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エピローグ



『いいんですね、キリム調査官。本当に、あなたはここに住み続けると? ここの部族の者として暮らすんですね?』

『はい』

『辺境民族の文化維持のため、言語はもちろんあなたの出身地域の文化、風俗それらすべてを封じて生き続ける覚悟があるんですね』

『はい』


 キリム調査官と呼ばれた女が頷くと、耳元に飾られた赤い羽根飾りが揺れる。


『……では、辺境民族文化維持指定地域、エリア82・コロニー31の個体番号154……リューランのパートナー登録申請を許可しましょう……失礼、鍋が煮えているようですので』

『どうぞ見に行ってください』

『感謝します』


 皺枯れた声で丁寧なものいいでそう告げた後、小屋の中の大鍋の煮え具合をのぞきにいった老婦人は、鍋を大きな木じゃくで数回まわした後、また古びた机にもどってきた。


『キリム調査官、私的な質問をしてもよろしい? 私の蓄積データの中に、辺境民族のしかも言語がまったく異なる民族との婚姻を選んだ人はいません。今後の参考にしたいのです。もちろん答えたくなければ、無言でかまいません。』

『どうぞ、なんでも』

『キリム調査官は、もともとは”個体番号154リューラン”の体力攻撃力の調査にいらっしゃるはずでしたね。154の力が部族内で並外れて高いことについて調査はもちろん、場合によっては154を処分する使命だと』

『……はい』

『そのような体力攻撃力が高い者とパートナーになることに恐怖はありませんか?』


 老婦人の質問に、赤羽根の飾りに薄紅の民族衣装をまとった女性は答える。

 

『いいえ。そもそもリューランの体力攻撃力が高いという話は、体力検査……こちらでは”成人の儀”と呼ばれていますが、それにおける獣の捕獲が過去に例を見ない高水準だったことにあげられます。けれど、実際に生活してみて、それはリューランだけのことでなく、ザンザイ……個体番号157の計画力や洞察力、仕掛の工夫があってこそです。二人は幼少から共にそだっていますが、特に互いを補う力が強く働き、成人男性でも難関であるはずの『ゾルイウ』の捕獲に成功しました』

『リューランだけが特別ではないと判断されるのですね』

『そうです。リューラン本人も、ザンザイも、それぞれで見れば穏やかですし、忍耐力もあり、男性的攻撃力を内的にコントロールする力も優れているといえます。それは、私がリューランと同居してもなにひとつ暴力、強制的な性行動など一切なかったことからも推測できるかと』

『なるほど。あなたをリューランと同居させる形にしたのは調査目的の到来であることをふまえてなのですが、その判断が間違っていなかったことに私も安心しています』


 老婦人が答えると、女性も『最良の判断でした』と応答する。

 だが老婦人が、


『それで、調査は行われ、さらに、今後はあなたがパートナーという形で監視することで、リューランは処分を免れるということになるのですね』


とつけくわえるように言うと、赤羽根の女性は何もいわずただ微笑んだのみだった。

 老婦人は息をついた。


『私も個体番号154はそれほど危険視していたわけではないんですが……。成人男性の個別診断のときに154のデータから最適未来をだそうとしても、部族内パートナーの検出も適応職の検出もすべて結果ゼロなのには驚きました』

『おそらく高すぎる身体能力のせいで、子孫を残すことを考えると、エリア82・コロニー31の調和を乱すと算出されたんでしょう。でも、結果を伝えるのにも、ご苦労されましたでしょう?』

『えぇ、パートナーも適応職もゼロ、おそらく調査官到来後、処分の可能性も高いと思って、占いには苦労しましたわ』

 

 苦笑いをまじえた老婦人の言葉に、女性は笑った。


『でも、あなたの報告があったおかげで私が来ることができました。本来なら私は姿を現さずに済ませるところを、まさか移動機が落ちるハプニング……。身体を透明化するシステムまで壊れてしまって……思わず泣いてしまいましたけれど。でも、あなたの機転もあって、おかげでリューランと私は一緒に暮らしはじめたのですから……何が縁となるかはわかりませんね』


 くすっと笑う女性は、胸元にも飾っている赤羽根を一度愛しそうに撫でた。

 その仕草をみていた老婦人は微笑む。


『お体が無事でなによりですわ。この地域は、本来の文化維持のために、この小屋以外に機器はございませんし、部族のものたちも縄張りには敏感で一切、コロニー外には出ませんし。……でも、だからこそ心配なんです。帰還しないという形で本当によろしいのですね』

