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雪の結晶

作者: 春野天使
掲載日:2007/11/18

この作品はギフト企画参加作品「時を超えたプレゼント」の番外編です。そちらを読まなくても分かるとは思いますが、読んでもらえたら嬉しいです。(^^)

 夜明けまで降り続いていた雪が止んだ。

 レースのカーテンから、朝の光が射し込んでくる。ココアのカップを手にして、窓辺まで歩いていったホーリーは、片手でゆっくりとレースのカーテンを開けた。

 辺り一面銀世界。クリスマスの朝は、白く輝いていた。

──今年は美しいクリスマスになったわねぇ。

 分厚いメガネの奥の目を細め、年老いたホーリーはにこやかに微笑んだ。そして、少し冷めたココアを口に含む。

──あの年のクリスマスの朝も、今日のように真っ白なクリスマスだったわ。

 ホーリーは、昔を懐かしむような遠い目をして、窓の外を見つめた。

──私の帽子がようやく戻ってきた。ありがとう、イネス……。

 テーブルの上には、小さな毛糸の帽子が置かれている。赤と白の横縞模様の帽子。ついさっき見知らぬ青年が家まで届けてくれた。その青年は、ホーリーの幼なじみのイネスに会ったという。

──イネス、私もあなたに会いたかった……。



 十才の年のクリスマスは、ホーリーにとって忘れることが出来ないクリスマスとなった。

 その年はいつもより寒く、外に出ると体中が凍ってしまいそうになるくらい冷たかった。ホーリーは分厚いコートを着て、首にはマフラー、手には手袋、そして、頭にはあの帽子を被った。あの帽子は、母親からの大切なクリスマスプレゼント。暖炉の前のクリスマスツリーの下に置かれた、どのプレゼントよりも、彼女は母さんの手編みの帽子が気に入った。

 クリスマスの日は、毎年教会に出かけることになっている。手編みの帽子を被ったホーリーは、いつもよりもっとはしゃいでいた。

 クリスマスの朝は銀色の世界。光を浴びた雪たちがキラキラと銀色に輝いていた。

 家族と一緒に教会へ行こうとした時、イネスが雪の道を駆けてきた。何度も凍り付いた雪に足を取られそうになりながら、息を弾ませて走ってくる。

「ホーリー!」

 イネスはホーリーの姿を見つけると、大きく手を振った。彼も彼女と同じように、手編みの帽子にマフラー、手袋をしていた。どれも雪の結晶の柄。イネスは雪の結晶模様が大好きだった。手編みの帽子は、ホーリーの母がイネスに贈ったクリスマスプレゼントで、彼もとても気に入っていた。

「イネス!」

 ホーリーも大きく手を振る。イネスはその年の夏、町に引っ越して来た男の子。ホーリーの家のすぐ近くに住み、彼らはすぐに仲良くなった。

「ホーリー、一緒に教会に行こうよ」

 白い息を吐きながら、イネスは笑顔でホーリーを見つめる。教会は家から歩いて十五分くらいの所にある。イネスと二人で雪道を歩いて行くのは楽しそうだ。ホーリーは大きく頷いた。

「うん! 父さん、母さん、私イネスと一緒に歩いてっていい?」

「ああ、いいよ。時間までに間に合うならな」

 優しい父は、ニコリと笑って承知した。

「雪が凍っているから、滑らないように気をつけてね」

 母親は少し心配そうだったが、許してくれた。

「その前に、写真を撮ってやろう。二人とも新しい帽子が似合ってるな」

 父はホーリーとイネスを見て、カメラを構える。父のカメラも新品。母親からのクリスマスプレゼントだった。

「父さんもカメラを使ってみたいのね」

 ホーリーは笑ってイネスと並んだ。光に反射した雪が眩しい。辺り一面真っ白な世界に、ホーリーはイネスと二人きりのような気がした。カシャリと父がカメラのシャッターを押した瞬間、ホーリーとイネスの世界が刻まれた。ずっとずっと、何年経っても変わらない写真の中の二人の世界……。



 二人は手を繋いで雪道を歩いて行った。キュッキュと凍って固くなった雪を踏みしめながら。時々後ろを振り向くと、真っ白な道にイネスとホーリーの足跡が続いていた。仲良く並んだ四つの足跡。歩くたびに四つずつ足跡が増えてゆく。

「楽しいね」

 ホーリーは息を弾ませて、イネスと繋いだ手を大きく振りながら歩く。

「楽しい! 毎日がクリスマスならいいのにね」

 イネスも声を弾ませる。

「そしたら、毎朝ホーリーと一緒に教会まで歩いて行けるもん」

 彼らは顔を見合わせ、声を立てて笑う。時折冷たい風が吹き付けて、飛ばされそうになるけれど、イネスとしっかり手を繋いでいるからなんともない。ホーリーはそう思う。彼らはちょっと遠回りして、湖の道を歩いて行った。

