機械と魔術
必死だった。とにかく必死だった。
スペードと言う男が追ってくる様子は無い。
気がつくと俺は噴水の前に居た。
「ったく……どうしろって言うんだよ」
あの女。
きっとあいつのせいだ。
けれどあの女を捜すことなんて不可能に近い。
とにかく今は隠れないと。
空腹を訴えるように腹が鳴る。
けれども、食べ物を入手するような余裕は無い。
考えていると人の気配がする。
慌てて路地に逃げ込むと、一人の男がてくてくと歩いている。
人間のようで人間ではない動き。
まるで機械のようなそんな動き方。
そいつは少しずつ近づく。
息を殺しても、俺が見えているのか、近づいてくる。
テノールの歌が響く。
そして、男は首をかしげた。
また、歌が響く。
そして、頭を摑まれた。
「は、放せ!」
恐ろしいことに男の手は無い。
手ではなく、刃。
片方は斧、もう片方はまた得体の知れない凶器だった。
得体の知れない凶器はいきなり俺の口の中に入れられ、そして熱い何かを流し込まれる。
「僕の声、聞こえるかい?」
「は?」
突然の男の日本語に驚く。
「君、何者?」
不思議そうな声。
「あ、あんたこそ……」
何を飲まされたか分からない。身体が熱い。
けれども、言葉が分かる。
「僕はF236。博士はフランシスって呼ぶよ」
男は笑う。
「フランシス? えーっと、さっき流し込んできたアレは何だ?」
「あれ? ああ、言葉の分からない生物に飲ませれば良いって博士が言ってたよ」
「博士?」
「この国で一番賢い人だよ」
男はまるで親を信じきった子供のように誇らしげに言う。
そう、この男、妙に幼く見える。
「それで、君、何者?」
男が俺を覗き込む。
「光だ」
「ヒカル! そう。じゃあ、今日から君と僕は友達だ!」
まるで握手を求めるかのように斧を突き出された。
「いや、それ、おかしい! 何で腕が斧なんだよ!」
「腕が完成しなかったんだ。だからそこらへんにあった斧をくっつけたって博士が言ってた。博士は天才だからそんなことも出来るんだ」
駄目だ。こいつ。
まぁ、敵ではなさそうだから何とか乗り切ろう。
「俺は、普通の人間だから、斧の手とは握手できない。腕が斬れちまう」
「へぇ、ニンゲンって脆いんだね」
男は楽しそうに笑う。
無邪気な子供だ。
「一体どうなってるんだ? さっきの薬といい、あんたといい……」
「博士は天才だからね。科学と魔術を融合させて、いろんなものを創るんだ」
目が輝いている。
素晴らしい。
「なぁ、フランシス」
「なんだい?」
「何か食うもの無いか? 俺、金無いんだ」
情けないが、餓死寸前だ。
こいつしか頼れない。
「食べ物? ああ、ニンゲンの燃料だね。パンとかコーヒーとか」
「ああ、そう言うのだ」
「待って、博士に貰ってくる」
「あ、待て」
「なんだい?」
「俺に会ったことは博士には秘密だ」
「どうして?」
「友達だろう? 友達は二人だけの秘密を作るものだ」
「へぇ、凄い。じゃあ、僕と君は友達だ」
「ああ」
「やった。二人目の友達だ」
「へぇ」
俺の前に友達が居たことに驚きだ。
フランシスは行ってしまう。
道行く人があの姿に少しばかり驚いた様子を見せ、それから「ああ、あのエレッツリコのとこのね」と納得したように言う。
あれが博士の名前か?
発音しにくい。
まぁ、とりあえず、異世界に来たことは確定だ。
そして、変な薬のお蔭で言葉は分かる。
なんとかなる、か?
まぁ、仕方ない。
とりあえずはフランシスを信用することにしよう。