其の七: 両名元服
天文六年(1537年)十二月十九日、夕刻。
山口築山館にて元服の儀が執り行われた。
周防岩国領主・弘中三河守興勝の嫡男駒之介、安芸吉田郡山城主・毛利右馬頭元就の嫡男千代寿丸、両名の元服式である。
西の九州大友家とは和議が進んでいるが予断許さず、東の出雲尼子家も大内領への侵攻を窺う緊迫の状況下のため、従来よりも簡略化された元服式ではある。しかし、評定衆の弘中家と安芸盟主の毛利家の慶事とあって、大内家の重臣たちの多くが臨席している。
主君大内義隆は上機嫌であった。功臣陶興房の隠居後とあって、新たな能臣が生まれることはとても心強い。四書に通じる駒之介と、文芸に長けた千代寿丸は、文化的思考の義隆にとっては特に得難い逸材である。また今後の安芸支配を考える上でも、弘中と毛利の両家との強い結びつきは極めて大きい。この元服式は今後の大内にもとても重要な意味を持つ。
龍笛や鳳笙、篳篥の優雅な音色が心地よく鳴る中での式典の運びは、風流に通じる大内義隆ならではの心遣いであった。
縫腋の袍服を身に纏った駒之介と千代寿丸は、諸臣諸将が見守る中でかしこまり、髪上げを終え、義隆の加冠を受ける。主君義隆の手によって、両名の頭上には美しい烏帽子が被せられた。
幽玄な出で立ちとなった二人に、義隆は優しく声をかける。
「烏帽子親とは烏帽子子の親のこと。つまりは家族じゃ。駒之介も千代寿丸も、この義隆の大事な子となる。家族は助け合わねばならぬ。共に大内を盛り立てようぞ」
「ははっ」
主君からの温かい言葉に、駒之介と千代寿丸は深く平伏する。
特に千代寿丸は、今にも涙が滲み溢れるほどに感極まっていた。文芸趣味の千代寿丸には、芸術の都山口を作り上げた真の公卿である大内義隆は憧れの存在である。その義隆に家族と認められたのだ。雲の上に登るような嬉しさであった。
また駒之介と競っているつもりはないが、大内の評定衆の一角に名を連ねる弘中家と、毛利の元服がこうして同列に扱われていることは、肩身の狭い人質生活を送ってきた千代寿丸にとっては胸が晴れる気分であった。
式典は改名の儀へと移る。
烏帽子子は烏帽子親からの偏諱を受け、名の一文字を頂戴するのが慣わしだ。かつては先代当主大内義興の偏諱で、駒之介の父も弘中興勝、千代寿丸の叔父も毛利興元の諱を授かった。当代義隆の時代にも、陶隆房や冷泉隆豊をはじめ隆の一字を与えられている忠臣が多くいる。
書にも通じる大内義隆は自ら、二人に与える名をあらかじめ紙にしたためていた。内藤興盛がその書を読み上げ、近習が列席者に披露する。
共に義隆の「隆」の字を与えられていた。
駒之介には隆包、千代寿丸には隆元という名が伝えられた。
毛利家にとって「元」の一字は歴代の通字である。祖父弘元は大内政弘から、叔父興元は大内義興から偏諱を受けたように、隆元もまた偏諱に加えて通字を認められたことで、毛利家の存在を許された証を得たようなものだ。隆元は人質としての責務を果たせたことに胸を撫で下ろす。
また隆包には父興勝と同じく小太郎、隆元には叔父興元と同じく少輔太郎という仮名、つまり武士としての通称が認められることとなった。大内から変わらぬ忠節を期待されていることを実感する。
「弘中小太郎隆包、大内家のために刻苦精励の努力を致してまいります」
「毛利少輔太郎隆元、お屋形様のために粉骨砕身の忠義を尽くします」
二人の武者は輝く瞳で想いを口にする。大内義隆は期待を込めて大きく頷き、列席の重臣たちは大いに湧く。
「大内家の心は一つぞ」
臣の一人から声が上がり、そうじゃそうじゃと他の臣に波及していく。儀式の場は大いに盛り上がった。
大内義隆を頂点に、家臣団が鉄の結束で繋がり合う。
この若武者たちの加入によって、大内家の繁栄はさらに加速し続いていくことになると、誰もが確信した。
駒之介と千代寿丸、改め小太郎と少輔太郎は、感無量であった。これからこの家臣団と共に大内を支えていく。これからの自分たちの働きを思うと、胸が高鳴った。
元服式から数日後、快晴の朝。少輔太郎は小太郎から山登りに誘われた。なぜか舵之丞とあややまで、面白そうだからとついてきた。
先代の大内家当主大内義興が伊勢神宮の神霊を勧請して創建した高嶺太神宮の裏手から、奥の岩戸社へと上がる参道を登り、そこからは鴻ノ峰の山頂へと向かう急峻な斜面の山道へと入る。
「ハァ、ハァ……。みんな、待って……」
少輔太郎は息が上がっている。
山歩きには自信があった。生まれ育った安芸の吉田郡山城は郡山の尾根に築かれた城砦で、山の上り下りは生活の一部でお手のものだ。山奥生まれの自分であれば、都会育ちの隆包よりも山登りは得意かもしれないと高を括っていた。
ところがどうだ。息切れをして小太郎に遅れるばかりか、兄についてきたわずか八歳の舵之丞にさえ遅れをとっている有様だ。二人の背中を必死で追う。
「太郎どの、もう少しですからね。がんばりましょ」
後方で気遣いながら背中を押してくれるあややのほうが涼しい顔だ。少輔太郎は都会者との体力の差を知って自己嫌悪に陥る。
「さあ、こっちだ、少輔太郎どの」