 湖は厚い氷を張っている。二人は何度もスケートをして遊んだ。ホーリーはあまり得意じゃないけど、イネスはとてもスケートが上手い。

「帰りにスケートしようよ! ジャンプの仕方教えてあげる」

 ホーリーが湖を見つめていると、イネスが言った。

「うん! でも、上手く出来るかなぁ……」

「大丈夫さ。僕がついてるから」

「うん」

 彼女は頷く。氷の上に尻餅をつくと、痛くて冷たいけど、イネスと一緒なら嫌じゃない。ホーリーはその日、益々イネスを好きになったような気がした。このまま時が止まったらいいのに。写真のように、ずっとイネスと二人でいられたらいいのに……。

 ホーリーがそう思っていると、不意に突風が湖の方へ吹き付けてきた。

「あっ……!」

 一陣の風が、彼女の帽子をさらっていった。あっという間に毛糸の帽子は風に舞い上がり、飛ばされていく。ホーリーが母から貰った大切な手編みの帽子……。

 帽子は空高く舞い上がると、凍った湖の上に落ちていった。

「僕が取ってきてあげる」

 ホーリーの悲しげな顔を見つめ、イネスが言った。

「僕の帽子を被ってまってて」

 イネスは自分の手編みの帽子をホーリーの頭にのせると、笑顔で言った。

「滑らないように気をつけて」

「平気、平気、スケート靴なしでも、僕は転んだりしないよ」

 そう言うと、すぐにイネスは湖に向かって駆け下りて行く。

「氷が薄くなってる所もあるから──」

 ホーリーが言いかけた時、また、湖に風が吹き付けてきた。ホーリーはとっさにイネスの帽子を両手で押さえた。湖に落ちた私の帽子も、もう一度風に飛ばされていく。イネスは氷の上を走って、帽子を追いかける。

「捕まえた!」

 イネスは湖の真ん中で、帽子を捕まえた。

「ホーリー、帽子を捕まえたよ!」

 イネスは嬉しそうにホーリーの帽子を振り上げる。

「ありがとう、イネス! 早く戻って来て」

 ホーリーも笑顔でイネスに手を振る。けれど、次の瞬間、彼女の声は悲鳴に変わった。湖から不気味な鈍い音がした後、湖の上で手を振っていたイネスの姿が、突然消えてしまった。

「イネス! イネス!」

 声を限りに叫んでも、イネスの姿は現れない。氷の割れ目から、イネスは湖の中に落ちてしまった。

 ホーリーは泣き叫びながら、助けを求めに教会まで走った。それから後のことは、何も覚えていない。両親の顔を見た瞬間、彼女は気を失ってしまった。


 町中の人が手分けして、湖に落ちたイネスを捜したけれど、イネスはとうとう見つからなかった。春が来て、湖の氷が解けた後もイネスの姿は現れなかった。

 イネスはホーリーの帽子を持ったまま、湖の底に消えてしまった……。

 そして、イネスが貸してくれた雪の結晶柄の帽子だけが、ホーリーの手元に残った。いつか彼が戻って来るような気がして、彼女はイネスの帽子を大切に持っていた。

 あれから、いくつものクリスマスが訪れては去って行った。時は過ぎ行き、ホーリーは大人になり、やがて老いていった。イネスは戻っては来なかったけれど、彼の帽子だけはいつまでも彼女の手元に残っていた。

 そう、今日の朝までは……。



 ホーリーは、ゆっくりとした動作で、窓辺から離れ、テーブルの上を見つめてニコリと微笑んだ。赤と白の横縞模様の帽子。イネスが大切に持っていてくれたホーリーの帽子。

 イネスもまた、今頃、あの青年から雪の結晶柄の帽子を受け取っただろうか?

 写真たての中のセピア色の写真の中で、幼い頃のイネスとホーリーが二人並んで笑っていた。  了






                                

最初は書く予定ではなかったのですが、ちょっとした私の勘違いで番外編を書くことになりました。^^;

「時を超えたプレゼント」の続き、と思って読んでもらえたらと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。finoです。企画等でいつもお世話になっております。 同人会(?)のスレのお互いの作品を読んでみようという呼びかけをきっかけにして、久しぶりに春野さんの作品に触れました。 文章…
[一言] ギフト企画、お疲れさまです、谷渕流です! 自分には思いつかない感じの話で、新鮮に感じました。 後味が悪いのかなーと思いながら読んでましたが、大丈夫な感じでした。 機会があれば、番外編じゃない…
2007/11/26 03:43 退会済み
管理
[一言] こんばんは(^^)番外まで書くなんて凄いですねー!!春野さんの作品は結構老人が出てきますね、ホーリーの品ある雰囲気に春野さん自身も品ある人なのかな?と思いました(^^)『私もイネスに逢いたか…
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