姫様、農業少女を拾います。
翌日。
早速道具屋が手配した大工たちがやってきて、私たちの家を建て始めたので、私はアクアと水回りについて話し合うことにした。
「やっぱりキッチンと、洗面台と温水便座つき水洗トイレとお風呂は欲しいのよ。なんとかならない?」
「熱源に関しては俺ではどうにもできません。それに熱源を操作するには電気が必要です。この世界には電気という概念すらございませんので難しいかと思います」
アクアは私が生み出しただけあって、思考回路が通じるものがあって話が早くて助かる。問題点を素直に提示してくれるのもありがたいのだが。
「じゃあ無理じゃない」
「はい。無理です」
即答だった。
「もうちょっとこう……希望とか見せてくれてもいいんじゃない?」
「俺は絶望の波動から生まれておりますので」
「便利な設定ねそれ」
私はため息をつきながら、建設中の家を眺める。
木材を組み上げる音。大工たちの掛け声。少しずつ“拠点”が形になっていく。
……のはいいんだけど。
「温水便座は諦めるから、せめて水洗トイレだけは死守してくれない?」
「わかりました」
アクアは頭を下げると大工たちの元に行った。
さて、私は先日たまったストレスを放って仲間を増やすとするか。
......。
......。
って、どうやるの?
私は慌てて目を凝らして、自分の固有スキルについて読み直す。
【絶望の波動】
身体に込められたストレスを強制的に排出し、従者を召喚します。
ただしストレスは健康に良くないため、排出しない場合お肌のツヤが悪くなるだけです。すぐにストレスは解消しましょう。
つまり、絶望の波動は出す時に出しておかないと、肌が悪くなって終わりってことなのだろう。
まあ、過ぎてしまったことは仕方がないので、道具屋から仕入れた樽に湧き水を入れる作業に取りかかることにした。
夕方には道具屋が荷馬車に乗って回収に来る予定だ。そしてその荷馬車には貴重な食事も積まれている。
リィナは魚を釣りに行っているし、オカリナは森の恵みという名の果物を探しに行っていたのだが、
「姫様。少し離れたところにこんな物が落ちていました。これは食べられますか?」
そのオカリナが両手に大きなメロンを持って戻ってきた。
「なんで森にメロン? というか大きすぎない? こんなの見たことないんだけど。とりあえず切ってみてくれない?」
私はお願いすると、オカリナが鎌を振り綺麗に4等分に割れた。
「……これ、メロンの上位互換なんだけど」
私は試しにスプーンで一口食べると、
「めっちゃ美味しいじゃない!」
感動すら覚える。
「そんなに美味しいんですか?」
「食べてみて」
私はスプーンを手渡し、オカリナもすくって食べると、
「こんな美味しい食べ物初めて食べました!」
「で、なんでメロンが森の中に落ちているのよ」
「少し歩いたところに、小さな畑とすぐに朽ち果てそうな小屋がありまして、そこに落ちていました」
その言葉にまた雲行きが怪しくなる。
「それって落ちていたんじゃなくて、置いてあった物なんじゃ?」
嫌な予感がした、その瞬間だった。
「そうよ! アタイが育てたメロンを勝手に持っていったのよ!」
声がした方を見ると、森の奥からひとりの少女が現れた。
肩のあたりで切りそろえられた明るい茶色の髪は、外側にはねるように軽く広がり、動くたびにふわりと揺れる。後ろには黒いリボンが結ばれていて、どこか現代的な雰囲気を残していた。
ぱっちりとした紫色の瞳は、こちらを睨みつけるように細められているが、その奥には怒りだけでなく、どこか必死さのようなものも混ざっている。
服装も、この世界の人間とは明らかに違っていた。
ゆったりとした紫のパーカーの下には白いシャツ、そして短めのスカート。動きやすさを優先したような格好だが、どこか“異物感”がある。
森の中だというのに、その姿だけが妙に浮いて見えた。
「それ、アタイのなんだけど!」
ずかずかと近づいてくるその様子は、警戒心よりも怒りが勝っているらしい。
私はスプーンを持ったまま、ぽつりと呟いた。
「……完全に持ち主いたわね」
「折角アタイが夕張メロンを願って耕したのに勝手に持っていくなんて非常識よ」
「夕張メロンって耕してできる物なの? っていうか、願ったらできる物なの?」
「ふふん。私の固有スキル。願望耕作よ。ただし、家庭菜園程度の規模しか耕せないけど」
「っていうか、見た目からして転生した方?」
「そうね」
女は腕を組んで、少しだけふてくされたように言った。
「夏休みにさ、部屋にハエが入ってきてさ。うざいからハエ叩きで叩いたのよ」
「うん」
「そしたらその瞬間、視界が真っ白になって――」
「死んだの?」
「いや、生きてたわよ! 普通に仕留めたし!」
「じゃあなんで死んでるのよ」
「知らないわよ! なんか天使が出てきて、水無月千尋さん。“手違いで魂回収しちゃいました”って謝られたのよ!」
「軽すぎない?」
「で、“元の体には戻せませんので転生してください”って」
「雑すぎるでしょ」
私は思わず額を押さえた。
やっぱりあの天使、ろくでもない。
「で、三つ願いを言えって言われたのよ」
千尋は指を三本立てる。
「一つ。刺激がある毎日を送りたい」
「うん」
「二つ。お金に困らない生活がしたい」
「現実的ね」
「三つ。運命の出会いが欲しい」
「……あー」
私は空を見上げた。
「全部叶ってるじゃない」
「どこがよ!」
千尋が即座に叫ぶ。
「毒キノコしか生えない森に放り込まれて! 通貨もないからお金も意味ないし! 運命の出会いがあんたたちってどういうことよ!」
「いや最後は完全に叶ってるでしょ」
「方向性がおかしいのよ!」
「でも刺激はあるじゃない」
「あるけど命削れてるタイプのやつなのよ!」
私は少しだけ笑いながら、千尋の方を見る。
(……なるほどね)
(食べたい物を作れるスキルに、この環境)
(しかも本人は困ってる)
口元が、ほんの少しだけ吊り上がった。
「ねえ」
「なによ」
「今、家建ててるんだけど一緒に住まない?」
「なんでよ! どう見ても私の固有スキル狙いじゃない!」
「私からは家と安全な湧水と、水洗トイレを提供するわ!」
「水洗トイレだって!?」
やはり現代人にとって水洗トイレは何よりも重要なのだ。
千尋は悩みながら聞いてきた。
「……お風呂もある?」
「作る予定」
「……お風呂は毎日入れる?」
「……毎日入るものだと思ってたけど」
「仕方がないわね。水洗トイレのために屈してあげるわ」
なんだか打ち解けた気がしたので、余っていた切り株の椅子に座るよう促した。
「で、アタイの死に方もひどいけど、美苗はゴキブリと間違えて天に召されたって、どうやったら取り違えられるわけ?」
残ったメロンを食べながら、私はこれまでの経緯を話すと千尋に当然のことを聞かれた。
「私だっていまだに納得はしてないんだけど、もう割り切るしかないじゃない。しばらくは水を売って生活必需品を買う生活をするしかないのよ」
「私は果物や野菜を作ることしかできないからなあ。規模も小さいし」
そんな話をしていると、リィナが湖から戻ってきた。
「どう? 釣れた?」
私は聞くと、リィナは首を横に振り、
「魚は釣れなかったが海王ポセイドンが釣れてもうた」
「なんで?」
「なんかこう……針にポセイドンが引っかかってしまって、めちゃくちゃ怒っておる」
「釣りの概念壊れてるんだけど!?」




