雪の結晶
この作品はギフト企画参加作品「時を超えたプレゼント」の番外編です。そちらを読まなくても分かるとは思いますが、読んでもらえたら嬉しいです。(^^)
夜明けまで降り続いていた雪が止んだ。
レースのカーテンから、朝の光が射し込んでくる。ココアのカップを手にして、窓辺まで歩いていったホーリーは、片手でゆっくりとレースのカーテンを開けた。
辺り一面銀世界。クリスマスの朝は、白く輝いていた。
──今年は美しいクリスマスになったわねぇ。
分厚いメガネの奥の目を細め、年老いたホーリーはにこやかに微笑んだ。そして、少し冷めたココアを口に含む。
──あの年のクリスマスの朝も、今日のように真っ白なクリスマスだったわ。
ホーリーは、昔を懐かしむような遠い目をして、窓の外を見つめた。
──私の帽子がようやく戻ってきた。ありがとう、イネス……。
テーブルの上には、小さな毛糸の帽子が置かれている。赤と白の横縞模様の帽子。ついさっき見知らぬ青年が家まで届けてくれた。その青年は、ホーリーの幼なじみのイネスに会ったという。
──イネス、私もあなたに会いたかった……。
十才の年のクリスマスは、ホーリーにとって忘れることが出来ないクリスマスとなった。
その年はいつもより寒く、外に出ると体中が凍ってしまいそうになるくらい冷たかった。ホーリーは分厚いコートを着て、首にはマフラー、手には手袋、そして、頭にはあの帽子を被った。あの帽子は、母親からの大切なクリスマスプレゼント。暖炉の前のクリスマスツリーの下に置かれた、どのプレゼントよりも、彼女は母さんの手編みの帽子が気に入った。
クリスマスの日は、毎年教会に出かけることになっている。手編みの帽子を被ったホーリーは、いつもよりもっとはしゃいでいた。
クリスマスの朝は銀色の世界。光を浴びた雪たちがキラキラと銀色に輝いていた。
家族と一緒に教会へ行こうとした時、イネスが雪の道を駆けてきた。何度も凍り付いた雪に足を取られそうになりながら、息を弾ませて走ってくる。
「ホーリー!」
イネスはホーリーの姿を見つけると、大きく手を振った。彼も彼女と同じように、手編みの帽子にマフラー、手袋をしていた。どれも雪の結晶の柄。イネスは雪の結晶模様が大好きだった。手編みの帽子は、ホーリーの母がイネスに贈ったクリスマスプレゼントで、彼もとても気に入っていた。
「イネス!」
ホーリーも大きく手を振る。イネスはその年の夏、町に引っ越して来た男の子。ホーリーの家のすぐ近くに住み、彼らはすぐに仲良くなった。
「ホーリー、一緒に教会に行こうよ」
白い息を吐きながら、イネスは笑顔でホーリーを見つめる。教会は家から歩いて十五分くらいの所にある。イネスと二人で雪道を歩いて行くのは楽しそうだ。ホーリーは大きく頷いた。
「うん! 父さん、母さん、私イネスと一緒に歩いてっていい?」
「ああ、いいよ。時間までに間に合うならな」
優しい父は、ニコリと笑って承知した。
「雪が凍っているから、滑らないように気をつけてね」
母親は少し心配そうだったが、許してくれた。
「その前に、写真を撮ってやろう。二人とも新しい帽子が似合ってるな」
父はホーリーとイネスを見て、カメラを構える。父のカメラも新品。母親からのクリスマスプレゼントだった。
「父さんもカメラを使ってみたいのね」
ホーリーは笑ってイネスと並んだ。光に反射した雪が眩しい。辺り一面真っ白な世界に、ホーリーはイネスと二人きりのような気がした。カシャリと父がカメラのシャッターを押した瞬間、ホーリーとイネスの世界が刻まれた。ずっとずっと、何年経っても変わらない写真の中の二人の世界……。
二人は手を繋いで雪道を歩いて行った。キュッキュと凍って固くなった雪を踏みしめながら。時々後ろを振り向くと、真っ白な道にイネスとホーリーの足跡が続いていた。仲良く並んだ四つの足跡。歩くたびに四つずつ足跡が増えてゆく。
「楽しいね」
ホーリーは息を弾ませて、イネスと繋いだ手を大きく振りながら歩く。
「楽しい! 毎日がクリスマスならいいのにね」
