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花鳥月酔─幕末異譚─  作者: 黒川恵
始、 椿姫
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 3

行間を詰めてみました。

 吏鶯りうの役目である椿姫の世話には、どこか古めかしい主従関係を彷彿とさせるような雰囲気があった。食事は吏鶯自ら調理し、髪を梳かすなど細やかな身支度だけでなく、風呂の介助までしていた。

 傍目からしてみれば、椿姫の待遇こそ眉を顰めるものなのが、寺内では椿姫を中心に回っていると言っても過言ではなかった。

 赤ん坊の頃でさえ世話役志願者が殺到し、本来有り得ないことに、僧としての勤めもままならないほど混乱したのは一度や二度ではないのだ。

 それ故に、吏鶯の待遇に不満を零す者が多く、住職や椿姫本人が黙らせてきた事実がある。

『吏鶯でなければ嫌』

 言葉を話し始めたばかりの童女が放った一言には、可愛らしい響きの中にも純粋な命令としての厳格さと強制力があった。

 そしてもうひとつ。

 従わない者は容赦しないと示唆する強い眼光だ。童女の戯言だと片付けるには、黒曜の瞳に宿る眼光の強さが、ただならぬ説得力を持っていた。

 童女がゆっくりと一瞥するだけで、心にやましさを抱く者ほど何も言えなくなってしまうのだ。

 賞賛や畏怖を抱かせる存在感を童女の頃から併せ持っており、今尚衰えるどころか増ばかりである。噂を聞きつけて訪ねてきた高尚な僧たちも、椿姫の眼光と叡智に舌を巻くほどだ。

 だが唯一、子供もらしい面を見せるのは吏鶯の前だけだと、悔しいが周囲の者たちはそう認識していた。養父である住職よりも吏鶯の傍を好み、さも当然のように我が儘を言う。

 一方吏鶯は、その他大勢の僧たちが抱く独占欲を一切感じさせることなく、歳端もゆかない童女であろうとも決して態度を崩さず、目の上の者に接するのと同じ、いやそれ以上のこまやかさで椿姫の世話をしていた。

 修行僧として完璧と言っていいほど厳格な吏鶯だが、今こうして抱き上げている少女がはたして人としての愛欲の対象になりうる存在なのかと、疑わしく考えているなど誰が想像するだろう。……とは言え、おぼろげに確信している童女の正体を、事を荒立てても暴露したいという欲求を持ち合わせてはいない。

 それは暴露することで被る報復の恐ろしさであり、うっすらと自覚する己の感情があるからだ。

 安い好奇心で真実を突き詰めてみた結果、取るに足りぬ事実しか出てこなかった場合の落胆の深さと失望を味わいたくはない。

 幾人の僧に見咎められる度、愉快げに笑う少女。

 眺めれば心が潤う麗しさだと言うのに、神仏はおろか魑魅魍魎の類に対する畏怖が胸中に滲むのだ。


 吏鶯の煩悶はんもんは誰も知らない。


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