表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽の濤 〜防芸厳島戦記〜  作者: 紘野 流
【第一部】 西京山口
3/13

其の三: 剣術仕合


 大内(おおうち)筆頭家老、陶興房(すえ おきふさ)の屋敷にて仕合の会が催される。


 陶軍の将たちの子弟たちが武芸の披露目として、木製の刀にて打ち合って勝敗を競う場であり、定期的に開催されていた。


 駒之介(こまのすけ)も陶方の弘中(ひろなか)家の子として毎回参加をしているが、今回はそこに毛利の千代寿丸(ちよじゅまる)も参戦者の一人として招かれた。



 応仁の乱にて畿内が荒れ果てた後、天下の趨勢を握ったのは西国の大内家である。先代の大内義興(よしおき)は足利義尹(よしただ)を奉じて上洛し将軍職へ復位させ、明国との勘合貿易の権利を独占するなど大きな実権を得た。その後を継いだ大内義隆(よしたか)はさらに北九州や石見など支配地を広げていった。


 この大内の最盛期を支えたのが、陶興房の軍事力である。智勇に優れた興房を筆頭に、猛将揃いの家臣団。副将格の弘中興勝(おきかつ)も才略に長けている。西国最強とも言えるこの陶軍が、東へ西へと勢力を拡げる力となった。


 陶興房が子弟たちの武芸会を催すのは、その陶軍の次代を鍛えるためであるが、最大の理由は嫡子の五郎(ごろう)のためでもあった。


 興房は長男が早逝したため、妹が嫁いだ石見(いわみ)守護代問田興之(といだ おきゆき)の次男寅次郎(とらじろう)を養子として迎えた。寅次郎はわずか八歳だった当時から屈強な体格を持ち、興房はこの甥を後継者として大いに期待した。


 寅次郎は昨年、元服を迎えた。主君大内義隆の一字を賜り、(すえ)五郎隆房(たかふさ)と名乗る。義隆は五郎に次世代の筆頭家老の資質を感じ、五郎のことを心底気に入っていた。


 陶軍の強さは、家臣団の結束の強さである。武将同士が信頼しあい力を合わせることで、主家大内の軍事面や外交面を主導してきた。陶の強さこそ大内の強さ。陶を継ぐ五郎にもやがて強い結束を作ってもらいたい。興房はそのことを強く教育しており、武芸仕合の開催もその一環だ。



「おまえたち、気合い入れて闘えよ」


「おおっ」



 五郎はいつも声を上げて参戦の子弟たちを奮い立たせる。早くも主将としての素質を見せている。


 実際、五郎は誰よりも強かった。毎回圧勝を重ねる。どの家の子も武芸の鍛錬を怠らず一級の武人の素質があるものの、五郎はその卓抜な剛力と太刀捌きで彼らをねじ伏せてしまう。


 ただ何度も仕合を続けていくと、五郎にも疲れや油断が現れる。故に幾度かに一度は打ち込まれて思わぬ敗北を喫する。まだまだ精神的には未熟だということを、養父興房はそこで五郎に教え込む。


 上覧仕合はそんな陶家次期当主としての教育の場でもあるのだ。



 その日の仕合は、いつもとは多少異なる雰囲気であった。


 広い白洲の庭に突き出た大きな縁先の中央に主宰の陶尾張守興房が座して仕合場を見下ろし、その左手には腹心の弘中三河守興勝が控える。これがいつもの定位置で、興房は興勝と寸評を思いのままに伝え合っている。


 今回は興房の右側に、皆が見慣れない老客が招かれていた。


 齢は七十を超えていそうなその翁は、名を志道(しじ)太郎三郎広良(ひろよし)という。毛利家の古参の知将で、千代寿丸の後見人として山口に同行していた。


 志道広良は元就の力量を若き頃より見抜いていた、いわば元就の育ての師である。元就が尼子方から大内方へと転ずる時にも弘中興勝との交渉役を務め、陶興房からも一目置かれている老練の知将であった。


