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花鳥月酔─幕末異譚─  作者: 黒川恵
参、 御陵衛士
34/47

 7

 明け方近くの時分、白地の単衣ひとえに黒無地の羽織りを肩に掛けた姿の土方は、同じく白の単衣姿の近藤と共に斎藤の報告を受けていた。

 即ち、近藤勇の暗殺計画を。

「……伊東の野郎、くそ生意気なことを考えやがって」

「まさか用達の水野が、伊東先生の間者だったとは……」

 それぞれ唸るように呟いたふたりは、藤堂について一言も発しなかった。

「よし、奴らの底が見えた。一気に片をつけるぞ。何なら今からでも、月心院の裏山に大砲を置いて上から撃ち下ろし、門前には小銃隊を配置して夜襲を掛けて、御陵衛士共を根絶やしにしてやる」

 暗い笑みを浮かべた土方は、怒り心頭な眼差しで近藤の同意を求めた。

「いや、派手にすると後々困る」

 芹沢鴨のような過激な提案に、近藤はそれこそ土方のごとく冷静に諭した。

 怒気を含んでいた土方の目に、すうっと冷静さが戻ってくる。

「これまでの俺たちらしく、隠密にか」

「そうゆうことだ」

 別離を申し出た伊東一派が最終的に取るだろうと──否、予定通り新選組の壊滅か乗っ取りを企むだろうと予測していた為、ふたりに動揺の色はなかった。

「それより斎藤」

 近藤は人懐っこい笑みを湛えながら、すまなそうに語尾を弱めてきた。

「長期に及ぶ内偵、色々と助かった。苦労を掛けたな」

 そう言って深々と頭を下げる。

「いえ、肝心な事にはお役に立てず、申し訳ございません」

「──藤堂、だな」

 苦い顔の土方が近藤の顔をそっと窺った。

「あれはもう戻ってこないのか」

 寂しそうに、残念そうに、悔しそうに顔を歪める近藤に、斎藤は心なしかちいさくなる。

「悪戯に動揺させることしか出来ませんでした」

「心は揺れたか」

 土方の表情も硬い。

 暗殺計画に加担していた藤堂の裏切りに、それでも尚、絆を繋ぎ止めたいという両者の想いが表情に現れていた。

「御陵衛士を潰す際、せめて藤堂は逃がしたい」

 ぽつりと呟きを落とした近藤は、ちらりと笑う。

「俺は甘いか?」

「いいや」

 気持ちはよく解ると首を振った土方は、不機嫌そうな顔で斎藤を睨んできた。

「おい、ちょっと台所へ走って、酒を持ってこい」

 下戸である土方の命令に、ちいさく笑った近藤は、目尻に浮かんだ涙を拭った。

「頼めるか?」

「すぐに用意しましょう」

 明け方も近いこの時刻に、帰隊まもない己が台所をうろつくという間抜けな姿を思えば苦笑が漏れる。だが斎藤は、異を唱えることはしなかった。


 明けたその晩、新選組内に提示があった。


『副長助勤斎藤一、公用をもって旅行中の処、本日帰隊。従来通り勤務に復帰』


 だが肝心な斎藤の姿を、隊の中に見出すことはできなかった。

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