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花鳥月酔─幕末異譚─  作者: 黒川恵
壱、 迎春の宴
9/47

 4

 同じ頃、屯営の局長部屋に明かりがともされていた。

 明かりと言っても部屋の隅々まで見渡せる光ではなく、行灯あんどんの周囲がぼんやりと浮き上がる程度の灯火ともしびである。

 その部屋には近藤と土方、そして沖田が詰めていた。

「……とうとう時刻に戻らなかったな」

 揺れる灯りに照らされた土方の顔は、苦虫を噛んだかのようにしかめられている。それでも絵になってしまうところが、この男の強みでもあった。

「伊東先生には困ったことだ」

 追従してきた近藤の溜め息混じりの呟きに、胡座を掻いて座っていた土方の指先が跳ねた。

「困っただと?」

 形の良い眉を片方だけ上げ、鋭く言い放つ。

「局長心得並びに隊の規則を破った奴は皆、切腹と決まっているんだ。そのことは伊東先生も、充分にご承知してのことだ。余程のお覚悟があるんだろうよ」

「いや、歳。切腹ともなるとな……」

「規則は俺や局長も等しく厳守だ。例外はないんだよ、近藤さん」

「でもなぁ、ここ最近切腹ばかりで、隊の雰囲気がおかしいことくらい、土方さんだって知っているはずですよね。そこに伊東先生が筆頭に切腹沙汰になったら、今度こそ隊士たちも黙ってはいませんって」

 土方はむっと押し黙ったまま睨み付ける。

 沖田はにっこりと微笑み返した。

「睨んだって怖くないですよ」

「……随分と強気だな」

「だって、他の人間だったら、土方さんに意見するなんて怖くてできませんよ。僕だからこそ言える台詞です。そうでしょう?」

 確かに、兄弟のように、親代わりのように目をかけている者からの言葉は不思議と悪意が感じられず、素直に受け止めてしまえるものだ。また、新選組随一の使い手となれば、まさに無敵。

「総司の言う通りだ。伊東先生には注意と、永倉たちには数日間の謹慎を言い渡そう」

 二人の眼差しを受けて、土方は大きく息を吐き出した。それは肯定の意が籠もった苦渋の溜め息だった。

「……近藤さんは甘いな」

 唸るように呟いた土方の耳に、沖田の忍び笑いが届く。

「総司」

「いえ、僕だったら、怒ってる土方さんが待ち構えている屯所には帰りたくないなぁって。おっかないもの」

 そう言いながら涼しげな顔をする沖田が小憎たらしい。ぐっと眉根を寄せた土方は、もうひとつある不機嫌の理由を苦々しく呟いた。

「だがな、永倉と斎藤までもが、伊東の馬鹿騒ぎに付いて行ったことが気に喰わん」

「それは当てつけですよ。土方さん」

 にっこりと微笑む沖田に、土方はわかっていると目で返した。

「あいつらが生意気にも、守護職様に直談判しやがったのはまだ記憶に新しいからな。抜け目のない伊東が、この機会に何か企むんじゃないか?」

 直談判とは、近藤局長の振る舞いが次第に専制君主的になっている五つの非行を書いた建白書を、永倉斎藤を含めた数名が、京都守護職・松平容保に直接提出したことを指していた。

 提出後、永倉らは容保公との会談の末、一足先に招かれていた近藤と和解の杯を交わすことで落着してはいた。

「歳。それは、永倉たちが伊東先生につくと言うのか?」

 近藤が表情硬く呟くと、土方は意地悪げに笑う。

「さあ、どうかな? 特に永倉は、近藤さんにつれなくされて面白くないんだよ。今頃あいつら、酒の勢いで俺たちの悪口を言いたい放題だろうさ」

 不機嫌そうに押し黙った近藤は、土方からの視線を避けるようにして顔を背けた。

「それこそ面白くない話だ」

「近藤さんだって、大名気取りが過ぎたと自覚してるんだろう?」

 すると近藤は土方を睨んだ。

「大名になったつもりで大きくなっていろと言っていたのは、歳。お前だぞ」

「ああ、言ったさ。だけど、その大名気取りが無邪気過ぎたんだ。つまり、喜び過ぎってことだよ」

 矛先を向けられた土方は、軽く肩をすくめた。

「あいつらだって、近藤さんの気持ちができる分、距離ができてしまって寂しいんだよ」

 すると今度は、沖田がくすりと笑った。

「そう言う土方さんだって、自分からけしかけたくせに、結局寂しがっているひとりでもあるんですよね」

「ふん、何言いやがる」

 くすくすと笑う沖田を、土方は容赦なく小突いたのだった。

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