姉と僕と、
ヘッドホン侍さん(http://mypage.syosetu.com/154610/)からテーマをいただきました。
僕には双子の姉がいる。弟の僕はよく、泣かされていた。それだけではなく、近所の男の子たちを力で従わせるという、いわゆるガキ大将のボスになっていた。
え? 今? それはまたあとで話そうと思う。
そんなやんちゃな姉の保育園時代の話しだ。
残念ながら僕は当時天才児とか呼ばれていて飛び級で小学校高学年のクラスに入っていたので、保育園というものがどんな場所でどんな雰囲気なのか姉を通してしか知らなかった。
「あのねー、えんちょう先生ね、美雨っすっごーーーく好きなんだよ」
「ふーん」
"ベシ"
たったひとことなのに、頭をパーで叩かれた。理不尽だ。
「ちゃんと聞いてよね」
「はいはい」
"ベシ"
今思うと本を読みながら答えていたのが悪かったのだ、と思えるけど、当時は今より人の話しより本の世界が好きだったら仕方ない。それに姉ちゃんの話しは、かなり脈略がなくて正直聞いてるとチンプンカンプンになる。
「ねぇ、ちゃんときいてっ」
読んでた本をばっととられてしまった。呆気にとられて姉を見上げると、ふふんと鼻の下人差し指でこすっていた。女の子なのに、どうして男の子みたいなことをしちゃうんだろう……。
「姉ちゃん、返してよっ」
「だめ。聞いてくれるまでかえさないよーっだ」
今度はあっかんべぇだ。酷い顔になるからやめたほうがいいよ、と前に言ったらすごい形相で跳びかかってきたので、今日もぐっと言いたいことを我慢しよう。そして同意してます、っていう意味で頷いた。
するとパァッと喜んだ顔になったのだ。やれやれだ。
「えっとね、美雨の幼稚園の園長先生ね、すごいんだよ。美雨絵本の時間いやだから外で一人で遊んでたの」
「ストップ。意味がわかりません」
挙手して訊ねた。そもそも絵本の時間に外に出ていることがおかしい。一体姉ちゃんはなにをしていたんだろう。
「いみ、わかんない? 美雨はね絵本の時間キライだから、いっつも外に出るの」
「……姉ちゃん」
奔放すぎるよ。むしろ先生たちに迷惑かけてごめんなさい、なことだよ。
「そ、それでなに?」
「美雨ね、園長先生が絵本読んでくれるの初めて見たの。そしたらね、そしたらね、すごい魔法があったんだよ」
「ま、魔法?」
「そう魔法。園長先生が絵本読み終わるとね、お歌うたってたの。そしたらね、そこにいる人み~~んな寝ちゃったの」
「なにそれ?」
そんな不思議なことあるわけないよ、と言おうとしたけど、いつになく姉ちゃんの目が真剣だったから反論はやめておいた。
「だって姉ちゃんとこの保育園て昼寝あるんだから別に普通じゃん?」
「ちがうの!! だって先生まで寝ちゃうんだよ?」
それは一大事だ。子どもをみなきゃいけない先生も寝ちゃうって……。あ、でも聞いてる人みんな寝ちゃうなら問題ないのかな? でも……この姉をのぞいては。
「で、姉ちゃんはみんなが寝ちゃってる間なにしてんの?」
「一人でお庭走ったり、虫さんみたりぃ、つまんなくなったらクレヨンで先生の顔に落書きしたー」
「……」
最後、なんかおかしい。
「姉ちゃん、落書きって誰に?」
「ねね先生でしょー、いっちゃん先生でしょー、あとねー園長先生」
「……それさ、お母さん知ってるの?」
「わかんなーい。ママいっぱい園長先生にお辞儀してたよー」
こ、この姉は……。多分お母さんは姉のイタズラを一生懸命謝ってたんだと思う。それとも知らないで目の前でケラケラ笑っている。
「園長先生すごいよね~。美雨も大きくなったらあの魔法使いたいな」
「なんで?」
怖い答えが出てきそうだと思ったけど知りたくなった。
「みんな寝たら、お金の隠してある場所探したり、美雨の好きな玩具をこっそり持ってくるの」
犯罪です。姉ちゃん。
「それはさ、やめたほうがいいよ」
「え? なんで? 美雨すっごくハッピーになれるから別にいいじゃん」
困った。姉には”犯罪”という概念がないみたいだ。でも逆に無邪気で羨ましい。僕だったら絶対に言えない言葉だから。
「みーくん、ここにすっごーいシワができてるよ」
とんとんと僕の眉間を軽く叩かれた。
「あ、ごめん」
「べっつにー。どうせみーくんのことだからなんかほかのこと考えてたんでしょ?」
「う、んまぁ」
「園長先生が魔法使い、だなんて絶対思ってないでしょ?」
「……」
よくわかってる。他の人に対しては鈍感だけど、僕に対しては鋭い。
「いいよ。みーくんはゲンジツシュギだから信じないのはわかってるけど。でも本当だったんだから。あぁぁ、みーくんも一緒に通えたらよかったのになー」
ほっぺを膨らませて僕を見てきた。うん、僕もそう思ってる。姉ちゃんの破天荒な行動を見て笑ってたかったな。同じ年の子と一緒にバカみたいなことしたかったな。
「あ、そだ。みーくん。今度あたしがみーくんの変わりに小学校行って、みーくんが保育園行くことにしない?」
「え?」
「あー、もうなんで今まで考えられなかったんだろう。ね? いい考えでしょ?」
にっこにこ笑って、目の中キラキラ光るくらい眩しい顔で言われた。
「う……、確かにいい考えだね」
姉ちゃんに引き寄せられるように僕は頷いた。
まだ姉と僕の見た目が変わらないときにしか可能じゃないことだったから。
それから数日後、僕らは交換計画を実行にうつした。
結果はどうだったかって?
