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今更に。  作者: 高里奏
2/9

魔女と水晶

 ふらりと、何かに誘われたような気がした。

 帰宅途中、今まで気がつきもしなかった小さな古びた店を見つけた。

 『夜想曲』。そう、古びた文字で書かれた看板の店はなにやらアンティークショップのようだった。

「こんな店、あったっけ?」

 止めれば良いのに、どうしても気になって店内に足を踏み入れた。どうせ買うものなんて何も無い。嫌な客だろうに。

 案の定、アンティークショップだったらしく、なにやら古そうな机や柱時計、人形や仮面なんかが置いてある。

「お、これいーじゃん」

 小洒落た懐中時計。少し気になって値段を見ようとしても値札は付いていない。

「ごめんなさい。それは先約があるの」

「え?」

 若い女の声に驚いて顔を上げれば、15,6の少女が居た。

「君、この店の人?」

「ええ。店主よ」

「うそっ。随分若い」

「ふふっ、ありがとう。でも、そう若くはなくってよ」

 店主はそう言って懐中時計をなにやら小さな箱につめ始めた。

「坊や、他に何か気になるものがあったら声を掛けて頂戴。値段は気にしないで。後から相談に乗るわ」

 彼女はそう言って店の奥に入ってしまった。

 値札が付いていないのはそういうことかと思うと同時に、いかにも胡散臭いこの店に入ってしまったことを後悔する。

「早く出よう」

 明日佐々木と一緒に来るか。

 きっと面白がるだろう。

 そんなことを考えながら出口に進むと何かとぶつかった。

「やべっ」

 床に落ちたそれを拾い上げる。

「ガラス玉?」

「水晶よ」

 女は言うが、どう見てもこれは水晶には見えない。

 水晶と言うものは、もっと透明で透き通っている。そんなイメージがあった。

「これはね、地獄水晶ヘル・クォーツの種なの。育てると大きくなるのよ」

「種?」

「ええ、水の中で魔力を注いで育てるの。大きくなると、いろんなものに加工できるわ。まぁ、技術があればの話だけど」

 女は笑う。

 その笑い方が酷く奇妙に見えた。

 そうして、店内を見回す。

 逃げ道を探して。

 いや、もう既に逃げられないことは知っていたのかも知れない。

 見回すと、さらに妙なことに気がつく。

 この店には時計ばかりがある。

 砂時計や壁掛けの時計は沢山ある。奇妙に捩れたデザインの時計やからくり時計。だが、それだけではない。

 時計柄の服、帽子、鞄、耳飾……。

 どれを見ても時計ばかりだ。

 よく見れば人形の目も時計だ。

 気が狂いそうだ。

「ま、またにするよ」

 そう言って店を出ようとした。けれども、扉が開かない。

「残念だけど、「また」は無いみたいね」

 女が笑う。

 その顔はもう見えない。

 目の前にあったはずの扉は無い。

 手には、いつの間にか古びた懐中時計があった。


 ―せいぜい自力で頑張りなさい。坊や―


 気味の悪い女の声がする。

 ただ、この女の声には聞き覚えがある気がする。


 ―この国に異邦者はいらぬ!―


 ―陛下を愚弄するか!―

 

 ―俺の縄張りで好き勝手しやがって!―


 時計の秒針の音と共に声がする。


 ―あなたに怨みはありませんが助ける義理もありません―


 ―ここはあんたの来るところじゃないわ―


 ―君は僕とは違う―


 知らない奴らの声。


 ―死んで―


 ―信じるほうが悪い―


 ―君に関わっても面白いことはなさそうだ―


 ただ、分かるのは、誰も歓迎していないということだけだ。


 ―こっちだ―


 一つだけ、否定とも肯定とも取れない声がした。

 この声に従って良いものか分からない。

 ただ、遠ざかる意識の中で、声のほうに手を伸ばしていた。

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