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花鳥月酔─幕末異譚─  作者: 黒川恵
壱、 迎春の宴
16/47

 11

 土方の言葉通り、三日で謹慎が明けた斎藤がまずしたことは、伊東の部屋に向かったことだ。

 斎藤を快く自室に招き入れた伊東は涼しげに微笑んでいた。

「お互い謹慎処分で命拾いしたな」

「これも伊東先生のおかげです」

 深々と礼を取ろうとする斎藤の動きを、伊東は手で制した。

「何、私にも非はある。切腹を覚悟していた分、今回のこの処置には近藤氏の心根が窺える。謹慎も解け、こうして自室に戻った。が、正直もっと重い処分を覚悟してはいたのだよ」

 そう、それぞれが自室謹慎を言い渡されたにも関わらず、伊東はそのまま近藤の居間を自らの謹慎場所に選び、近藤と語り合っていたのだ。

 伊東が言う重い処分とは、やはりあの一件、慶応元年にあった建白書事件だろう。永倉を筆頭とした者たちが今回よりもずっと重い謹慎処分を受けていたことを、暗にほのめかしていた。

「だから代わりに私は、薩摩へ遊説しに行こうと思っている」

「それはお一人で、でしょうか?」

「いや、新井を連れて行こうと考えている」

 その言葉通り、後日伊東は新井忠雄を連れて九州へ発った。新選組としての出張ではなく、あきらかに別の意図を含んだ旅となる。

「ですが、あまりにも人数が少な過ぎます。足手まといでしょうが、私も連れて行ってください」

 斎藤の突然の申し入れに、伊東は興味深そうに目を見開いた。

「後ろ盾のなにもない私がこうして切腹が免れたのは、ひとえに伊東先生のお力の賜物。是非とも先生のお役に立ちたいと思っております」

 実直な男の言葉に伊東の表情が晴れやかになった。普段無駄口を叩かない男の言葉は確かな説得力を持ち、感動すら抱かせる程だ。

「そう血気走ることはない」

 涼やかに声を掛けた伊東は、落ち着き払い重々しく言葉を紡ぐ。

「斎藤君の申し入れ、いたく感謝する。だが、三番隊組長の任は重責だ。一隊の長を借りては近藤局長に申し訳が立たない」

 斎藤の顔に微かな落胆の色を見て、伊東は得意げに胸を高鳴らせてはいたのだが、やはり策士と呼ばれるだけあり、最後に釘を刺した。

「だが、遊説を終えて戻ってきたら、存分にその腕を役立ててもらいたい」

「私でお役に立てられるのならば、この力、惜しみません」

 平伏ひれふす斎藤に、伊東の満面の笑みが降り注ぐ。幸先良い申し入れに気を大きくした伊東は、己を観察する斎藤の目に気付けなかった。


(……この男、策士として頭の回転は早いが、根が真面目過ぎる為に疑うことを知らないな)


 以前、伊東の妻女さいじょが、常陸の母が大病としたためた書状を送ってきたことがあった。驚いた伊東はすぐさま江戸に帰ると、母親の病気は寂しかった妻の嘘とわかった。伊東は激怒し、その後離縁している。


 平伏したままの斎藤は胸中で呟く。

 だが、この状況。土方が見たらどう言っただろうか? さしずめ土方ならば、「一端いっぱしの策士を気取っても、しょせんは《しょせん》は俺のてのひらで踊る阿呆あほうさ」とでも笑い飛ばすだろうか?

 土方と比べて伊東は、心に潜む闇が浅い。


(これもひとの悪さの違いか)


 そうして斎藤は、ちいさく笑ったのだった。

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