詐欺師と貴族
寒い。
凍えそうなほど寒い。
道行く人間たちを建物の隙間から観察するも、それぞれが個性的な格好をしているため、この国ではどんな服でも目立つことは無いであろうことが理解できた。
ただ、物騒なことに武器を持っている人間が多い。
もしかすると、帯刀していないやつも、武器を隠し持っているのかもしれない。
「げぇっ、息が白い……」
まさか気温は氷点下だろうか。
日本は夏だった。
夏服の制服じゃ夜を越せるか分からないほどに寒い。
俺の呟きが聞こえたようで、一人の男が俺のほうに寄ってきた。
「どうしました?」
「え?」
「随分と凍えていますね」
男は心配するように俺を見た。
「来なさい」
男は貴族か何かだろうか。
藍鼠の髪と瞳の男は、馬車に乗っていた。そうして、俺を抱え上げ、馬車に押し込む。
「名は?」
「……光」
「そうですか、産まれは日ノ本ですか?」
「いや、日本」
嘘を吐こうと思えば吐けた。
だけども、今はこの男に助けを求めたいと俺の弱い部分がそう叫んでいる。
「あんた、いや、あなたは?」
「スペード、そう呼んでください」
男は微かに笑った。
「ここ、どこなんだ?」
「ムゲットですよ」
「鈴蘭?」
「いえ、王都です」
「俺、スペード以外の奴の言葉がわかんないんだけど、なんで?」
「それは、僕が魔術師だからですかね。人間外の言葉も分かりますよ」
「へぇ」
ここじゃ俺は人間外なのかもしれない。
「行くあてはありますか?」
「あったらあんなところで凍えてないさ」
「では来なさい」
男は妖しく笑った。
信用していいのか分からない。けれども、この男しか頼れる相手は居ない。
「どこに行くんだ?」
「知り合いの所です。会う約束をしていたので」
男は笑う。それと同時に馬車が止まる。
いつの間にか、薄汚いところに居た。
さっきまで煌びやかな美しさを持っていた街が途端に色褪せたような、そんな気分だ。
荒れた農村にも似ている。電柱や電線は見当たらない。まるで時代物の映画のセットのようだ。
「ここは?」
「ここで待っていなさい」
男はそれだけ言って、馬車を降りた。
男は少し離れたぼろぼろの小屋の戸を叩き、住人を呼ぶ。
会う約束をした相手はこんなところにいるのかと思うと随分と不釣合いな交友関係のようにも思える。なにせ、あのスペードという男の身形はかなり良い。本当に貴族とかそう言ったものを思わせるほどに。
小屋から出てきたのは日焼けして鬚を生やした大男だった。いかにも貧しい農村で悪いことをしていますというような、御伽噺に出てくる人攫いのようなそんな感じのする男。
全身で悪人を表現している。
そして、もう一人、なにやらきらきら輝くような金髪の男。こっちは本当に御伽噺の王子様のようだ。
大男は酷い音痴な上に妙に響く大声で歌う。
「君はもう少し声を低くするべきだ。彼に聞こえてしまうよ」
「問題ありません。あの子に我々の言葉は理解できない」
スペードと金髪の男が話すのが聞こえる。
あの金髪も魔術師なのだろうか?
「それで? いくらで買いますか?」
スペードの問いに答えるように大男は歌うが何と言っているのか全く理解できない。
「安すぎます」
「そうだねぇ、私ならその五倍は出すけど?」
けどどうする? と金髪の男は大男を見上げる。
あたりを見渡せば、なにやら檻のようなものが沢山ある。
その中の一つに子供が居た。
そうか。
ここは人を売買する場所だ。
なんとなく理解できる。俺は売られるんだ。スペードに。
「逃げなきゃ……」
そっと馬車の外を見れば、大男とスペードが激しく言い合っている。と言っても大男が怒り出しただけだろう。それをあの金髪が楽しそうに眺めて時折口を出している。
戸を開けても気付かれない。
チャンスだ。
そっと抜け出し、直ぐに檻の後に隠れる。
恐る恐る奴らを見ても気付かれた様子は無い。
元の場所に戻ろう。
俺は必死に馬車が通って来たであろう道を走った。