登りにくい大きな石に足をかけた少輔太郎の腕を、上から小太郎が手を伸ばしてつかみ、その身をグイッと引き上げる。あややも背中を後押しする。今度は少輔太郎があややの腕を取って引き寄せた。あややは顔を赤らめているが、舵之丞がまた馬鹿にしそうなので顔を隠す。
鬱蒼と茂る木々を抜け、開けた高台へと出る。
「わぁっ……!」
眼下の眺望に、少輔太郎は息を呑んだ。
そこには、陽光に輝く山口の都の全容が広がっている。
栄華を極める大内家が築き上げた文化と芸術の都市。まるで巨大な碁盤が大地に嵌め込まれたような、想像を絶する美しさ。
「これが……西京山口……」
隆元は山口の壮観な風景に声を失い、目は釘付けになった。
長き戦乱の世で京の都は破壊され都市機能が麻痺しているが、その間に自流に乗った大内家が山口にこの大都会を築き上げた。荒廃した京の都に変わり「西京」と呼ばれるほどに繁栄している。多くの公卿や文化人が京から流れつき、いまやこの日の本で随一の近代都市と目される。
目を輝かせて眼下の街を凝視する少輔太郎の横で、小太郎は御殿を指差しながら口を開く。
「あれが、お屋形様がお住まいの大内館だ」
「まことだ。まるで京の御所のようだ」
「そう。この山口の都には、城がない」
「確かに」
山口の街に城がないのは、周防や周辺域の軍事に隙がなく、外敵や内患への対策が万全だからだ。それだけ国防が充実しており、政治力によって平和が保たれている証拠である。
「少輔太郎どの。山口は何ゆえ山口という名か、知っているか」
「えっ……、さあ……」
いきなりの小太郎からの質問に、少輔太郎は戸惑う。確かに山口の地名の由来など気にしたことがなかった。よく考えると、自分の故郷である安芸や吉田郡山などの由来ですら、これまでに気にしたことはない。
「どこかの山の登山口があるから、とか……?」
「山陽と山陰の入口だからだ」
小太郎は力強く言った。
「ここ山口から、山地を挟んで山陽道と山陰道は続いて、いずれも京に向かうことができる。山口は西の果てと考える者が多いが、山口は大陸と京を結ぶ要衝。この山口の安寧こそが天下の安寧への入口だ」
「……なるほど」
「山口が滅びるようなことがあれば、天下の太平は二十年、いや三十年は遅れるだろう」
「……」
少輔太郎は小太郎の深い考えに感心しながらも、なぜそのような話を、山登りに誘ってまで自分に伝えたいのかが不思議に思えた。その答えは、小太郎の話の続きにあった。
「私はこの山口の安寧を守り、主家の安泰を支え、天下の泰平を目指したい。ずっと、そう思ってきた。そして、自分が元服した後は何をするべきなのかも、ずっと考えてきた」
「その答えが分かったのかい」
「分かった。それは、安芸の発展と安寧だ」
「……!」
少輔太郎は安芸の名を聞いて息を呑む。故郷の安芸など、周防の都会者にとっては厄介な辺境の地ぐらいにしか思われていないだろう、と思い込んでいたからだ。
「安芸が……そんなに重要なのか」
「そうだ。なぜ父上や陶どのがあれだけ安芸の掌握に全力を傾けていたかが、ようやく理解できた。安芸こそが山口の防衛の要地であり、大内が天下へ出る足場となる要衝だからだ。私が命を懸けるべき夢は、安芸の国づくりなんだ」
「小太さん……。その夢、私も共に追いたい。安芸に生まれし者として、私にも手伝わせてほしい」
感動で目を潤ませながら、少輔太郎は小太郎にすがった。
「無論。その夢は茨の道だろうが、少輔太郎どのとならば歩んで行ける」
「ああ、共に」
小太郎と少輔太郎は大きな夢を確認し合い、力強く頷き合った。
あややが照れくさそうに、声をかけた。
「あの……。私は山口から出たことがないから想像できないけれど、太郎さんの生まれ育った地は、どんな所なの」
「安芸の吉田という小さな地なんだけど、緑の山々と清流の川が眩しい所だよ」
「いつか、行って見てみたいな……」
「そのうちきっと、連れていくよ。私と小太さんが、安芸をもっと輝ける国にするんだ。ぜひ、あややどのにもぜひ見てほしい」
少輔太郎のキラキラとした瞳に見つめられて、あややの顔は紅潮した。少輔太郎と共に彼の故郷の土を踏むことを想うと、嬉しくてたまらない。結婚ができたならきっとその夢は叶うはず、そう信じた。
夫婦の夢に顔を赤らむのを、舵之丞が不思議そうに覗き込んでくるので、あややはとりあえず舵之丞の頭を一発どついておいた。
少輔太郎は小太郎に向き直って、熱く語る。
「あややどのに安心して来て頂けるような、戦無き世を作りたい。小太さん、私の生涯の心の友となってくれないか」
「私はとっくに、少輔太郎どのを肝胆相照の友と思っているよ」
「小太さん……。私はこの眺望に誓おう。この街ある限り、心友の絆を忘れない。小太さんと共に、夢を叶える」
小太郎と少輔太郎は笑顔を見せ合い、拳を合わせた。
舵之丞が自分もその友情に混じりたいと二人に抱きついてくる。あややも二人の決意をうっとりとした表情で眺めている。
誓いの言葉は、鴻ノ峰に吹く風に乗って山口の上空を舞った。
両者の友情は続く。この華やかな西京ある限り。
<第二部へつづく>




