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8話 姫様、スローライフを諦めかけます。

「正直、水を売ってもこれだけの人がいたら食べ物を買うにはとてもじゃないけど足りないわ。テントもないし」


私はフレアに焚き火をつけてもらって暖をとる気分を味わいながら考えていた。


この身体、暑いとも感じなければ寒いとも感じない。便利なんだかそうでないんだかわからないところがあることに気づいた。


しかし、千尋がフレアに必死に焚き火をお願いしていたので多分気温は低いのだろう。


さて、私は再度考える。


目指すべき終着点はどこか?


やはり、自給自足で静かに暮らしたいスローライフは欠かせない。幸いなことにこの森は毒キノコしか生えなくされているため、人は来る価値のない場所だ。


しかし、オカリナやリィナ、千尋はともかくとしてエルフが100人も住むことを希望してきてしまった。追い返すわけにもいかないので、共存しながらスローライフを満喫したいところではある。


「とりあえず、洋館の内装を普通に戻してくれない?」


私はエルフの長であるヴィオラにお願いをすると一族を連れて改修工事に入った。それにしても色々な無駄な設備投資の資金はどこから沸いたのだろうか?


「森林を伐採して村というか集落を作るしかないんじゃない? 開墾したら来年には野菜と果物は確保できるようになるよ」


「来年までどうするのよ……」


「水で乗り切る?」


「無理よ」


千尋はもっともなことを言うが、来年までどう食べていけばいいかという話にはなる。


しかしオカリナが言う。


「人間の街から略奪すればいいのでは? 欲しいものは手に入りますし、人間をいたぶることができて一石二鳥です」


相変わらずぶっとんだ理論だが理にはかなっている。


「理にはかなってるけど一番ダメなのよ、その案。悪い噂なんかあっという間なんだから。現に今、取引がないとやっていけないでしょ」


「姫様。ならば毒キノコも売るのはいかがでしょうか? 暗殺者にバカ売れしますよ?」


「そんなヤバい人たちと取引したくない! もう半分犯罪組織じゃない!」


「いや。私たち魔族なんでむしろ格好がつくのでは?」


「悪いことしなきゃ死んじゃうみたいな言い方しないでよ。私は根は人間なんだから」


すると千尋は言う。


「エルフが毒キノコしか生えなくしたのなら、毒キノコ以外も生えるようにお願いするっていうのは?」


「それでもいいんだけど、あれってある意味自然な防衛設備じゃない? ああ、でも開墾するなら意味無くなるのかぁ」


ここで会話が一旦止まる。


少し経ってから千尋が聞いてきた。


「そういえばリィナはどこ行ったの?」


「あの洋館にいるんじゃないの?」


「私、呼ばれるまで中にいたけど、いる感じしなかったなあ」


つまりリィナは1人でどこかに行ってしまったのだろう。


「ま、役に立たない女神なんかどうでもいい気はします」


「それもそうね。でもリィナが1人で生きていける気が全くしないのよね」


「むしろ今までどうやって生きてこれたのか不思議なくらいです」


住所不定、一文無しの女神。


怪しい宗教でもやれば食べていける資格はあるかもしれないが、そこまで根は腐っていないだろう。


すると、リィナが樽を重たそうに担いで戻ってきた。


「ああっ、重い! 荷馬車が欲しいのじゃ!」


どんっ! と、樽を地面に置く。


「今まで何やってたのよ?」


「住居を建てたら家財が欲しくなるじゃろう? しかし、金はない。ひもじい思いをさせたくないから街で働いてきたのじゃ」


「おおっ、なんか慈愛の女神っぽい!」


「そうじゃろう? そうじゃろう? 妾のおかげで樽いっぱいに金貨がたまったのじゃ」


「え? 一日働いただけで、そんなに稼げるの?」


「妾は慈愛の女神。つまり妾のみに許される専門職じゃからな」


確かに特化した資格などがあれば高給取りにありつけそうである。その人数が少なければ少ないほどより多い報酬が得られるというのは理解できる。


「で、具体的にどんな働きをしたのだ? 私も姫様のためなのであれば、プライドを捨てて人間の街で働きたいのだが?」


オカリナが聞くと、


「うむ。街の入口でのう——」


リィナは胸を張って言う。


「泣いている子供や、困っている人間に声をかけて——」


「おお、ちゃんと慈愛っぽい!」


「“お金を払えば救われるのじゃ”と言って寄付を集めてきた」


「宗教じゃない!!」


千尋が即座に叫んだ。


「しかもそれ完全にアウトなやつでしょ!」


私まで叫んでしまった。


「安心せい。こういうのは気持ちの問題じゃ」


「本人が言うなよ!」


私は頭を抱える。


「それ、絶対あとで問題になるやつじゃない……」


「うむ。なので街の兵士に追われたから全力で逃げてきた」


「ほら見なさい!!」


「じゃが金はあるぞ?」


どや顔で樽を叩くリィナ。


私はしばらく考えたあと、ため息をついた。


「とりあえずこれ以上の文句は樽の中を見てから言うのじゃ」


リィナは意気揚々と樽の蓋を開けると、


「金貨に見えるけど、なんか違う気がするわね」


私は一枚を手に取るが、


「……随分と重いわね、これ」


指先で弾くと、金貨はやけに鈍い音を立てた。


「これ、本当に金貨?」


「うむ。光っておるじゃろう?」


「金は“光ってるから金”じゃないのよ」


するとオカリナが一枚手に取り、じっと見つめてから言った。


「姫様。これは——」


一拍置いて、


「ただの真鍮です」


「やっぱり偽物よね」


「え?」


リィナがきょとんとする。


「え? じゃないのよ! これ全部ニセ金貨よ?」


「な、なんじゃと!? 皆ありがたそうに渡しておったぞ!?」


「インチキくさかったからインチキな偽金貨いれたんでしょ!」


千尋が即座にツッコむ。


「むしろ優しい人たちだよ! ニセ金で済ませてくれてるんだから!」


「う、うぬぬ……」


リィナは悔しそうに樽の中を見つめる。


「つまりこれは……」


「ただの重い金属の塊ね」


「しかも兵士に追われただけ」


「最悪じゃない!!」


私はその場に崩れ落ちた。


しばらくの沈黙。


ぱちぱちと焚き火の音だけが響く。


そして私は、ゆっくりと顔を上げる。


「……ねえ」


全員がこちらを見る。


「やっぱり、真面目に働きましょう」


「今さらですか!?」


オカリナが叫ぶ。


「うるさい!! もう犯罪スレスレはこりごりなのよ!!」


私は強く言い切った。


「明日から開墾! 畑作るわよ!」


「来年まで持たないって話では?」


千尋が冷静に返す。


「……その前に食べ物をどうにかする」


「どうやって?」


全員の視線が集まる。


私は少し考えてから、ため息をついた。


「……毒キノコ、加工して売れない?」


「結局そこに戻るんですね」


オカリナが静かに言った。


——スローライフへの道は、


まだまだ遠い。


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