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陰陽の濤 〜防芸厳島戦記〜  作者: 紘野 流
【第一部】 西京山口
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其の六: 飛花落葉



 名将陶興房(すえ おきふさ)が隠居を表明し、大内(おおうち)家中が騒然となっていた頃。


 周防山口の弘中(ひろなか)家もまた、ひと騒動起きていた。


 当主興勝(おきかつ)が、心酔する興房に倣って家督継承を決意したからである。嫡男の駒之介(こまのすけ)に弘中家の家督を譲ることを主君義隆(よしたか)に申し出て、許しを得た。


 駒之介は弟の舵之丞(かじのじょう)と共に父興勝に呼ばれ、その旨を告げられたが、とうに覚悟はできており大して驚きはしない。



「間もなく駒之介は元服じゃ。それと同時に、弘中家の家督を駒之介に譲るる。よいな。駒之介、弘中家の当主となるおまえの最大の使命は何だ」



 興勝は嫡男駒之介にまず問いを投げたが、駒之介は即答する。



「はい。大内家を支えることでございます」


「その通りだ」



 聡明な駒之介に覚悟があることを確認した興勝は笑顔で頷き、次に弟の舵之丞へと問いを向ける。



「では舵之丞。おまえも早いうちに元服の日が来る。では、元服後のおまえの最大の使命は何だ」


「それはもちろん、大内家を支えることでございま……」


「違うな」


「えー。違うんですか。大内家は支えないんですか」



 自信満々の回答を即座に跳ねられ、舵之丞は面食らう。


 興勝は神妙な面持ちで説明する。



「いいか舵之丞。弘中は大内の臣。当主たる駒之介の責務は当然、大内家のために力を尽くすことじゃ。その弟のおまえの責務は何か。それは弘中家を守ることだ。兄を主として兄を助けろ。それが結果として大内家のためになる」


「はあ……。それはまあ、そうでしょうけど」


「一本の矢はいとも簡単に折れてしまう。しかし二本あれば……」


「父上、その話に矢二本は少なすぎますって。まとまれば折れないって話でしょ。力ある奴なら四、五本は折るでしょうよ」



 父の説教に、舵之丞はいつもの口ごたえ。一度聞いたことを何度も聞かされるのが苦手である。律儀な兄駒之介に比べて、弟の舵之丞は野放図で真剣味が足りない。だが興勝は舵之丞には一目置いているようで、口ごたえを叱る様子もなくむしろ楽しんでいる。


 興勝が舵之丞へ話を続ける。



「舵之丞には、成し遂げてもらいたいことがあるのだよ」


「何でしょうか」


「岩国水軍を取り戻すことだ」


「えっ」



 父から意外な話が出て、舵之丞だけではなく駒之介も驚きの表情を見せる。事情が分かっていない兄弟に、興勝は詳しく説明を始めた。


 瀬戸内海に面する周防岩国を所領としてきた弘中家は、以前より強力な水軍を鍛え上げていた。これが岩国水軍である。


 厳島の統制や村上水軍らへの牽制などの役目を担い、先代当主の弘中弘信(ひろのぶ)もこの岩国水軍を率いて大内政弘の軍政を支えた。


 しかし、その後継者となった嫡男の興勝は武に恵まれず文官となったため、岩国水軍は今津(いまづ)弘中家と呼ばれる同族の弘中兵部丞武長(たけなが)が引き継いだ。武長は文武に優れた良将で、先主大内義興が上洛した際には山城(やましろ)守護代に抜擢されたほど主家からの信任も篤かった。


 ところが、この武長の嫡男の正長(まさなが)もまた興勝と同じく文官肌であり、奉行人としての道を歩んだ。そのため、武長の死後は岩国水軍を指揮できる勇将が弘中家に不在となった。興勝の次弟の兵部丞頼之(よりゆき)も石州の石見家に仕え出世しており、既に岩国にはいない。三弟の興重(おきしげ)も従兄弟の興兼(おきかね)も内政官となっていて軍から遠い。


 そこで興勝は、岩国水軍を大内家の支流の出である冷泉興豊(れいぜい おきとよ)に預けた。興豊の死後はその嫡男隆豊(たかとよ)が受け継いでいる。冷泉家は警固衆(けごしゅう)と呼ばれる大内家直属の水軍を指揮しており、陶家や(すぎ)家などの各守護代とは別働する独立部隊として動く。岩国水軍はやむなくその冷泉の警固衆の一部として一時的に吸収されていた。


