夫婦の日常 #8 〜 終わらなかった。〜
夫は朝からずっと、ゲームに夢中になっている。
午後14時を過ぎた頃、夫に声をかけた。
「ねぇ、もう私一人でもいいから出かける。
夜ご飯の買い物も行っておきたいけど……散歩する。」
「散歩?どこ行くの?買い物?」
……。
「散歩に行くの。」
そう言って、私が玄関に向かっていると。
「行こうよ。一緒に行くから。」
夫は片足立ちで少しふらつきながら、
靴下を履いている。
たまには、一人でも良かったけど。
ガチャっ
なんとなく、
先に外に出てしまった。
少しひんやりした緩やかな風が、頬にかかった。
なんだか、溜まっていたモヤモヤがスーッと消えていくような。
涼しくって、オレンジ色の日差しは少しあたたかい。
少しイチョウの香りが臭くて、肌寒く感じるんだけど。
歩いてるからかな、体は温まってくる。
急いで追いかけてきた夫に提案してみた。
「少し散歩したらさ、そのまま車出して、買い物に行こうよ。」
夫は、息を整えるように大きく深呼吸した後、答えた。
「……いいね、このまま最寄り駅まで歩こうか。」
……え。
私より、ノリ気……?
歩ける距離のスーパーで済ましてもいいんだけど。
「じゃあ、そこのスーパーで買い物するよ?」
「そこの階段、降りてみようか。どの辺に出るんだろう?」
あ、買い物の話流された。
冒険へ繰り出そうとする夫の手をゆっくり引いて、
スーパーに向かう道へ軌道修正。
「陽ちゃん、そこの公園のイチョウが綺麗だよ。」
「毛虫落ちてくるから、気をつけてね。」
う……。
夫の袖を掴む手に、少しだけ力が入る。
公園の横の坂道を降りていくと、スーパーがある通り。
通りに出たところで目に入ったのは、
冬でもかき氷がある小さなお店。
前に一度入った時は、かき氷だけだったけど、
今日はクレープもあるんだ。
……食べたい。
買い物があるので、その気持ちを押し殺して、スーパーに向かうことにする。
んん……。
「ねぇ、帰りにまだお店やってたら、見てみよう。」
「クレープかぁ。値段次第だね。」
厳しい言葉は、返事をせずに受け流した。
スーパーに着くと、とりあえずお肉や野菜を少しカゴに入れた。
レジまでのいつもの順路を辿るように、鮮魚コーナーに差し掛かる。
そこには、特上のお寿司。
あぁ……。
「これでしょ。今日は。」
……。
夫はもう、一つめをカゴに入れて、もう一つを真剣に選んでいる。
まぁ、いいよね。
「お寿司、楽しみだね。」
「うん、せっかくの休みだしね。」
もうそろそろだなぁ。
先に反応したのは、夫だった。
「あ、まだ店やってるね。」
間に合った……。
「ちょっと見てみる?陽ちゃんは、食べたい?」
「んん……まぁ、そんなに食べたいってほどでもないけどね。」
……。
「とりあえず、値段見て決めよう。」
「そうだね。」
お店に近づいて、メニュー表を見ると、そんなに高いというほどでもない。
「私ね、苺とベリーのやつがいい。」
「同じので。」
「ふふ、オッケー。」
夫には外で待っててもらい、お店に注文しに行く。
「生クリームと苺&ベリーを2つ。持ち帰りでお願いします。
あ……
トッピングでチョコソース、
上だけ少しかけてもらうことできますか?」
「中にはかけなくていいんですか?」
「はい、上だけ少し。」
「お二つとも同じで大丈夫ですか?」
「はい。」
クレープの入った袋を持って、夫の元へ行くと、
「チョコソース、中にはかけてもらわないって、なんで?」
……あ。
「ちょうどいいかなと思って……。」
「ふーん。」
帰り道は、荷物が思ってたよりも多くて、少しワクワクした。
まだ、終わってないみたいで。
家までの200mくらいの距離が、すごくもったいなくなってしまう。
もっと、長ければいいのに。
クレープを食べた夫の第一声は、
「うめぇーっ、なんだこれ。もうクレープ屋を探す必要ないね。」
おぉー。
私も、クリームを一口。
「うーん、かるっ、クリーム軽いぃ。」
夫の” うめぇー “の連射を聴きながら、私ももう一口。
「おいしー。なにこれ。
チョコソースとベリーの酸っぱさ、すごいちょうどいい。」
私の言葉を聞くと、夫もすかさず重ねてくる。
「チョコソースは効いてるね。」
「いいお店、見つけたね。」
また一つ、増えた。
私はクレープを食べながら、お寿司のことを思い浮かべていた。
夫は、またゲームの世界へ舞い戻ってしまったけれど、
このままでいい。
はぁ……美味しい。
「恵、お茶淹れようか。」
「うん、緑茶。」
何もなく終わってしまいそう。
そんなふうに感じていた一日が、
思っていたより、
沢山のものが残っているのかもしれない。
そういう一日を描きました。




