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赤き羽根飾りの恋歌 5


「変なことになっちまったな」


 リューランが白き者を抱えて家の戸口の前まで来たとき、背後でザンザイがそんなことを言った。

 顔だけ振り返ると、ザンザイは少し口を尖らせているのが松明の明かりで見えた。

 

「おまえ、そいつを嫁にするのか」

「……誰も望まない。子は為せん」

「じゃあ、ただ飯を食わすって? 大婆はどうしてこんなことを……」


 ザンザイは不服そうに言いつつ、腰紐にひっかけている縄を取り出してリューランに見せた。


「そいつ、逃げそうなら縛っとく?」


 リューランは顎をくいっと動かし、拒否を示した。

 ザンザイはため息をつく。


「リューランが寝てる間に首を掻き切ってきたらどうする」

「こんなか弱い者に俺がやられるのか?」

「……今はそう思わないが……。共に暮らせば、隙もできるだろう」


 たしかにザンザイのいうことももっともだったが、リューランはもう一度拒否を示した。


「異様な見た目、野蛮な部族の者であろうが、人は人だ。その縄、獣に使うものだろう。腰にしまえ」

「……家に帰れば、人間用の縄もある」

「それは、敵を捕らえるための縄だろう」


 リューランの言葉にザンザイはしぶしぶといった風情で縄を腰紐にひっかけ元にもどした。

 だが、ザンザイは納得はしていなかったようで、また口を尖らせた。


「赤羽根のリューランが、なぜそんなわけのわからぬ者を嫁取りする」

「俺が引き受けたというのに、なぜおまえが怒っているんだ」

「そりゃ、大事な兄弟が理不尽にさらされて怒りを覚えない方がおかしいだろう!」


 ザンザイの返答にリューランは、しばし考えたのち、うなづいた。


「たしかに、おまえが今の俺のような状況に陥っていたら、俺もやはり怒っていた気がする」

「そうだろう!」

「でもな、俺は今、面倒をみることそのものは嫌だと思っていない」


 リューランは腕の中で男二人の様子を眉を寄せて伺っている小さな白き者を見た。


「これは庇護すべきものだ」

「……リューラン」

「大婆の判断はあながち間違いではない。女こどもの住まいに、こんな不可解な者を放り込むわけにはいかない。部族の女とこどもは一番に守るべき存在だからな。かといって、この者も女であり人だ。見捨てるわけにはいかぬだろうよ。そんなことすれば、大地の命の神がお怒りになるだろう。同種、同族は助け合わねばならぬ」

「同じ部族ではない!」

「だが、同じ人であるそうだ。肌の色がちがうなんて驚きだが、たしかに俺とザンザイでも日焼けの仕方は違うし、髪の質も違う。同じように遊び、共に育ち、ほとんど同じものをたべてきたが、俺の方が手足は太いが、おまえの方が足の大きさは大きいじゃないか」


 リューランの言葉にザンザイは苦い薬を飲んだときのような顔をした。


「俺は、リューランには優しい嫁さんが来てほしかった。そして俺も嫁取りをして、いつかおまえのところの子どもと俺のところの子どもが、また俺とリューランのように共に育ってくれたらと思っていた」

「おまえ、そんな先のことまで考えていたのか」


 呆れたようにリューランが言うと、ザンザイがリューランから顔をそむけながら怒鳴った。


「その白き者、おまえが受け入れても、俺は認めない。それを受け入れるリューランは尊敬に値するが、その白き者そのものを敬う気持ちにはなれん!」


 怒鳴り声だが、どこか涙声にも聞こえてリューランは少し微笑んだ。

 昔からザンザイは素直だった。偽らないからこそ、友であれたとも思っている。


「いいさ。どうなったとしても、おまえとは兄弟だ」


 リューランがそういうと、ザンザイは顔をくちゃくちゃにゆがませたかと思うと、だっと踵を返して走り去ってしまった。

 その背を見送ったのち、家に入ろうとすると、とたんに腕の中の者がもがくように暴れ始めた。

 どうやら家に入るのが気に食わないらしかった。


「……おまえが前にいたところは、外で寝ていたのか」


 話しかけてみたが、もちろん返答はない。何かわからぬ音で叫び、腕や胸をおしてきたり、頭突きをくらわしてきたりするだけだ。

 力はか弱いが、落ち着きがなくうるさい。


「本当にお前は、獣のような部族から来たのだな。明日は、あの燃えていた塊を調べねばならんが……ことばが通じないというのは不便だな」


 そう声をかけて、リューランはそっと白き者の赤茶の毛を撫でた。

 

 家に入ると、白き者はことさらに身体をすくませた。綿を敷き詰めている寝床におろすと、白き者は怯えた小動物のようにそそくさとすみまでいき、ひざを抱えるようにしてこちらを伺っていた。

 松明を消すまえに、もう一度、白き者を照らすと、白い膝小僧が目についた。

 リューランは火を消して闇になるまえに、籠から肩掛けの布を取り出し、白き者の方に放り投げた。

 驚いたようなまなざしが目についたが、リューランは松明を消した。

 暗くなったから逃げ時と思ったのか、白き者が動く気配がしたが、それをリューランは片腕で抱き込んで止めた。

 いちだんと白き者の激しくリューランを叩き蹴り、暴れた。


「ほら、身体に巻け」


 リューランは暴れる白き者の身体を、さきほど放り投げた布で包み込んだ。ぐるりと巻き込んで抱き込み、背を軽く撫でる。


「……むかし、女たちはこうして赤ん坊をあやしていたな」


 女こどもが住むところにまだ共に住んでいたころをふと思い出し、リューランはそんな自分がちょっとおかしくなった。

 声に笑いがにじむ。


「ほら、明日には少年を女たちのところに遣わして、衣をもらってこよう。おまえの衣は肌がみえすぎるし、身体の形が見えすぎる」


 話しかけると、暴れる手足が止まった。

 闇の中、夜目がきくとはいえ、さすがに相手の表情まではみえない。リューランは抱きかかえる女の背中を布越しにゆっくりとさすった。なだめるように、あやすように。

 大きな手のリューランでは、細い女の背中は簡単にへし折ることができてしまいそうだった。

 布越しだというのに、さすっていると繊細な背骨を手のひらで感じ取るができる。

 手にかんじる小さなでこぼこをひとつひとつ味わっていると、リューランは、なにか胸元がむずがゆく、そして身体が熱くなるような気がした。


「……おまえ、小さいな。それに、熱い」


 リューランの声は、闇に溶けていく。布にくるんだ塊を抱きかかえたまま、リューランはあぐらをかいて、うつらうつらと眠った。

 それがリューランにとって、家に女を入れた、初めての夜となった。

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