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赤き羽根飾りの恋歌 2



「嵐とはなんだ」


 リューランは自分が建てた家の中、一人、干し肉を食いちぎった。

 先ほどまでザンザイが心配そうについてきていたが、追い返した。

 今はだれとも話す気にならない。

 苛立ちながら口にする肉は、味がしない。リューランは貴重な酒を家の隅から取り出して、煽った。

 濾されていない酒はどろりとしている。飲み込むと、液体が通った個所からカっと熱くなり、最後は胃に染みいる。

 一気に飲んだせいで身体のなかが焼けるように熱い。

 けれど、そうなってやっと、ザンザイと共に飲めばよかったと思うだけの冷静さが戻ってきた。


 とはいえ、心配してくれた友をぞんざいに追い返してしまったのは己であり、今更追いかける気にもならず、リューランは胡坐をかいたまま上着を脱いだ。 

 誇りある赤羽根の上着だ。

 けれど、その羽根の感触が今はいまいましい。

 小さな小屋では火はつけられず、占い小屋と違い竈もないため、夜の今は真っ暗の室内だ。その中で、リューランは上着の羽根をなでる。

 一番手前のところに、一部、羽根がなくなって布が表にでているところがある。抜けたのではない、先ほど、自らが占いのために縫い付けた糸をわざわざ切り、はずした羽根の箇所だった。

 再び、リューランの胸には行き場のないもやもやとした気持ちがとぐろを巻きはじめた。


「嵐……涙。思い出深き赤羽根を差し出した結果がこれか……。しかも、これからどうすればよいかもわからぬ占いとは」


 ひとりごちて、リューランは息をついた。

 


 自分で狩り、ずっと身に着けて来た一番気に入りの羽を鍋に捧げる占い。

 先ほどリューランも受けた占いだが、これは成人の儀の後、だいたい六、七年後に行って良いことになっている。狩りも家作りも一人前にできるようになり、部族の大人たちの行事しきたりもひととおり経験してから、やっと未来を視てもらえる権利を得るのだ。

 そうして占いでは、通常であれば、たとえばどこぞの娘が嫁に良いといわれたり、婚期ではなく親の役割継ぎをするように諭されたりする。

 普通ならば、占い通りに嫁を迎えたり、親の仕事を継いだりするのだ。そうして部族はうまく回ってきた。また、今までリューランが聞いた限りでは、占いといってもいつも具体的なことであって、今回リューランがもらった言葉のような抽象的な、何がどうなるかわからぬようなことを言われた者はいなかったはずだ。


 リューランは熱くぼうっとなった頭をぶるりとふると、そのまま床に横になった。

 入口より高く組んだ石の上には、防水のために編んだ干し草を敷き詰め、その上に獣の毛を詰めたふかふかの敷布を敷いている。ふんわりとしたそこに寝そべると、だらりと手足を伸ばす。

 大男のリューランが大の字になってもまだ余裕のある家は、なかなかの出来だと自負しているが、そこに嫁をとる未来もなく、仕事を継ぐ未来もなく、狩りをつづけるための指南もなく、部族内での役割を示されるでもない……とは。

 占いの羽根を差し出すまでは、少しも思っていなかった。


 木と編んだ草、そして石と土を固めたもので仕立てた家は、リューランやザンザイの暮らす部族の特徴だ。窓はない。

 草原地帯を馬で駆け抜けると見えてくる森の、その中でも特に硬く雨に強い木を男達総出で運び出す。また、乾燥させた草を編み込み丈夫な屋根の上地に仕立てあげるのは女性たちの仕事だ。

 編む作業は、子に乳を与えながら、座ってできる作業だからだ。

 それら皆で作り上げた材料は部族内で、成人や家族で平等に分ける。

 その後は各々の腕の見せ所だ。

 一人で石を運び小ぶりな家を仕立てるものもいれば、狩りの獲物と引き換えに手つだいを請い、対かの木や草も手に入れて、ゆとりのある家を作る者もいる。

 ただ、争うほどの大小差のある家は仕上がらない。

 無意味だからだ。

 いくら頑丈に作ったつもりであっても、家は三年もすれば壊れる。

 そういうものだ。

 けれど、ちょうど三年くらいすれば、家族が増えるだの減るだの、子どもが成長して手狭だの、いろいろと問題が起きる。

 だからまた、それに見合うくらいに作っていけばよい。

 平等に分けられる者と、あとは自らが狩って得てゆくものと。


 リューランは自らが張った天幕を見つめる。

 この家を建てたのは一年前。

 そのとき、いずれ嫁を迎えるかもしれないと、少々大き目に作ったのだった。

 部族の婚期を迎える年頃の未婚の女はまとまって暮らす。

 その間に女たちは妊娠出産のことを年かさの女たちからいろいろと聞き備える。

 占い婆の言葉が仲立ちとなり、男と女が合意すれば、女は未婚の女の住まいから出て、男と共に暮らす。


 リューランは前に家が壊れたとき、占いの大婆に示される未来の中に、嫁取りもありうるだろうと思っていたのだ。

 希望していたのかどうかはよくわからない。

 女というものについてよくわからないからだ。けれど、どこか望んでいたところもあった気がする。


 リューランにとって、女というのは明るくて草原に咲く花のような想い出がある。

 男の住まいにうつるまでは、母がいた。生みの母ももちろんいるが、部族内のこどもたちはまとまって育てられるようなものなので、ザンザイの生母も母のようなものだったし、また姉や妹たちもいた。

 明るくて、よくしゃべる人が何人もいた。

 だがリューランやザンザイの喉がかれ、声がかわりはじめ、下生えや腋の毛も見え始めるころ、同年代の少年たちとともに、未婚の男のすまいの方へと移動となった。それからほぼ女とは縁遠い。

 唯一、母が新しく作った衣を届けてくれたものの、男たちの住まいの中で厳しい怒号や野太い笑いの中で鍛えられ、狩りの腕を上げる日々。

 そうして、しばらくたったある日、幼き頃からの遊び友達であったザンザイと組み、とうとう成人の儀を迎えた。

 仕留めた大物は部族にとっても誉れ、喜び。

 皆で感謝の舞を踊ったのが母と対面した最後。

 親を離れ、一人前となるべく邁進してきた。

 そうして赤い羽根を差し出し占いを受けるまでになった……はずなのに。


 リューランは息を深くついた。

 吐息と共に酒の匂いが舞う。

 腹の底から、くたびれた……そう思い眠りにつこうと眼を閉じる。

 そうして、うつらうつらしかけたときだった。 


 大地が割れるような地響きに、リューランは跳ね起きた。

 本能で羽根飾りのついた上着と弓矢をつかみ取り、外に出る。

 同じように地響きの異変に飛び起きたであろう屈強な男たちが弓矢や剣、斧を片手に外に出てくるなか、リューランは草原の先に火の粉が舞い上がるのを見て、息をのんだ。


「天の雷でも落ちたか!?」

「この晴れた空で!?」

 

 そんな怒号が聞こえる中、気づけば、リューランは走り出していた。

 わけがわからなかったが、ただ、何か確信があった。


 ――何かが、あそこに、落ちたのだ。


 リューランには、それは今すぐ駆けださなければいけないものな気がした。

 今すぐに。


 


 

 






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