妖魔剣ガングレリ
『早う此方を手に取れ』
「嫌だ、お前みたいないかにもヤバい剣使えるか」
刀身が黒く輝き薄気味悪い紫の光を放ちながら、柄に書かれた一つ目がギョロリと動く禍々しい剣が自分を手に取れと五月蝿くて。
もうずっとこの調子が続いている。
*・○・*
俺は谷地 湊、ありふれた日常を過ごしている平凡な高校生だ。
…こんな書き方をしていると大抵平凡でない人間となるが安心して欲しい、人間性も含めて極めて平凡な人間だ。
しかしそのありふれた日常は突如終わりを告げる。
いつものようにプラットホームで5分間隔で来る電車を待っていると、下に明明と光る魔方陣が現れ視界が白に染まった。
それはまるで巷に溢れ返る異世界召喚のようで夢みたいだと思ったし、単に立ち眩みでも起こして変になっているのかとも思った。
そして召喚された後、俺はこうも思った。
…夢だったら良かったのに。
目を覚ますと俺は別の場所に立っていた。
そして、立ち尽くした。
通学鞄を持ち、制服を着ているのは変わらずだ。
いっその事防犯の為に、とか言ってスタンガンなど持っていれば良かったとも考えたが、普通の高校生(しかも男)にそんな用意があるはずもない。
というかそんな物を持っていても勝ち目なんかあり得ない。
其処に居たのは虎。
黄と黒の体毛に覆われたジャングルの帝王であり、その目は文字通り虎視眈々と目の前の俺に狙いを定めている。
そりゃ動物園で見た時はカッコイイと思った。
こういう系統の肉食系ドンは寧ろ好きな方だし、動物園に行った時だって他の動物なんかスッ飛ばしてベンガルトラとかの方へ駆けて行った思い出はある。
でも檻の無い虎はただ単に身体の芯から冷えるような恐怖を生み出す獣だ。
グルルルゥア…
啼いてる。
目の前に突然現れた俺に警戒しつつも食える物かどうか様子を伺っている。
丸腰同然の俺に勝ち目なんか無いし、本来なら早々に生を諦めるべきなんだけど恐怖心で手足の指すらも動かない。
なら何故こんな風に話せているのか、それは勿論現実逃避だ。
虎が鳴いた時点で俺の魂は口から半分飛んで行っているから。
しかしそんな危機的状況を覆すかもしれない声が唐突に響いた。
人とかでは無く剣なので頭に響いてくる形だ。
自分でもよく出来てると思う。
初回のピンチを切り抜けるのは大体が主人公の努力じゃない。
助っ人だったり運が味方したりetc…ありふれた俺は前者だった、ただそれだけのことだ。
だから俺はそれを手に取ればいいし、それを使って無双すればいい、それが天からの啓示だ。
そう思っていた。
…それがソレで無ければ。
『此方が名は妖魔剣ガングレリ 此方を其方が手に取りて振るうが良い』
「…」
いや、何なんだろうこの胡散臭い感じ。
手に取るのがどうにも躊躇われるそのフォルム。
助けて貰う剣にケチなど付けたくは無いが、どうせなら勇者の遺物らしき剣が良い。
いや、本当にケチを付けている暇など無いんだけど、さ。
『此方の重さは其方の軟弱なる腕にもフィットする 大剣など握れはせぬであろうその手でも扱えるこれ以上なき至上の劔よ』
俺が若干躊躇している事に気付いたのか、ガング…なんちゃらは自分のアピールポイントを言ってくる。
必死だ。
何とかして使って貰おうと必死なのだ。
そりゃこんな所でぶっ刺さってる剣なんてロクな物無いし、第一誰も台座から引き抜かないだろうとは思うんだけど。
模造品を売り捌こうとするセールスマン並みの迫力でこいつはまた言う。
『否 此方は其方の腕を小馬鹿にして居る訳では無い ただこの細過ぎもなく太過ぎもなくというこの伝説のフォルムがだな』
「いや、いい…です」
なんだそのクソみたいなフォローは。
伝説のフォルムなんて聞いたことねえぞ、この駄剣。
こんな感じの押し問答がひたすら続き、最初に戻るというわけだ。
伝説のフォルム(笑)の焦燥は募るばかりで俺は淡々と売りアピールを交わし続ける。
『成る程 此方の歴史を分かって居られぬは手に取ることを憚れるのも仕方なきよ では此方の重き歴を語るとするか まず…』
