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創造者  作者: ロマ
1/1

絵画(1)

「それではお先に失礼します」

「ああ、お疲れ。また明日も頼むな」

「はい」

着替えを済ませ、黒の外套(コート)に紺碧の襟巻(マフラー)で防御して店を出る。も、遥か上空から吹き下りて来たばかりの情け知らずな北方出身の強面の風に、すぐさま露わな顔と手を攻撃される。

「―――――っ!さ…寒い……」

 青年は身を縮こまらせて艶の消された闇黒の空を見上げる。天気は悪いのであろう、月の在る気配は無い。

「あ、ミル、お疲れー!」

 代わりに視界には一色塗りの背景には不似合いな明るい男の顔が在った。

「……」

 青年はそれを見なかった事にして家路を急ぐ為スタスタと歩を進めるも、再び視界に昇るべく男が横を付いて歩く。

「おい、ミルー、あなた本当にトレジャーハントやる気無い?」

「無い―」

「……、あっそうー」

 間髪を容れずの固辞に男は一瞬青年を見送りそうになるも、慌ててその背を追い掛ける。そうして青年の周りで騒いでは食い下がる。

「なぁー、何でやる気になんないの?」

 そんな男の矢継早な疑問と進入して来た車をひらりと(かわ)し、今日の終点目掛け一心に歩く。その後ろでクラクションと感嘆符付きの叫びが続く。

「うおっ!危ねぇー!おっちゃん、気を付けてよ―!」

 轢かれてしまえ、馬鹿!


 現在は後30分程もすれば日付の変わる頃合だ。だが天に幕が降ろされようと徒党を組んだ風が総じて苛めに掛かろうとも、この街の現在を過ごす生きもの達はそれ等を意に介しない。この場所に群がり集まる蝶に蛾に蜘蛛に蝙蝠に魑魅魍魎。皆山川(さんせん)を忘却して己の欲望の色の灯火(とうか)に心奪われ、その身を投じ焼かれるのを好しとする。

一時(ひととき)の火傷ぐらいすぐに癒えるから。

 (よし)んば酒を呑めなくても色に染め出されなくとも、妖魔の上気に侵蝕されるが如く人はこの街に陶酔する。

 通りに点を落とす淫売婦に線を描く行き摩りの女達が青年とその隣の男を目するや、(かんばせ)を花の(さま)に魅せようとする。際限無き欲を隠匿して。

 店から漏れる明りに車のライトでは大して発揮され無い、金の髪に青玉(サファイア)(ひとみ)、伶俐な顔貌、優雅なる風姿、注視されてもそれ等にでは無く専一に寝るだけの寝台にのみ視軸を引いて時折思い出したように欠伸をして、早くも眠る体勢の瞼を半開きシャツター然にして一向(ひたすら)歩む男。

「ふぁーー…眠い」

 名前はミルルーク・ルレント。訳あって現在はこの街のと或る飲食店の裏方の一要員である。人に容易く心を開けないという設定付きの。

 で、隣で未だに勧誘活動に(いそ)しむ男は―――、

……。

 ミルルークは潜戸(くぐりど)の奥から横の男を(たいら)かに見遣ると、重たげな口を渋々(しぶしぶ)開く。

「名前」

「……はっ?名前……?」

 男は色好くも悪くも無い返事に刹那窮するも、この当面には自分の名を答える事にした。

「フリード……」

 ミルルークに(ひとみ)を凝視されて、

「フリード…キネンシス……」

 困惑に始終した男の名前を聞き遂げて、ミルルークの瞼は週休5日を決め込む。

 そう、この煩雑極まり無い男はフリード・キネンシス。明茶色の髪は巫山戯(ふざけ)た猫毛、翠緑玉(エメラルド)の双眸には険狭さが滲み出ている。寝台への道中(みちなか)(たむろ)している、あれな何者なのかも分からない自分を取り敢えずは誇示する輩の卒業生に相違無い。家は刈られてもしつこく生え出る雑草の如き下流であろう。ミルルークは合否判らずずっと当惑し続けている男を後目(しりめ)に欠伸を噛み殺す。そうして店を出てから弛緩故にぼんやりしっ放しの焦点をここで始めて合わせた。

 今日も居る……。

 対象は細く(うら)淋しい街灯、の(もと)でぽつねんと立ち尽くしている浮浪の身らしき子供。薄弱な白光の放射を受動する少年の姿は、墨塗られし空を淡く出来ぬのと同じ様の虚しさ。繁華街を抜けて暫くの、教会堂が側の幽光。

