姫様、無一文からやり直します。
ドレスの査定が終わったと道具屋の店主に言われたのでカウンター席に座った。
「あのドレス。買取不能だ。高価すぎてうちでは払えん」
「え。今夜の食事と寝床にありつけないじゃない!」
正直こうなるとは思っていなかった。逆に安く買い叩かれても仕方がないと覚悟していたくらいだ。
「ならば仕方がないのう」
リィナが私の背後に立つと、
「しばしの生活のため、妾が着ているこの女神の羽衣を売るとしよう」
「いや、銅貨一枚にもならんやつを売りにこられても雑巾にしかならん」
「なんじゃと!」
「それにその羽衣、偽物じゃねえか。ここから見ただけでもわかるぞ」
「そういえば本物は数千年前に金に困って売ったような......」
「どこで売ったんだよ」
「質屋じゃ」
「女神が質屋行くな」
とりあえずリィナはいいとして、金策を考えなければならない。
「姫様。俺に提案があります」
アクアが近づいてきた。
「この街に限らずですが皆、井戸から水を汲んでいるようです」
「そうね。水道水や蛇口って概念がないもんね」
井戸から水って大丈夫なのかと、聞いていて不安を覚える。
「俺が魔法で水を放出しますので、姫様たちは水を何か容器に入れて販売なされてはいかがでしょうか?」
「水出せるの?」
「自由自在には操れませんが、ため池を作る程度ならば。それに私が出す水はまさに姫様が望まれる富士山の水です。売れるに決まっております」
「私のストレスから生まれただけあって、私が望んでいるものが、わかってるじゃない」
「絶望の波動から生み出されたと申してください。姫様の御心のままに俺は働きます」
そうなると、店舗兼住宅を借りる必要がでてきそうだ。それにペットボトルの代わりになる容器が必要になる。
「待って。アクアってレベルを上げたら水道を作ったり、水洗トイレ作ったりできるの?」
「レベルが上がりさえすれば可能です」
「どうやったらレベルってあがるの? 私も1なのよね」
「詳しくはわかりませんが人生経験値をためるしかないかと。勉学に励むなり運動に勤しんだり」
「転生前とかわらないじゃない。まあ、今は今夜の食事と宿よ。4人いて有り金ゼロはキツすぎるわ」
「ならば姫様。俺のパンツを売りましょう。店主よ。俺の履いているパンツを買え」
「履いてる状態で売ろうとするな」
突然言われて、たじろぐ店主。
「しばらくの食費と、姫様のお着替え。それに俺に新しいパンツ代にはなるだろう?」
もはや嫌がらせ以外の何ものでもなかったのだった。
結局道具屋で一番容量が入ったドラム缶みたいなものにアクアが水を入れ、それを売って資金を得た私たちは安そうな宿を選んだ。
「とりあえず一泊二日、二食付きにありつけたわね」
部屋に入って私は疲れがどっと出た。とりあえず今日はいろんなことがありすぎた。布団で雑魚寝だがもう寝たい。
「姫様。明日は店舗兼住宅とやらを手に入れて、人間どもに商売をなされるおつもりですか?」
オカリナが聞いてきたので、
「そうね。しばらく街に滞在するしかないわ。食事と住処は必要よ。でも、お金を払ってまで水を買う人なんかいるのかしら? 見た感じ皆裕福って感じがしなかったのよね」
私は感想を述べると今度はリィナが聞いてきた。
「古の悪魔姫よ。あの水使いはどこに行ったのじゃ?」
「知識と見聞を得たいって街を見て回ってるわ。あと、私はミナエ。いちいち大層な名前で呼ばなくていいわ」
「水を売る方法はあるぞ。街中の井戸を壊せばいいのじゃ。人は飢え、渇き、たちまち完売するじゃろうて」
「あんた本当に慈愛の女神?」
私は目を細めてしまうと、オカリナが、
「女神のくせに素晴らしき考えだ。人間たちが姫様に水を売ってくれと泣き叫ぶ姿を想像するだけで、空腹が満たされるようだ」
「なら、オカリナの食事は抜きでいい?」
「姫様。井戸を破壊することは良くないことです」
「手のひらくるっくるじゃない」
そんな話をしていると食事ができたことを聞かされ部屋を出る私たち。
指定された席に着くと、私とオカリナの前には質素な料理。リィナの前にはまあまあな料理が置かれた。
「これ。どういうことよ?」
私は聞くとリィナが当然と言った顔をして、
「種別による差別に決まっておろう。お主ら魔族は人間の敵なんじゃぞ? 戦争が終わって600年経っているとはいえ認識が変わっておらぬのじゃ」