「聞いてる暇が俺にあると思うか」
こいつと話してて良かったことはあまりの安さにいつものノリを思い出したということだけか。
グルルルルル…
虎が焦れてきている、もう時間は無い。
決断しなければ。
こいつの様子を見るに大方刺さってる台に封印されし邪剣的な何かなんだろう。
こういうのは買ったら負けだ。
絶対に自分に厄災が伸し掛かる。
と分かっていて手に取る者などいる筈が無い。
そう、手に取らなければ死ぬという状況にまで追い詰められなければ。
『此方を手に取らぬ限り其方はソレの相手にすらならん 死ぬぞよ』
「お前を手にした所で勝てるとは限らないだろ」
俺のピンチさを思い出したのか必死に自身の歴史を語っているのを止め、いきなりキツイことを言ってくる妖魔剣。
こいつのほくそ笑むのが手に取るように分かるのが癪だが、時間切れなのは確か。
思い通りにはなりたくなくて、こんなことを言って答えるが、実際こいつを使って勝てないならそれまでなのだ。
『言い得て妙だな しかしどうしようもないのであるなら此方で起死回生を図るのが適当と見える 此方は相間違っておろうか』
ああ、そうだ。
間違ってない、間違ってないよ。
俺は弱い、弱くて平凡でありふれた高校生だ。
だから骨董品や剣の値打ちすら判らないし、選り好みしてる筈なのに実は思い通りだったりする。
こんなんだからダメだと思うけど、選り好み出来る程の才能も力も無いのだから仕方ない。
その結果が結構見えているけれど、それは果たして目の前の虎に粗方食い殺されるよりも酷いことなのか。
手前の恐怖にやられて判別が付けられない。
だからもう、なるようになっちまえ。
『此方を選べ ミナト・ヤチ!!』
俺は虎を睨みながらそいつを選ぶことを決意した。
「っくそ、来い、妖魔剣ガングレリ!!」
『其方が抜きに来いこの戯け』
「あっ、そうですよね、すいません」
封印されてる剣なのに、自力で台座から脱出なんて出来るわけ無かった。
格好付けで失敗し、早速尻に敷かれた気がしなくもないが、そんなことはこの際どうでもいい。
動きを見せる俺を尚警戒し、今にも飛び掛かってきそうな虎を尻目にガングレリを取りに行く。
そしてその禍々しい劔を一思いに抜き去った。
「…グッ」
目眩か、或いは立ち眩みか。
どちらにせよ視界が赤に染まり黒に染まる感覚に立っていられずしゃがみ込む。
心臓が握り潰されるような痛みによろけ、ガングレリを土に挿して支えると、柄の目と目が合った。
『契約は成立した 汝は此方のモノだ』
馬鹿な俺を嗤っているようだ。
でもそれに構う余裕なんて失った。
内蔵が掻き乱されるような痛みに、声も発せない。
ついに支えがあっても堪え切れず、ガングレリを土に挿したまま俺は地に崩れ落ちた。
虎が向かってくる。
こうなったら俺はもうただの餌だ。
俺が此奴のモンだって言うなら、此奴は俺を助けてくれるだろう、それに賭けるしかない。
虎を倒すどころか虎から距離を取ることすらままならなくなって、先程の選択は完全に誤ったかのように思えてならない。
『案ずるな 汝が選択は正しい 成果を刮目せよ』
「…ど、こ…がだ……ッッ」
虎は目を丸くしてのそのそと近付いてきた。
警戒心さえ失ったその様子を見る限り、俺は虎の中でもう完全に餌の位置付けとなったのだろう。
身を引き締めて狩る必要すらない、そこに存在するだけの餌。
床を這うだけの俺は覚悟を決めた。
どこからでも食べるがいい。
そしてこの劣悪な剣は後で呪い壊してやる。
そう念じて目を開けると、虎の顔が目の前にあった。
…ああ、やっぱ怖いなぁ……
虎の口が開くのがスローモーションのように見える。
さよなら、My 人生。
そして俺は痛みとあまりの恐ろしさから貧血でぶっ倒れ、最期を迎えた。
当方ビビりの為、感想はございません。
代わりと言っては何ですが、面白いと思って頂けましたら是非、是非、是非、評価をよろしくお願い申し上げます。m(_ _)m