赤き羽根飾りの恋歌 4
男達が白い肌の生き物を占いの大婆のところに連れていくと、大婆がすぐに一喝した。
「それは”人”だ。獣ではない! それくらい見てわからんのか、男達よ!」
皺がれた声なのに、人を威圧するような空気を震わせる声。
大婆の言葉、顔に呪いの白の紋様をいれた屈強な男達ですら背筋を伸ばすだけの威力があった。
それはここに集う男達がいずれ未来を占ってもらうのであり、また過去に占ってもらたっことで今の幸せを得た男達であるからだ。
「だが大婆さま、こんな白い肌の生き物が、我らと同じ”人”?」
「獣でも、同じ種類でありながら毛色が違うものいるだろう、肌や毛の色が違って生まれた、それだけのことさ。どこか遠いところの部族なんだろうよ」
大婆が、リューランの抱える生き物を頭の先からつま先まで見ると、ため息をついた。
「これを獣かもしれんと思えるお前たちがどうかしている。あまりに部族内だけに目が行きすぎだねぇ」
「大婆さま、形はたしかに人かもしれんが、この肌も髪もおかしいだろう! もしかしたら病気持ちかもしれん!」
病気持ちといった声があがった途端、男達がぎょっとしたようにリューランの腕の中を見た。
そんな反応に、大婆が足で地を蹴り踏み鳴らした。それは抗議と叱責の振る舞いだ。
「何を言っている! 煤けているが、その肌艶、目の輝き、病であるもんかね! 愚か者たちだね!
お前たち、未知の者に怯えすぎておるよ」
「大婆さま……」
「リューランをご覧! お前たちの情けない言動にも動揺ひとつ見せずに抱きかかえているよ!」
突然自分の名があがり、リューランは軽く眉を寄せた。
男達がリューランを見る。
ザンザイがリューランの横でくすっと笑って、「名指しされてるぞ」と面白がるように小声で言った。ザンザイは、リューランが先の占いから大婆を嫌っているのに気付いているのだ。
リューランは忌々しい気持ちで大婆を見た。
尊敬に値するが、前の占いの言葉は受け入れがたい。また碌なことを言われかねないのではないか――……。
そう思った矢先、大婆の皺の寄った口がふがぁと開くのをリューランは見た。
「リューランよ、おまえ、怯えてないね。その者に」
「……怯えておらぬ」
「では、お前がその者の面倒を見るがいいよ」
突然の言葉に、リューランは大婆の顔を凝視する。
何を言われたのかよくわからない。
「まぁ女とはいえ、明らかに他部族。体つきもずいぶん小さい。女たちの住まいに放り込むのも考えものだろう。とはいえ、それは人だ。檻にいれておくのは、我らの部族の行いに反する。……だから、見張りを兼ねて、面倒をみておやり」
大婆の言葉に、リューランが返事する前に周囲の男達が声をあげた。
「そりゃねえよ、大婆! リューランがかわいそうすぎる!」
「そうだよ、その白い生き物はいわば人で、しかも女なんだろ!? 独身男のリューランが面倒みては、リューランが嫁取りができねぇことになっちまう! 他の女の面倒を見る男の元に、誰も嫁いでこねえよ!」
「人っていっても、干し肉寸前の白い猿じゃねぇか、檻でいいだろう! ぎゃんぎゃん何か叫んでいるか、睨んでくるかで、人の言葉も話しちゃいねぇ生き物じゃねえか」
それぞれが主張しわいわいとリューランをかばおうとする男達に、また大婆が地を踏み鳴らした。
「うるさいね! じゃあ、お前たちの誰か、この白い人を引き取るってのかい?」
しんと静まり返った。
「人の言葉を話してないって言った者がおるが、それはおまえたちの無知だ。自分たちが話している言葉だけが”ことば”と思うでない! 部族がちがって、言い方が違うだとか、なまりがあるっていうだけじゃない、音を発する舌の使い方からして違う”ことば”ってものが、この世にはある。それをおまえらが知らんだけじゃ」
「うぅ……そんなこと言ったってよぉ」
うなだれる男を横目に、ザンザイが大婆に問いかけた。
「大婆は、どうしてそんなことを知ってるんだ」
大婆が大きく息をついた。
「この婆は、もう長く長く生きておる。ずっと昔に、ことばの違う民について話を聞いたことがある」
「わけのわからん説明だな」
ザンザイは小さくそうつぶやいたが、それ以上は何も言わなかった。
大婆が松明に照らされた赤ら顔で皆を見まわした。
「とにかくおまえたち、白き者は”人”だ。誰かが預からねばならん。とはいえ、この者はことばもわからず、いつぞ暴れるかもわからん。われら部族一の狩人、リューランに任せるのが良い。リューランの義兄弟ザンザイも力を貸してくれるだろう?」
名の上がったザンザイは「リューランのためなら」と答える。
大婆はその返答ににんまりと頷いた後、リューランの眼を見つめた。
リューランも見つめ返す。
「リューラン。可哀そうに、威嚇しているがこの白き者も相当疲れておるだろう。家で休ませておやり」
リューランはすぐには返事ができなかった。
家に「女」を入れるということは、部族の風習でいえば嫁をとるということに限りなく近いことだからだ。
もちろん大婆もそれを知っているはずだった。
周囲の男達も心配げなで大婆とリューランを交互に見る。
沈黙の中、リューランは大婆から視線をはずし、腕の中に目を落とした。
逃げようともがいても無駄だと知ったのか、大婆の前に連れてきてからは、顔を強張らせたまま、警戒心いっぱいに周囲をちらちらとみつつも黙りこくっている白き者。
ふと白き者が顔をあげた。長いまつ毛に縁取られた目と見つめあう。
リューランは食い入るように、その大きな瞳を見つめた。
本当の嫁取りであれば……子を為し、己は父となり、嫁は母となるべくして生きていくのであろう。
だが、この白き者と暮らすのであれば、家で面倒を見るにしても、己が父となることはあってはならぬだろう。出どころのわからぬ他部族との婚姻、ましてそこで為した子など、部族の者はだれも望まぬ。また、こんなわけのわからぬ者と暮らしている男と、部族内の女はぜったい嫁に来ない。
つまり自分は、今、この白き者を家に引き入れれば、今後、己の子を為すこともない、ことばも通じぬ、女だというのに肌をみせるような衣をまとう野蛮な部族の者と、暮らし続けねばならぬということだ。子も得ることなく、ひとなみの夫婦の営みもしることなく、ただただ飯を食わせ住まわせねばならぬ……そういうことなのだ。
理不尽をそのものが、今、腕の中にあり、選択を迫られているのだ。
なぜそんな者をつきつけてくる。
そんな怒りがあった。
だが、怒りがあるのに、今、見つめあう白き者の瞳からそらせなかった。放り出すことができなかった。
いや、すでに……すでに。
認めたくないと理性が言っているのに、心はすでに決まっているのだ。
なぜ……と、思うのに。
リューランは口を開いた。
「面倒をみよう」
周囲の男達が息をのんだのがわかった。
リューランは白き者から大婆へと視線を移した。
大婆は、一度大きくうなづき言った。
「リューラン、丁寧に扱え」
リューランは返事をしなかった。
言われなくてもそうするつもりだったからだ。
――……俺は、人を粗略に扱うような蛮族ではない。
心の中でそうつぶやいた。