僕の方は知らない世界を知られて嬉しかった反面、手に入らない日々なのだろうなって幼いながらに思った。
にぎやかな騒ぎ声、笑い声、泥だらけになった顔、手足、同い年、年上、年下とケンカして泣いて仲直りして。そんな当たり前の世界。
そして姉の言っていた園長先生の魔法。あれは本当だった! 小柄な先生だったけど、透き通る声でよく響いた。誘われるように瞼が重くなっていくのが凄い! しかも昼間にぐっすりスッキリ寝ることなんて三才くらいでやめてしまったから新鮮で。そしれにしても、穏やかな先生たちに姉はラクガキをしたもんだなってちょっと感心してしまった。
そのあとといえば、普段と違って、先生に言われる通りに行動したのがよくなかったのか、昼寝の時間が終わったら、僕は玄関に連れて行かれた。
そこには泣きはらした姉と母親の怖い顔があった。
姉の泣いた顔なんて久しぶりすぎたから、ビックリしすぎて声もかけられなかった。そしてその日を境にして、なんというか少し姉が変わったように思えた。
もちろんやんちゃっぷりは健在だったけど、少しだけ人の言うことも聞くようになったというか、他の人のことも考えられるようになったみたいだった。ケンカの数のも減って、母が謝る回数が少なくなって、家の中も穏やかになったと思う。
え? いまの姉はなにをしてるかって? 僕の片割れってことでどこかに特異な学習能力が備わっていたのか、高校生までには5ヵ国語を操れるようになっていた。自分にを惹きつける魅力があることを知っていた姉はそれを活かして、驚くような速さで大富豪と結婚してしまったんだ。しょっちゅうドバイに行って悠々自適に遊んでるみたい。世の中は財だよ、なんて言っちゃってるけど大丈夫かな。
そして僕の今は、英才教育なんてして意味あったのかな? ていうことをしている。結構な金額を出してもらって高度な学習をしたのに、それをほとんどドブに捨てるようなことをしてしまった。子どもに関わりたい! なんて言ってしまったらから。後悔はないけれど、親に勘当されちゃった。仕方ないよね。なんかの研究とか、実験に従ずるより、もっと不思議でふわふわしてて、でもしっかり意志もある子どもに魅力があると思ったんだから。子どもに関わるていうことは、今まで勉強してきたことなんてほとんど通用しない。それがいいと思ったから。それが顕著に出る幼稚園か保育士になりたいと思ったんだ。
最終的には、関わる時間が多い保育士の資格を取ることにした。色んな事情の子がいて、日々勉強になるから。数式のように必ずこれ、といった答えがなく、終わりがみえないことだから。疲れて辞めていく人も多いけど、僕は一生の仕事にしてもいいと思ってる。失敗することも多いけど、子どもたちと同じように、成長していけるから。
そうそう今日から新しい園長先生が赴任してくるんだ。結構なベテランの女性らしいけど、保育業界では伝説の人、なんて呼ばれているんだよ。なんでだろう? 経営手腕がすごいのかな?
おっと、掃除をしていたらあっという間に赴任してくる時間になってた。僕は慌てて職員室へ行くと、赴任してきた園長を出迎えた職員と、そして小さなおばあさんが椅子に座って気持ちよさそうにスースー寝息をたてていた。
これって……!!!
不思議な高揚感に包まれるのがわかった。
また僕は出会ったんだ。小さな魔女に――――。
<ネタバレ的な>Twitterでこんなやりとりがあったのです。
1.主人公が飛び級をしなければ通っていただろう、領内にある保育園の園長先生。たいへん癒し系の見た目をしており、お昼寝の時間にある絵本の音読のコーナーは園児達はおろか他の先生たちにも大人気である。
2.ちなみにその歌声を聞くとどんなものでも寝てしまうという特殊能力が…
3.まさかの歌っている本人すら寝てしまう事態っ
それを踏まえてこねて作ってみました。未消化部分もありますがそこはご容赦を。