 冷淡な程にミルルークはそれと行き摩る。男が惨めな子供に話し掛けるもすぐに後を追って来る。

「何だよ、あの餓鬼は。腹減ってるかと思ったのに、(ガン)無視かよ!」

 革のジャンパーのポケットに菓子を突っ込みながら男が怒るのも無理はない。

 ミルルークも反応が無くとも二度までは惑いつつも食べ物を与えようとしたのだ。そして店から持ち帰りの三度目の入ったビニール袋を手にした昨夜、持ち手をぎゅっと握り締めたミルルークはついに声も掛けずに少年の傍を通り越した。

 通りに据え付けの無機物の如き少年にゾッとした。その後すぐに憤慨した。見知らぬ振りをする教会とこの街に、そうしてあの少年自身に。

 如何(どう)して泣き叫んででも救済を求めないのか?物語の挿絵の如くそこに佇んで抜殻の様になって。オレの半分も生きていないであろうに。まるで自分を捨てているのだ。

「アイツ寒くないのかよ、あんな格好で。あの教会、血も涙も無ぇ~!」

 横に同じ。振り返り身震いする男に心内でそう言うと、やっとアパートの玄関に到着したミルルークは家の中へと入った。

「……」

 眼前で立ち塞がる玄関扉にめげずに男は叫ぶ。

「ミルー、また明日ねぇー!」

 瞬時に扉が開かれすぐさま閉じられた。その間。

「てめぇ―、静かにしろっ!もう0時過ぎてんだぞ!」

 男はミルルークから単語どころか会話文までをも引き出せた今夜の成果にニヤリと笑んだ。


 外套(コート)襟巻(マフラー)をハンガーに掛けてすぐさま風呂に入る。ネットを通じて設定さえすれば後は自動制御で温かい湯が用意されるのだから楽なものだ。ミルルークは凍えた体軀が緩和され行く心地好さに恍惚とするも、自分で沐浴する様に苦笑する。

「一ヶ月程前までオレは王子様だったらしい」

 先刻の浮浪児、如何言う経緯(いきさつ)でああなったのであろう。運命というものに想像もし得ない下流に押し遣られ否応無しに自棄の境涯へと堕ちざるを得なかったのだろうが、あんな子供のこの世界をこの街に在る他者と自身を見限ったあの様は一体何なのであろうか。

 一度目は盲に聾啞の子供なのかと疑ったが、暫くしてその無反応が拒絶に因るものだと知れた。それでも保護の観念から僅かながらのあの子供の救済を願ったのだ。でもそれはあの浮浪児にとっては最早必要の無いもので、目前に迫る教会の門さえ叩く気も無いらしかった。纏う襤褸(ぼろ)だけが彼の味方らしかった。

 自身は極楽に居て他者の地獄を思うこの状態の居心地は何とも悪かった。風呂から出就寝前にすべき事済ませていると、ふとあの男の声が再生される。

「……」

 また明日ねぇー!って三日連続で出現する気かあの男は。

「ミルルーク・ルレント君!あっ、君の名前さっき店員さんから聞いたんだ。オレはフリード・キネンシスと申します。職業はトレジャーハンターやってます。夜も更けちゃってるので端的に言いますね。ずばり君、トレジャーハントする気無いですか?」

「は?」

「……」

 昨日外套(コート)襟巻(マフラー)と手袋に身を(つつ)まれて店の外に出た途端吹き付けた強暴な風と共に現われた男。疑問符の付いた単語に冷淡に一蹴されるも、今日は家まで付いて来たようだ。ストーカーか……。二日目にしてはやくも親しげに呼び捨てにされたが、そんな訳で当然友達でも何でも無い。

 あの子供にしてもあの男にしても珍妙、奇怪でよく分からん。すべき事を済ませ消灯して布団に潜る。

「あー気持ち好い――……」

 自分の全てを託する事で疲労が癒される。開放された現在、後はこの世界に溶ける様に眠るだけだ。

 闇の(しじま)の音楽さえ聴こえそうな中、ミルルークはその平安の虚空に或る男の姿を漂泊させる。寝台は夢を与えるが、それが幸福なものであるとは限らない。恐怖と不安と憎悪にも似た自己への失望があの男を前にして逡巡する。何時ものように彼は苦い想念に(から)め捕られながら無意識世界へと落ちて行く。