 今回の仕合は毛利の歓迎も兼ねており、共に安芸平定に取り組む仲間として迎え入れる証に、千代寿丸にも特別仕合が組まれたのである。



「志道どの。千代寿丸どのの技量、楽しみですな」


「ほっほほ、尾張守(おわりのかみ)どのに楽しんでもらえるほどだといいのですが」



 興房の歓待の言葉に、志道広良は笑って応える。


 ところが上座の和やかな雰囲気とは裏腹に、会場の子弟たちの中は険悪な雰囲気が漂っている。陶家臣の荒くれた子弟たちが、余所者の千代寿丸を睨みつけるように凝視しているのである。


 その中の一人が背後に二人引き連れ、千代寿丸に突っかかってきた。名を三浦常松(みうら つねまつ)という。体格は千代寿丸よりもはるかに大きい。



「てめえが安芸から来たっていう奴か」


「ああ。毛利の千代寿丸である。そう言うあなたは誰だ」


「俺は三浦の常松よ。千代寿丸とやら、てめえは挨拶に来てねえな。五郎さまにも、若山党(わかやまとう)にもよ」


「そういう規則があったのか。それはどこに掲示してあったのだ? そもそも若山党って何だ」



 凄んだつもりが怯んでいない千代寿丸の態度に、常松はムッとする。手にした木刀の先を杖代わりに地につけて、品定めでもするかのように千代寿丸を見下ろす。



「いい度胸をしてるな、てめえ。えらくひょろいが、てめえみたいなのが本当に俺らと戦えるのか」


「体格だけで勝敗を語るとは、愚かな」


「おい、千代寿丸。調子に乗るなよ。毛利はどうせまた大内を裏切るんだろう。ナメてると叩き殺すぞ」



 常松は木刀の身を千代寿丸の首に押し当て、殺気を眼光で見せつける。千代寿丸は臆せず常松を睨み返す。


 見かねて駒之介(こまのすけ)が割って入る。



千代寿丸(ちよじゅまる)どのは客人だ。変に(から)むな」


「何だとぉ、コラ」



 常松(つねまつ)の後方の二人が威勢よく駒之介に飛び掛かろうとする。常松がその二人を手の合図で制して、駒之介を睨みながら、千代寿丸の首に当てた木刀にさらに力を込める。



「駒之介。毛利(もうり)なんて信用できるか。こいつらが裏切ったら、弘中(ひろなか)は責任が取れんのか?」


「やめろ」



 常松よりもさらに大柄の若武者がその木刀をつかんで、軽々と常松を後方へと押しやった。とてつもない威圧感。江良(えら)鬼丸(おにまる)といった。



「常松、佐之助(さのすけ)壱次郎(いちじろう)。言いたいことがあれば武で語れ。ここでは小癪(こしゃく)な威圧は要らん」



 鬼丸の言葉で、常松は舌打ちをしながらも素直に木刀を引く。そして佐之助、壱次郎と呼ばれた仲間を連れて踵を返していった。鬼丸は表情なく目で一礼をし、元の場所へ戻っていく。千代寿丸の目には、常松は威勢のいいだけの小物、鬼丸は寡黙な大物と見えた。



「よっしゃあ、我らの強さ、見せてやろうぜ」



 常松が他の子弟たちに吠えている。


 確かに、その日の子弟たちの仕合の迫力は違った。勝敗が見えても優者は劣者を執拗(しつよう)に追い込んで叩きのめす。弱者はここでは生きていけないということを余所者(よそもの)の毛利に思い知らせようという魂胆が見える。


 そんな中で最も勝利数を重ねたのは、やはり(すえ)五郎(ごろう)だった。どの相手もものの数合で打ち伏せてしまい、反撃の気力をもねじ伏せる。五郎からはただならぬ気迫が(あふ)れ出ていた。



