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赤き羽根飾りの恋歌 1



 

 口にするまでもなく苦いと思えるようなにおいが満ちる小屋。

 薄暗いその中に、人影が二つ。

 片隅で竈の大鍋を守る大婆と、小屋のすみであぐらをかく大男。

 煮えたぎった大鍋の中では、濁った緑色の中に赤き羽根が一つ、浮き沈みして踊っている。


 鍋をのぞきこんでいた大婆が、羽根の踊りをながらく見つめていたあと、にやりと唇の端をあげて笑った。


「これは嵐が来るね」


 大婆の皺がれた声が狭い占い小屋に響く。すると、大鍋の向こうであぐらをかいていた男が唸った。


「嵐?」

「そうさ、嵐さ」

「嵐……。間違いではないか? 空も風も、そんなきざしはない」


 赤い朱の入れ墨をいれた目元をゆがめ、大婆をにらむようにして言葉を吐いた男に大婆は視線をむけた。薄暗い小屋だというのに、男も大婆も相手をはっきりと見定めてるかのように向かい合う。

 大婆が先ほどよりも口角をあげて笑った。


「ほほぉ、嵐が、ただの大風大雨と思うておるか」

「それ以外になにがある」

「おまえに嵐が来るのだよ。おまえの心と身体に。若き戦士リューランの心と身体が大荒れにあれるのさ」


 皺がれた声で笑う大婆は、呆気にとられたような顔をして返事ができぬ大男に背を向け、また大鍋をのぞきこんだ。


「おぉおぉ、踊っておる。お前の赤羽根が踊っておるよ」

「……からかっているのか」


 大男が低い声で唸るようにして言ったというのに、大婆の背は動じない。

 

「占いの答えは出た。リューランよ、お前の遠くない未来に嵐が来るよ。嵐が過ぎ去ったとき、お前は大地に涙を落とすよ」


 大婆の最後の言葉に、大男はぎりっと音がなるほどに歯ぎしりをした。

 抗議して振り上げたい衝動をこらえたため、腕の肉が盛り上がる。怒りを耐えているため、身体が小刻みに震える。


「ほうほう。後ろから怒りの矢が飛んでくるようじゃな。そんなに涙を毛嫌いするか」

「……俺は泣くようなみっともない男ではない」

「そうかそうか」


 あしらうように言いながら、大婆は小屋の扉を指さした。


「占いの答えは出たんじゃよ。ほれ、帰れ」

 

 


 ****



「リューラン!」


 占い小屋を出て、草原の夜風にふかれるままに空を見上げていたリューランは、名を呼ばれて振り返る。

 

「ザンザイか、待っていたのか」

「もちろんだ。友の初めての占いだ。傍にいるのが当然だ」


 星明りだけの夜だが、夜目がきくリューランも、そして友であるザンザイも、このくらいの星があるならば見つめあうことができる。

互いの褐色の肌や黒髪が闇に紛れても、身にまとう羽根飾りのついた上着がそれぞれを主張する。己が狩った鳥の羽、自らが継ぎ合わせ作った上着は、成人した男の証。

 ザンザイが駆け寄る。


「それで、占いはどうだった?」

「別に」

「別にってことないだろ! つれないなぁ、リューラン!」

「本当に話すほどのことがない」


 リューランの返事に、ザンザイは頬をかいた。


「リューランは初めての占いだろ? 嫁取りの話や家の後継ぎの話は出なかったのか?」

「出なかった。ただ、嵐が来ると言われただけだ」

「はぁ? 嵐ぃ?」


 ザンザイはわけがわからぬといった顔をして、リューランの説明を待つ。

 夜風がふたりの間をわたる。ひざ丈の草がさわさわと鞣した皮の長靴を撫でてゆく。

 リューランが、息をついて空を見上げた。

 砂に水をまいたときの水しぶきの後のように、数え切れぬ小さな明かりが空に瞬く。そんな空を見つめて、リューランはため息をついた。

 長い沈黙をザンザイは見守る。

 赤ん坊の頃から同じ部族で共に育った友。成人の証の儀を共にうけて、部族より真の兄弟と認められた二人だ。


「……俺の心と身体に嵐がくるそうだ。そして、その嵐が過ぎ去った後……」


 そうつぶやいたリューランは星を睨みつけた。

 

「俺は涙を大地に落とすそうだ」


 吐き捨てるようにそう言うと、リューランはその言葉すべてを拒もうとするかのように、部族が集まって住む方向へと大股で帰り始めた。


 ザンザイは、去ってゆく背を茫然と見つめた。身の丈以上の獣とでも取っ組み合いできそうなほどに引き締まり、鍛え上げられた大きな背が遠ざかっていく。

 その背に揺れるのは、上着に施されたリューランの羽根飾り。

 闇だから色までははっきりととらえられないが、リューランの羽根はすべて深紅の「赤」だ。ザンザイは赤羽根をもっているが黒や白がまざっていたりする。

 

 ――……すべて深紅の羽根飾りを持つリューランが、涙?


 ザンザイは眉を寄せた。

 リューランは、ここら一帯で一番希少で一番狩るのが難しいとされる「フュイ鳥」を仕留められる男。だからフュイ鳥だけが持つ深紅の羽根を飾りにできるのはリューランだけだ。

 

 ザンザイは大きな背を見つめる。いまだリューランから聞いた占いの結果がのみこめず、ざくざくと土を蹴った。

 土の中に石があったのか、つま先がこつんと固いものにあたる。けれど、痛くはない。足はゾルイウという超巨大四つ足の獣の皮をなめしたもので包まれているからだ。

 これは、七年前の成人の儀でリューランとザンザイの二人きりで倒した獣の皮だった。そうしてこの七年の間、靴や皮の小物入れ、毛皮は腰巻や外套といくつも二人で新しくつくり替えたが、他の獣の皮を用足しする必要がないほどだった。つまり、それほど超巨大なゾルイウを、二人で仕留めたのだ。 

 ちなみに成人の儀で超巨大な獣であるゾルイウを二人きりで倒したのは、部族初なんだそうだ。

 成人の儀の後、二人は若き戦士「リューランとザンザイ」として扱われ、それに見合うように部族のために狩り、また他部族との小競り合いでは力を出し、生きて来た。

 とはいえザンザイ自身は、真の英雄は己でないことをよく知っている。

 腕力も狩りの的確さも、リューランにはかなわない。自分は、得意の仕掛け作りや縄縛りで獣捕りに貢献し、今でも狩りの相棒であると自負しているが、男としての体格も力も判断力もリューランこそが英雄であり、将来部族を背負う男になるであろうと思っている。

 そんな男が。


「……涙?」


 成人した男として一番の恥とされるもの。

 それを未来の占いで告げられたリューランの心中を察し、ザンザイは無言で後を歩くのみだった。

 慰めの言葉も見つけられない。

 大婆の占いは確実なのだ。




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