イネスも声を弾ませる。
「そしたら、毎朝ホーリーと一緒に教会まで歩いて行けるもん」
彼らは顔を見合わせ、声を立てて笑う。時折冷たい風が吹き付けて、飛ばされそうになるけれど、イネスとしっかり手を繋いでいるからなんともない。ホーリーはそう思う。彼らはちょっと遠回りして、湖の道を歩いて行った。
湖は厚い氷を張っている。二人は何度もスケートをして遊んだ。ホーリーはあまり得意じゃないけど、イネスはとてもスケートが上手い。
「帰りにスケートしようよ! ジャンプの仕方教えてあげる」
ホーリーが湖を見つめていると、イネスが言った。
「うん! でも、上手く出来るかなぁ……」
「大丈夫さ。僕がついてるから」
「うん」
彼女は頷く。氷の上に尻餅をつくと、痛くて冷たいけど、イネスと一緒なら嫌じゃない。ホーリーはその日、益々イネスを好きになったような気がした。このまま時が止まったらいいのに。写真のように、ずっとイネスと二人でいられたらいいのに……。
ホーリーがそう思っていると、不意に突風が湖の方へ吹き付けてきた。
「あっ……!」
一陣の風が、彼女の帽子をさらっていった。あっという間に毛糸の帽子は風に舞い上がり、飛ばされていく。ホーリーが母から貰った大切な手編みの帽子……。
帽子は空高く舞い上がると、凍った湖の上に落ちていった。
「僕が取ってきてあげる」
ホーリーの悲しげな顔を見つめ、イネスが言った。
「僕の帽子を被ってまってて」
イネスは自分の手編みの帽子をホーリーの頭にのせると、笑顔で言った。
「滑らないように気をつけて」
「平気、平気、スケート靴なしでも、僕は転んだりしないよ」
そう言うと、すぐにイネスは湖に向かって駆け下りて行く。
「氷が薄くなってる所もあるから──」
ホーリーが言いかけた時、また、湖に風が吹き付けてきた。ホーリーはとっさにイネスの帽子を両手で押さえた。湖に落ちた私の帽子も、もう一度風に飛ばされていく。イネスは氷の上を走って、帽子を追いかける。
「捕まえた!」
イネスは湖の真ん中で、帽子を捕まえた。
「ホーリー、帽子を捕まえたよ!」
イネスは嬉しそうにホーリーの帽子を振り上げる。
「ありがとう、イネス! 早く戻って来て」
ホーリーも笑顔でイネスに手を振る。けれど、次の瞬間、彼女の声は悲鳴に変わった。湖から不気味な鈍い音がした後、湖の上で手を振っていたイネスの姿が、突然消えてしまった。
「イネス! イネス!」
声を限りに叫んでも、イネスの姿は現れない。氷の割れ目から、イネスは湖の中に落ちてしまった。
ホーリーは泣き叫びながら、助けを求めに教会まで走った。それから後のことは、何も覚えていない。両親の顔を見た瞬間、彼女は気を失ってしまった。
町中の人が手分けして、湖に落ちたイネスを捜したけれど、イネスはとうとう見つからなかった。春が来て、湖の氷が解けた後もイネスの姿は現れなかった。
イネスはホーリーの帽子を持ったまま、湖の底に消えてしまった……。
そして、イネスが貸してくれた雪の結晶柄の帽子だけが、ホーリーの手元に残った。いつか彼が戻って来るような気がして、彼女はイネスの帽子を大切に持っていた。
あれから、いくつものクリスマスが訪れては去って行った。時は過ぎ行き、ホーリーは大人になり、やがて老いていった。イネスは戻っては来なかったけれど、彼の帽子だけはいつまでも彼女の手元に残っていた。
そう、今日の朝までは……。
ホーリーは、ゆっくりとした動作で、窓辺から離れ、テーブルの上を見つめてニコリと微笑んだ。赤と白の横縞模様の帽子。イネスが大切に持っていてくれたホーリーの帽子。
イネスもまた、今頃、あの青年から雪の結晶柄の帽子を受け取っただろうか?
写真たての中のセピア色の写真の中で、幼い頃のイネスとホーリーが二人並んで笑っていた。 了
最初は書く予定ではなかったのですが、ちょっとした私の勘違いで番外編を書くことになりました。^^;
「時を超えたプレゼント」の続き、と思って読んでもらえたらと思います。