「やはり、五郎さまは格が違う。とても太刀打ちできん」


「五郎どのに勝てるとしたら、あの二人しかいないよな」



 子弟らは口々に二人の名を挙げる。


 一人は、鬼丸である。陶家忠臣の江良家の次男坊。大柄の五郎や常松よりもさらに背丈は高く、大人でも片腕で持つには難しい重い木棒を軽々と片手で振り回す。剣術となると五郎に比べればまだ荒削りだが、純粋な力比べであれば五郎をも凌ぐ。


 そしてもう一人が、弘中家の駒之介だ。剣(さば)きで言えば、駒之介が優れている。陶の五郎や江良の鬼丸よりも細い体格だが、その鋭き太刀風は相手の隙を突き、いつの間にか勝敗を決してしまう。


 無敵を誇る五郎も、これまでに何度か駒之介や鬼丸には黒星をつけられている。五郎は自分とは戦い方が異なる駒之介や鬼丸との仕合が愉悦のようで、この日も何度も対決を所望した。


 いつも以上に白熱した対戦が続き、観戦する陶の諸将たちも大きく歓声を上げて盛り上がった。天下を動かす猛者たちがここから生まれるのだという覇気と熱気があった。




 初参加となる毛利の千代寿丸の仕合は、会の最後に組まれた。対戦相手に充てられたのは弘中の駒之介だ。



(駒さんが相手だったか……。なんとかしてみせる)



 千代寿丸は拳に力を込めて奮起する。まだ手合わせをしたことがない五郎の取り巻き連中よりも、いつも共に剣術を修練している駒之介が相手のほうが、打つ手が多くありそうだ。


 会場中の視線が二人に集まっていた。


 この二人の対決を誰よりも楽しみに見ていたのが五郎だった。腕組みをして、両者を注意深く見つめている。一つ歳下の駒之介は物心ついた頃からの幼馴染でその戦い方はよく知るが、千代寿丸の腕はよく知らないので興味が湧いた。


 千代寿丸はどの子弟よりも色白だった。武家の嫡男としてそれなりに武芸の鍛錬は積んできたが、陶派の郎党たちに比べれば気迫も足りない。周囲の目は冷ややかであった。



(私のここでの戦いぶりが、大内での毛利の家名を左右する。無様な戦いは見せられない。なめられてたまるか)



 千代寿丸は周囲の嘲笑を払拭するため、名将陶興房(すえおきふさ)とその後継者たる五郎に毛利の名を見せつけるため、自らの身を奮い立たせて仕合に臨んだ。


 そして仕合が始まり、千代寿丸と駒之介は激しく打ち合う。千代寿丸の思わぬ奮戦に、参加者たちは大いに盛り上がっていく。


 二人の熱戦を見ながら笑みを浮かべる五郎は、背後に控える鬼丸に訊く。



(おに)ィ。どう思う?」


「はっ。あそこまで見せるとは、さすがの技術だと存じます」



 五郎と鬼丸の会話を耳にして、取り巻きの常松や佐之助らは媚びへつらったように擦り寄って言う。



「ですよねー。毛利の野郎、駒之介と互角とは、なかなかやりますよね」


「あの千代寿丸という男、何か違うなと感じておりました」



 途端に千代寿丸を褒め出した太鼓持ちの連中に対して、鬼丸は眉ひとつ動かさずに述べた。



(いな)。千代寿丸ではない。駒之介だ」



 鬼丸の意見を聞いた取り巻きたちが慌てる中、五郎だけはニヤリと笑みを浮かべる。さすがは鬼丸だ、と言いたげだ。


 普通の人間が見れば、十と十の互角の激闘。だが、武に秀でた者だけには分かる。これは千代寿丸の五の実力を、駒之介の太刀捌きがが八に引き出し、駒之介の太刀筋が十に見せている。つまり駒之介の演出だ。



(こま)ァ。この舞台をも、己の目的に利用するか。面白ぇ」



 五郎は不適な笑みで呟く。幼い頃から研鑽に勤めた仲だからこそ、五郎には駒之介の意図が分かっていた。


 千代寿丸と駒之介の激しい打ち合いは、主催者の制止の言葉が出るまで続き、会場は大いに盛況を見せた。



<つづく>



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