 駒之介が父に問いかける。



「なぜ岩国水軍は冷泉ではなく、陶に預けなかったのですか。陶派にも白井(しらい)率いる陶水軍があるではありませんか」


(すえ)の水軍とごちゃ混ぜにされたくなかったのよ」



 興勝(おきかつ)は苦笑して語った。


 主将の陶興房も所領の若山(わかやま)に水軍を有し、陶家臣の白井膳胤(しらい よしたね)が指揮していたが、興勝から見ると白井の陶水軍の用兵の才は大して高くない。その指揮下に岩国(いわくに)水軍を入れることが不安だった。


 冷泉隆豊(れいぜいたかとよ)は信義に厚い将で、岩国水軍は弘中(ひろなか)から一旦預かっているだけという意識を強く持ってくれている。だが次代以降になれば、やがて契約は忘れられ岩国水軍はそのまま他家に渡るかもしれない。


 興勝は弘中党をより強くするには岩国水軍の統帥権を自ら握るべきだと考えていた。しかし後継者となる駒之介(こまのすけ)は才あるゆえに、恐らく評定衆(ひょうじょうしゅう)として重用され公務に忙殺されるであろう。


 そこで舵之丞(かじのじょう)に海上戦の技術を学んでもらい、いずれ岩国水軍を弘中家に取り戻して率いてほしいと案じていたのである。


 興勝には四人の男児がおり、駒之介と舵之丞の間にも二人の兄弟がいるが、いずれも庶子のために他家へ養子に出している。内藤(ないとう)家から迎えた本妻が生んだ駒之介と舵之丞には力を合わせてほしいと願っている。そのための弟舵之丞の最大の役割が岩国水軍の把握であると考える。



「分かりましたよ、父上。岩国水軍は、この舵之丞にお任せを!」



 謎の自信をもって舵之丞は胸を叩いた。「お任せを」という言葉を以前から言ってみたかっただけでもある。


 舵之丞は海が好きだ。水軍のことはまだよく分からないが、水軍を指揮するということを想像すると楽しそうでたまらない。


 代々の弘中家嫡男の幼名は源太郎(げんたろう)であり、駒之介も当初の幼名は源太郎であったが、舵之丞が生まれた時に名を駒之介と改めた。父が何ゆえ兄弟に駒之介、舵之丞という珍しい幼名を与えたのか、二人の子にはその想いがようやく理解できた。兄は陸の軍略を担い、弟は海の水軍で扶けるのが理想の形だと、興勝はずっと考えていたのだ。



「よく言った、舵之丞。軍才のないわしには、おまえに用兵を教えられん。冷泉どのに話をつけておこう。九州での戦も近いうちに激化するかもしれん。ちと早いが、冷泉どののもとで戦さを学んでくるといい」


「わー、初陣ですね。やったー」



 舵之丞は握り拳を掲げて喜びを示した。邸内でのちまちました武芸の稽古より、現場で経験を積んでいくほうが強くなる近道になりそうだし、何より楽しそうだと思っている。早く戦場を駆け巡って武功を上げる武人になりたい、と舵之丞はわくわくが止まらなかった。



 だが、舵之丞の初陣はしばらく延期となった。


 九州北部の領有を争っている豊後の大大名大友(おおとも)家との戦いに従軍する予定だったが、室町将軍足利義晴(あしかが よしはる)の仲介によって大内家と大友家が和睦が進められることとなり、北九州での戦の機会が消えたのである。


 大友との和睦によって、大内は西の脅威がなくなり束の間の平穏を取り戻したが、隠居した陶興房(すえおきふさ)が重病に陥ったのはその直後のことだった。


 既に筆頭家老と周防守護代の座は嫡男五郎(ごろう)隆房(たかふさ)に継承済みであり、政局には大きな混乱はなかった。


 弘中興勝の悲嘆は大きかった。文弱であった自分を重用し盟友として扱ってくれた興房には多大な恩がある。できる限り見舞いたい。


 数日後の駒之介の元服式列席を最後の政務とし引退を決めた。その後のことは全て、駒之介や舵之丞たち次の世代に託すことにしたのである。


 陶興房は、一年半後に死去した。五郎への家督継承を決意した時には既に、自分の死期に気づいていたのかもしれない。死の直前まで、戦友の興勝と心ゆくまで笑顔で語り合っていた。


 その興勝も出家し、興武(こうぶ)の法号を得て、いつまでも興房の冥福を祈った。



 世代は変わる。


 咲き誇る花もいつしか風に舞い散り、色づく青葉もいずれは地に枯れ落ちる。そしてまた花は咲き葉は繁っていく。世は移ろいゆき、次代へと受け継がれるものだ。無常の流れは自然の摂理である。


 大内の歴史もまた新たな時代へと歩み始め、西国の勢力図はまた大きくうねり始めるのであった。





<つづく>



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