「さっきの道具屋の店主がまともに見えてきたわ。あれでもまだマシだったのね」
「いや? 魔族の持ち物が珍しいだけじゃ。高く売れるかもしれんからのう」
「だとすると、店を開いて水を売っても?」
「魔族が売る水なんか誰も買わんじゃろうな。だから妾は魔族からでも買わないと死ぬという選択を教えたのじゃ。ミナエよ。お主は少し善人すぎる」
そう言われると、少しだけ胸が痛んだ。
ようやく口にした料理は、本当にまずかった。
……味まで差別されてる気がした。
翌日。
「決めたんだけど、森に戻って静かに暮らさない?」
アクアは戻ってきていなかったが、起きたオカリナとリィナに考えたことを伝えた。
「姫様がそう申されるのであれば」
「待て。住処は? 食事はどうするのじゃ」
「やったことないけど、木が伐れるなら家はなんとかなるんじゃない? 最悪洞窟を見つけて暮らすってことで。あとは毒キノコの他に森の恵みに期待するしかないんじゃない?」
「あの湖に魚がおったから釣るしかなさそうじゃのう」
こうして私たちは宿を後にして、重い足取りで森に帰ろうとした。
正直、この街にいるのは少し怖かった。
しかし、新しい服装に着替えた大男。
「姫様。お待ちしておりました」
アクアが敬礼ポーズで待ち構えていた。
「調べたところ、あの森の所有者は元々はエルフでした。人間が立ち入らぬよう毒キノコしか生えない森にして侵入者を排除していたようです」
「じゃあエルフに頼んで土地を借りればいいのね?」
「そのエルフですが毒キノコしか生えない森を捨てて違う土地を探して放棄したため、実際は誰の所有物でもありません。姫様が住み、領主に宣言したら姫様のものです」
「魔族だからって許してくれるとは思えないけどね」
「ならば方法は一つかと」
「なによ」
「――森全体を領地にして、“国”として宣言しましょう」
「まず生活できてからね。スケールがでかすぎるわ」
森に戻ると、アクアが地面を探る。
「ここの水脈がよろしいですね。湧水でよろしいでしょうか? 水道管を作るためには技術者が必要です」
それでも十分だ。私はアクアに任せることにした。リィナは魚を釣ってくると言って昨日溺れた湖に向かった。
「姫様。木は用意しましたが、どうやって組み立てましょう?」
「そう。ここからが問題なのよね。私建築とかやったことないからなあ」
「姫様。アクアを呼び出したように他の者を呼び出せないのですか?」
「実は昨夜の食事で、絶望の波動を放つか誰かに聞かれたんだけど断ったのよね。正直、私は建築よりも火の扱いに困ると思ってるのよ。だから呼び出すならそっちがいいなって思ってる」
こうして困っていると、昨日の道具屋の店主が走ってやってきた。
「昨日買い取った水、井戸の水とは全然違う! もっと買い取らせてくれないか?」
「買い取らせてあげるから、この木材を使って家を建てる大工を紹介してくれないかしら?」
「そんなことはたやすい。街に戻ったら知り合いに声をかけよう」
そう簡単に言われて覚悟を決めた。
私は一度、ゆっくりと息を吐いた。
さっきまでの疲れも、空腹も、全部一度脇に置いておく。
――代わりに浮かんできたのは、計算だ。
(この水は希少。代替不可。しかも味で差別化できる)
(供給はアクア一人。つまり独占)
(なら――値段は“相手が出せる額”で決まる)
自然と、口元が吊り上がる。
それは笑顔というには、少しだけ冷たかった。
「お願いね。で、水の値段なんだけど」
一歩、店主に近づく。
逃げ場を塞ぐように。
「……いくら出せる?」
「そ、それは……」
言葉を濁した瞬間、私はかぶせた。
「昨日の水、もう売れたんでしょ?」
「……!」
「しかも“井戸とは違う”って気づくくらいには」
沈黙。
正解だ。
「なら、あとは簡単よ」
私は指を一本立てた。
「値段は私が決めるか、あなたが決めるか」
「ど、どういう意味だ?」
くすり、と笑う。
「私が決めるなら――高いわよ?」
「……っ」
「でも、あなたが“今この場で”提示するなら、少しは安くしてあげる」
間を置く。
逃げ道を与えるふりをして、実際は追い込む。
「さあ。どっちにする?」
店主の額に、じわりと汗が浮かんだ。
ごくり、と喉が鳴る。
その音を聞いた瞬間、確信する。
(勝った)
私は多分この時初めて、
古の悪魔姫としての顔をしたのだった。




