表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

プロローグ…星の神話と2人の許嫁

プロローグ。星の神話と2人の許嫁


雪のように、それはそれは肌の白い女の子が生まれた。

すれ違う誰もが思わず足を止め、


「まるで白雪姫のようね」とため息をつくほどに美しい赤ちゃんだった。

けれど、その子が生まれた家はとても貧しかった。すきま風の吹く古い家で、女の子は大切に、けれどどこか儚げに育ち、四歳になったある冬の夜、恐ろしいほどの高熱を出して倒れてしまった。


「誰か、誰か病院の先生を! 早く!」


寝床の脇で、母の悲痛な叫び声が響く。


「しかし、お前、医者を呼ぶにもお金が……」


「そんなことを言っている場合ですか! この子の命がかかっているのよ!」


激しい熱のせいで、私の意識は深い沼の底へと沈んでいくようだった。大人たちの焦燥しきった会話が、まるで遠い世界の出来事のように鼓膜を震わせる。

その時、不意に家の外から、まだ若い青年の力強い声が聞こえた。


「――おばさん! 今、近くに有名な医大の先生が来られているって聞きました! 僕、今からその先生を呼んできます! あの方なら、きっとこの子の熱を下げられます!」


ドタバタと激しい足音が響き、青年が雨の降る夜の闇へと駆け出していく気配がした。


(だれだろう……、あの、優しい声の人は……)


そう思った瞬間、私の意識はぷつりと途切れ、真っ暗な闇に包まれた。次に目を覚ましたとき、周囲の騒がしさは消え去っていた。熱さも苦しさも消え、体が羽のように軽くなっている。気がつくと、私の枕元に、見たこともない一人の「おじさん」が静かに座っていた。


おじさんは、とても穏やかで、吸い込まれそうなほど優しい目をしていた。


「目が覚めたかい」


おじさんが微笑むと、なぜか部屋の天井が消え去り、そこには息をのむほどに美しい、満天の星空が広がった。空から柔らかな光が降り注ぎ、私たちを包み込む。 

おじさんは私の小さな手を包み込むように握り、夜空を指差しながら、静かな声でお話を聴かせてくれた。

それは、星の神話のお話だった。


星座になった神様たちの、優しくも切ない愛の物語。

おじさんの声があまりにも心地よくて、私は童話を読んでもらっているときのような、絶対的な安心感に満たされていた。


(この人、だれなんだろう……。とっても優しい。神様みたい……)


私は小さな声で、おじさんに尋ねた。


「あなたは……、神様?」


おじさんは悪戯っぽく笑って、私の頭をそっと撫でた。


「そうだよ。この国の神様だよ。君と同じ、名無しの権兵衛さ」


そのとき、閉め切られた襖の向こうから、大人の話し声が聞こえてきた。


「……今回のことで、あの家には大きな貸しができたな」


「ああ、あの娘が大きくなったら、うちの息子の嫁に貰えばいい。そうすれば、あの家から多額の結納金が手に入る……」


それは、私の体を心配して集まってくれたはずの、近所の人の声だった。

しかしその声には、冷酷なお金への執着が混じっていた。

枕元のおじさん――神様は、寂しそうな目で襖の向こうを見つめ、それから私を振り返った。


「そろそろ、私は帰らなければならない」


(嫌だ。手を離したら、もうこの優しい人には会えない気がする)


私は必死で、神様の手を握りしめた。


すると神様は、その大きな、ゴツゴツとした手のひらで、私の手をぎゅっと力強く握り返してくれた。


「神様の馬車が待っている。この子を連れて帰ろうか……」


神様はそう呟き、私の視界は再び心地よい眠りへと落ちていった。

次に目が覚めたとき、神様の姿はなかった。けれど、その次の夜も、私は目を覚ますと神様と会うことができた。

神様はまた私の目の前に座り、今度は星の神話ではなく、少し不思議な話を語り始めた。


「いいかい。お前にはね、将来を約束した『許嫁いいなずけ』が二人いるんだよ」


「いいなずけ……? なぁに、それ」


四歳の私には、その言葉の意味が分からなかった。  

神様はただ優しく微笑むだけだった。


それからしばらくして、私の熱はすっかり下がり、元気を取り戻した。

けれど、熱が下がると同時に、神様は毎晩待っていても、二度と姿を見せなくなってしまった。


ある日、ようやく庭に出られるようになった私の前に、全身に白い服をまとい、杖をついた不思議なおじさんが現れた。

おじさんは私の顔を見て、嬉しそうに目を細めた。


「元気になったのか。よかった」


私はおじさんを見上げた。


どこか、あの夜に見た神様の面影があるような気がした。 

おじさんは、静かに私に告げた。


「お前が病室で『名無しの権兵衛』と泣いていたが、私も名無しの権兵衛だ。お前と同じ神だから、名無しの権兵衛なんだよ」


おじさんはゆっくりと私に近づき、私の小さな手を包み込んだ。


あの夜と同じ、大きくて温かい手だった。 


「約束しよう。お前が人生で本当に困ったとき、私は必ず、死ぬまで永遠にお前を守ろう」


それが、そのおじさんを見た最後だった。


それから二度と、私の前に神様が現れることはなかった。

私はあの夜の不思議な記憶を、胸の奥の小さな宝箱に仕舞い込んだまま、すくすくと成長し、やがて中学生になった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