 

 ****


 

 涙のあとの残る女を家に連れて帰り、まずは食事だと思ったが、座り込む白き者の前に干し肉とザンザイからもらった木の実や果実を並べても、手を伸ばさなかった。

 昨晩から何も口にしていないのだ、何も食べなかったら血の気が失せる。まだ早朝だから過ごしやすいが、日中の強い陽光に当たれば、こんな華奢な体ではすぐに伏せてしまいそうに思えた。

 リューランは、自分の分の干し肉を口に入れて食べる姿を見せてみた。自分が食べていたら、食欲がわくのではないかと思ったのだ。

 だが、赤黒い硬い干し肉を噛みちぎる自分の姿を目の当たりにした白き者は、もの欲しそうな顔をするどころか、怯えた顔を見せ、うつむいてしまった。

 仕方なくリューランは腕を伸ばした。大きく肩を揺らして逃げるように後ずさる女に語りかける。


「怖がるな。これは旨い実なんだ。だが、傷むのがはやい」


 やはりまったく通じていないようで、ガタガタと震えて部屋の隅まであとずさってゆく。仕方なくリューランは右手で白き者の顎をつかんだ。いやいやと首を振ろうとする女を抱き込み、唇を指で開く。女の見開かれた目の前で、一度果実を揺らしてみせ、それから口に押し入れた。

 熟れたそれは、口に押し入れたときにぷちゅりとはじけ、白き者の唇が果汁で赤く濡れた。リューランの指先も同じ色にそまっているはずだが、褐色の肌ではまったくわからない。ただ甘い匂いが漂った。

 あからさまに震えている身体をなだめるように撫でてやる。白き者は顔をゆがめていたが、しばらくすると力尽きたように身体の強張りをとき、口にいれた果実を飲み込んだ。

 注意深く吐き出さないかを見ていたリューランは、白き者がきちんと果実を腹に入れたようすなのを見届け、もう一つ同じものを目の前にかざして見せた。


「食べろ」


 声をかけてみる。

 さきほどのように怯えてはいないが、眉を寄せた顔で白き者が果実とリューランの顔を交互に見た。

 しばらくするとそろそろと身体にまきつけている布の隙間から指先を出し、果実をリューランの手から取った。

 リューランが口に入れる真似をしてみせると、白き者は震える手でその果実を口に運んだ。

 果汁がついたのか、白き者の指先がほんの少し染まった唇のように赤く鮮やかになっていくのをリューランはじっとみつめていた。

 なんともむず痒いような気持ちになるのに、リューランは目が離せなかったのだ。



 朝の食ひとつでもこのような形で、白き者との暮らしは初日からすべてに時間がかかった。

 食の次は衣だ。

 まだ女の住まいと行き来のできる年齢の少年に頼み、女の衣を分けてもらうように頼んでおいた。それが来るまでの間はリューランの布で巻いておこうと考える。

 とはいえ、身体や髪がまだ煤けているのがリューランは気になった。

 部族の女たちであれば、定期的に集まって川に水浴びに行くらしいし、嫁となったものも、男たちが狩りに行って他の男の眼がないうちに、嫁同士あつまって水浴びや身体を清めにでかけるらしい。

 けれどもこの白き者はそれもできないだろう。

 だからリューランなりに考えて、水をたっぷり汲んできて身体を拭えとすすめたのだ。だが、どうも何を示しているのか伝わなかったらしい。

 やってみせるしかないのか。

 リューランは男なので、本来は晴れた日に川に身体の汚れを落としにいくのだが、言いたいことを伝えるために、リューランは布を水に浸し自らの顔を拭ってみせた。

 前につけた白の呪いの薬が取れてゆく。

 丁寧に顔をぬぐって、


「こうやるんだ……」


と言いながら布から顔をあげた。

 すると、驚きに満ちた新緑のまなざしがそこにあった。

 リューランの方がその表情に内心焦った。

 

 ――なぜ、そのような顔をする? 紋様が取れた顔を見たのが驚きだったのだろうか? 水で白の紋が取れるのが不思議だったのか?

 ――いや、それともこの野蛮な部族の出らしい女は、顔を拭うことすらしらないんだろうか……。


 見つめあっていると、白き者は今度は困ったように眉を寄せて、またうつむいてしまった。

 何を思っているのか聞いてみたいとリューランは思ったが、説明のしようがない。仕方がなく、布をいちど水で洗い、もういちど浸して、こんどは女の方に差し出した。

 女はうつむいたまま手にとろうとしないので、リューランは、そっと女の頬の端についていた煤を濡れた布でふいた。


 水気に驚いたのか、顔をあげる。もう一度拭うしぐさをしてみせると、白き者は、おずおずと濡れた布を手にとった。そして、髪先や顔をふきはじめた。

 リューランがじっとみていると、白き者はごそごそと動いて背中をリューランに向け、また拭いはじめたのだった。


「見られたくないのか?」


 リューランが問いかけても、返事はない。当たり前だ。何を言っているのかわからないんだろう。

 だが、拭っている姿を見せないように背を向けるすがたは、「恥じらっている」ように見えた。

 リューランはその背を見つめて呟いた。


「恥じらいを知っているということは……そう、野蛮な者でもないのか?」


 誰も答える者はいなかった。

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