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痩身で、ややきつめだが引き締まった男らしい容貌の主は、開いた障子の戸の縁に座り、剣を片腕に抱いて凭れていた。その視線は、中庭に薄く降り積もった雪の上で忙しなく動く小鳥の姿を捉えている。
「なんだ、斎藤。正月だっていうのに、辛気臭い顔しやがって。ちょうどいい、俺と一緒にこいよ」
斎藤と呼ばれた男は、人の良さそうな──とは言っても、隙を見せないだけの強かな微笑みを浮かべている永倉に視線を合わせた。
「何処へ行くんだ?」
「伊東さんが島原で贔屓の店に連れて行ってくださるそうだ。他に暇そうにしている奴を見つけて誘って来いってさ。どうだ、行くか?」
「原田は?」
「薄情な事に、藤堂と朝早くから島原に行っているよ。あいつら、寝正月もいいよなって言ってたくせに、俺が寝てる間にふたりでいい思いをしに行きやがってっ。……覚えてろよ」
仲の良い仲間に置いて行かれて憤る永倉の姿に、一瞬だけ笑った斎藤は「そうだな、俺も行こうか」と、おもむろに立ち上がった。
「せっかくの正月だ。それにただ酒と聞いたとなれば、その機会、願ってもない」
「ま、俺もそんなところさ」
斎藤の意に、永倉は同感だと相槌を打つ。
ふたり連れ立って歩くと、すぐそこに伊東たちが待っていた。
伊東甲子太郎本人以外に、実弟の鈴木三樹三郎や腹心の服部武雄、加納鷲雄、篠原泰之進、中西登、内海次郎、佐野七五三之助といった顔ぶれが揃っている。
永倉の背後に斎藤一の姿を見いだした伊東の涼やかな目元が、ふとやわらいだのが見て取れた。
「珍しい。久しく顔を見ていない男がいる」
「不精な為、ろくなご挨拶もなく申し訳ありません」
武骨な斎藤の返答に、伊東の流麗な線を描く喉が軽快に鳴った。
「斎藤君は正直に、しかも無駄なく答える。耳心地良く響く飾りの言葉を持たぬ男だ」
気分を害したのではなく、逆に感心すらしている伊東の機嫌の良さが周囲に伝染してか、にぎやかに連れ立ってゆく。
「あれぇ、皆さんお揃いで、何処へお出掛けですか?」
間延びした沖田の声が、最後尾の斎藤の背後から飛んだ。
「これから伊東先生方と島原へ向かうと──」
「どうです、沖田さん。ご一緒しませんか?」
沖田から一番近い位置にいた斎藤が顧みて応えていると、前にいたはずの篠原が愛想良く笑みを浮かべながら、沖田と斎藤の間に割り込んでくる。
「いやぁ、私はどうも酒は苦手でして。私のことは気にせず、楽しんできてくだい」
「そうですか、残念です」
篠原はそう相槌を打ち、斎藤を視線で促す。
実際のところ、人並みに酒を嗜む沖田だが、池田屋の一件以来、身体が酒気を拒むようになっていたのだ。やんわりと断られた理由を篠原が察したとは言い難くとも、むしろ断れるのを承知しての誘いかけだったことはまず間違いなかった。
よほど斎藤から沖田を遠ざけたかったのだろう。
「ああ、そうだ。重々承知だとは思いますが、門限にはちゃんと戻ってきてくださいよ!」
この沖田の呼び掛けに、篠原の横顔がちらりと笑みを浮かべたのを、斎藤は目聡良く見届けたのだった。