『はい』

『私はロボットですから故郷はしりませんけれど、キリム調査官には故郷はおありでしょう? 懐かしくはありませんか』

『えぇ……もう良いのです。一度だけ、懐かしい子守歌、歌いましたから』

『え?』

『……いえ、なんでもないですわ』


 ちょうどそのとき、大鍋がまたぐつぐつと煮える音と共に、竈の火が不自然にぼぅぼぅと点滅するかのように燃え上がった。それを見て老婦人は息をついた。


『どうやらこの小屋5メートル以内に個体番号154が来たようですわ。あなたのパートナ―ですね』

『心配性なんです。……では、そろそろ』


 女性と老婦人は立ち上がった。

 戸口に出る前に、老婦人が言った。


『ご存知かと思いますが、この民族は我々の文化では考えられないほどに男女を区別しています。これはもともとの文化です。けれど、さらに出産数コントロールのため、本部が決めるペアリング数は限られています。……もちろん今後も出産はのぞめません。今回は154の監視も兼ねていますから特例なだけであり、異分子を子孫に残すことを辺境地域文化維持法は認めません』

『わかっています。……いろいろありがとう』


 女性は若葉色の目を瞬きし、そして小首をかしげそういった。

 ちょうどその時、小屋の戸口の向こうから、


「リューランだ。占いの大婆さまよ、我の嫁が来ているか」


と、大きな声がした。

 老婦人が肩をすくめた。そしてしわくちゃの口元を開いた。


「おぉおぉ、来ているよ。まだ約束より、あまりに早くないか。もっとゆっくり茶でものみたいものだ」

「……大婆よ、我の嫁だ」


 扉越しにぼそっと聞こえた困ったような返事に、老婦人と女性は顔を見合わせふふっと笑った。

 老婦人は笑いながら再び口を開いた。


「取りはせん、お前の可愛い嫁っ子だ。我の占いにも出てこなかった、宝のような嫁っ子だからな」


 そうして、扉を開いた。

 まばゆい陽光が小屋の中に差し込む。

 眩しそうに目を細める赤羽根飾りの女性を見て、褐色の肌に赤い羽根飾りの上着を着た大男が朱の入った目尻を緩ませた。

 その時、脇から大婆が言った。


「……リューラン、嫁っ子に、お前の呼び名を練習させたぞ。それから片言であるが、なんとか私の長年の知恵をもって話し、この嫁っ子の名前も聞き出せた」

「!?」


 滅多に見せぬ驚きの顔を大婆に見せ、次に男は請うような目を向けた。

 その時だった。

 小鳥のさえずりが、リューランの耳に届いた。


「……リュー、ラン」


 ふりむくリューランは、自分を一心に見上げる白き者を目の当たりにした。

 微笑んでいる。

 その口元は……「リュー……ラン」と口ずさんでいる。

 名を呼ばれ、リューランの褐色の肌が赤味を指して濃くなった。

 ぼっと燃えるような目になったリューランをみて、ほっほっと大婆が笑う。


「呼び応えてやれ、若き戦士よ。……リム、と」


 大婆の言葉に、リューランが瞬いた。


「リム……」


 目が赤くなる。

 そうか、この白き者は、リムというのか。

 

 ……泣いてはならぬ。

 だが。


「リューラ・ン」


 区切るところが違う。音の出し方は微妙に違う。

 けれど、自分に向かって呼ばれる名。


 俺の……嫁。


「リム……リム、リム、リム!」


 感極まり雄たけびのようにリューランが呼ぶ、そうして赤羽根を震わせて、太き両腕を伸ばす。

 白い花が抱きしめられる。赤い羽根飾りが揺れた。


 朱の目尻に粒が浮かぶ。

 リューラン自身も自覚はない。踊るようにして嫁を抱き上げる、その歓喜の満ちている中で、涙の粒が大地に落ちてゆくことを。


 その裏で、あの燃えた塊がリューランの知らぬ思いも予想もせぬ力と機械で、あり得ないほど早く風化作業が行われていることを。

 


 大婆は手のつけられぬほど興奮し、いまにも踊りだしそうな蛮族の男に呆れた目を向けた後、そっと占い小屋の扉を閉めた。


『調査官が……蛮族の嫁になるとはねぇ……』


 でも、あの調査官が嫁にならねば、リューランは明らかに死んでいた。

 表面的には病死か事故死だったであろうが――……。

 エリアの均衡を乱す、その理由だけで。


 

 ――……蛮族とはどちらなのか。

 


 答えのない中、扉越しに聞こえるのは……部族に伝わる、赤い羽根飾りの恋歌。

 大婆は、喜びを素直にあらわす声に、ただ耳を傾けるのだった。


 




 fin.

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