 翌日目を覚ますと一寸(いっすん)遅れて鳴り始めた目覚時計を止める。ブラインドを開け冬の貴重な陽光を部屋に差し入れる。シャワーを浴びて洗面台の鏡に向かってドライヤーを掛ける。すぐに乾いてしまう金の髪。

「昔は黄金の長髪麗しい美人さんだったのにーぃ」

 そう言うとまたしても苦笑だ。

 一ヶ月前までは侍女(メイド)が沐浴の全てを勤め、自分の子供のそれの様に髪を丁寧に乾かしてくれた。まだ若い女だったけれど。腰に届く程に長かったからとても時間が掛かったものだった。それがあの家でのオレには当然の事だった。

「お前のこの髪と瞳はこの家の栄光でのみ最高度に輝くのだよ」

 そうこの金と青玉(サファイア)はあの家の許でこそ宝石として輝く。子供の頃から耳許で刷り込まれ、自分もそれを疑いすらしなかった呪文。今でもそれを信じている。

 侍女(メイド)の猛獣を撫で付けるかの如き優柔な櫛使いには遠く及びはしないが、それなりにセットして部屋に戻り出勤の仕度をする。本当に狭い部屋だ。

 職務放棄し家から脱落し国から出奔したのが約一ヶ月前。事態を把握された時点で使用出来なくなるであろうからカードから引き出せるだけの金を手にし、必要な物を買い揃えその痕跡残る街から遠く離れたこの国へと流れ着いたのが四日前。

 街をぶらつくよりも働いた方がいいと食事して気に入ったあの店のマスターに頼んで、このアパートの入居込みで雇って貰ったのだ。寝る所が無いと言ったら家主だからと無償で提供してくれたのだった。

 だからけちは付けられないのだが、やっぱり……異常に狭い。これは其の昔隠れん坊をして入り込んだ侍女(メイド)の部屋と近似する程だ。壁から壁の間が七歩の二部屋とは如何(どう)いう事なのか……。

 でもこれが自分の価値なのだ。オレからあの家を血統を取ったら何も残らないという事なのだ。レストランは月給2500ライナ、今から出るネットショップの商品梱包のアルバイトは自給10ライナだってさ。その俸給を理解する間瞬きを繰り返し、現在の自分を取り巻く環境ではそうなのであると腑に落ちると同時に固まった。(いま)だに胃の内で消化中である。

 腰帯に剣を佩いて外套(コート)を纏い襟巻(マフラー)で首を被い部屋を出る。真昼前の陽光溢れる世界をぼんやりてくてくと歩く。無風なのでとても暖かだ。

 今から600年程前天空上の春分点が魚座の5度付近にあった頃、迫るプラトン小月水瓶座時代の香気を幽光として嗅ぎたる世界は最早見切りを付けた戦争を冷然と見下し、それが(しぼ)んで出来た空間を平和で満たしていた。そして救世主(メサイア)が己が軀命(くめい)を生贄として捧げ続けたΙΧΘΥΣ(イクトゥス)=魚の時代は幕を閉じ、占星術師達が予言しクリスタル・エイジと名付けていた新人類が現われた。現在では彼等は魔導士と呼称されている存在である。時空世界を自在に操作し得るという其の実は科学者集団で、如何いう絡繰(からくり)なのかは知らないが、彼等は自身が目掛ける理想郷(ユートピア)をこの世界に現出させるべく着々と歴史を創造しはじめていた。

 贖罪の神は沈淪(ちんりん)へと向かい、革命精神に拠り友愛の理想社会に人類を導き給う同士がこの世界の指揮者となろうとしていた。

 下知(げじ)(タクト)を揮う者達は先ず法律を変えた。世界中で武器の個人使用が認められるようになった。社会の発展に貢献したもの達は成員(メンバー)として登庸され、更にの革命への忠誠を要求された。そして玉座に御座(おわ)す方から巻物を受け取りし子羊、α(アルファ)でありΩ(オメガ)である者を(いま)だ信仰する諸人は、聖なる都エルサレムとその全てを証する方の書の風化が見在する境遇へと追い遣られようとしていた。

 番をする者のいなくなった街灯をそうでも無いのに眩しそうに双眸を細めて見遣るミルルークは、何時もの如く余りにも遅い朝食を摂るべく気に入りの喫茶店(ティショップ)へと入る。


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