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陰陽の濤 〜防芸厳島戦記〜  作者: 紘野 流
【第二部】尼子襲来
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其の十三: 少年初陣


「父上っ!」



 一行を引き連れて入城した鎧姿の少輔太郎(しょうのたろう)が、馬上から叫んだ。


 三の丸下まで出迎えに出てきた毛利元就(もうり もとなり)は、勇ましい長男少輔太郎の姿を見て、歓喜があふれて涙ぐむ。



「まことに太郎じゃ……。よくぞ無事で……」


「父上も、よくぞここまで持ち堪えてくださいました」


「太郎……」



 元就は感極まる。あの文弱だった少年千代寿丸(ちよじゅまる)が、勇壮な鎧姿になっている。顔のあどけなさは残っているが、何よりもかつての根暗な感じとは違い、自信と意気に溢れた表情になっている。身長も高くなり、立派な青年剣士だ。


 山口に人質として送って丸四年。再会はまだ先と覚悟していた元就は、突然の長男の出現に感激でなかなか二の句が出ない。少輔太郎は馬から降りると、笑顔で説明を始める。



「少輔太郎、ただいま帰参致しました」


「うんうん、太郎、よう戻ってきたな」


「父上、大内の援軍が来たからには、もうご安心を。使者として弘中小太郎(ひろなか こたろう)どのをお連れしました」



 少輔太郎が先導してきた大内軍百騎は、小太郎率いる岩国隊であった。紹介を受けた小太郎は進み出て、右馬頭(うまのかみ)元就に一礼する。



「右馬頭どの、お久しゅうございます。弘中小太郎隆包(たかかね)、大内先鋒の使者として推参致しました」


「おお……、あの駒之介(こまのすけ)どのですか。ご立派になられて」



 元就は数年前に山口を訪れ、大内への帰順の仲介役となった弘中興勝(ひろなか おきかつ)の屋敷に招かれた時に、まだ幼少だった駒之介に会ったことがある。


 その時にも雄健利発な少年という印象を受けたが、青年となった小太郎は見るからに智勇を磨いた名将の風格が見える。


 少輔太郎から書状では幾度もその才覚を伝えられてはいたが、実際に会って見ると予想以上に儀容な勇姿だ。



「この右馬頭、お父上……興勝どのには多大な恩があるのに、お礼にもお見舞いにも駆けつけられず申し訳ない」


「いえ、お気になさらず。この状況下ですから」


「太郎とも親しくしていただき、感謝申し上げる。この太郎はかつてはとても気が弱い子でしてな……」


「右馬頭どの。積もる話もございましょうが、まずは打ち合わせをよろしいでしょうか」


「あ、うむ、そうですな」



 小太郎に話を早々に遮られた元就は、慌てて軍議の場を作る。



 元就は小太郎の切り替えの早さを、意外に感じた。父の弘中興勝とは全く異なる性格だからだ。


 思えば興勝は情の人であった。相手の真意をじっくりと読み取り、相手の心に訴えてゆるりと説得し、一緒に泣いて一緒に笑う。冷血な尼子(あまこ)の威迫に伏せられていた元就は、そんな興勝の人懐っこい愛想に取り込まれて尼子から大内へと鞍替えをした。


 それまでの元就は興勝とは正反対で、理の人だった。無駄を嫌って効率を重んじる。感情よりも先に道理で物事を進める。だが対称的な興勝とは妙に馬が合った。興勝が東西条(ひがしさいじょう)の分郡代官となってから、元就は興勝と二人三脚で安芸鎮定に努めた。


 興勝が引退を表明した後、東西条代官は杉隆宣(すぎ たかのぶ)という将に交代となったが、三家老の出ながら杉隆宣では興勝の行政力には到底及ばず、元就が代わりに興勝の事業を一手に継ぐことになった。種々雑多の国人領主をまとめ上げるために、元就は興勝の人情味を随分と参考にしてきた。


 雑談の多かった興勝に対して、子の小太郎はどこか素っ気ない。元就はかつての自分に似ていると感じた。情に脆い長男の少輔太郎とはまさに陰と陽、真反対のようなのに親友であるのが不思議に思える。


 確かに小太郎と元就は、戦略の波長がよく合った。すぐにお互いの軍略の意を読み取り、軍議はあっという間に進む。




(さすがは小太さんだ。父上の小難しい戦術も、一瞬で理解している)



 少輔太郎は親友と父のやり取りを横で見ながら、理解がいちいち遅れてしまう自分に失望しながらも、大内の援軍は自分の人質生活の功績なのだと思うことにして自信を保った。



 住吉山の大内軍と郡山城の毛利軍、共に連動して尼子の陣を急襲することが決まった。毛利陣営は作戦遂行への編成が慌ただしく進む。


 そんな中、毛利元就に必死に頼み込む少年がいた。



「父上、この松寿丸(しょうじゅまる)も急襲部隊に加えてくださいっ」



 次男の松寿丸(しょうじゅまる)だ。齢は十一。長男の少輔太郎(しょうのたろう)より七つ年下だが、すでに兄を超えるほどの上背があり体格も良い。だが父元就(もとなり)は突き放す。



「馬鹿を言え。おまえほどの幼な子を戦さ場に出す親がどこにいる」


「でも、あいつは(いく)()に出てきてるんですよ」


「あいつ?」



 松寿丸の指差す先を見る。確かに弘中小太郎(ひろなかこたろう)の脇には、明らかに若すぎる少年が(いく)さ装束に身を固めて控えている。


 元就は気になって、小太郎に問いかける。



「小太郎どの……。そちらの子は?」


「ああ、これは弟の舵之丞(かじのじょう)です。松寿丸どのとは同い年のはず」



 小太郎は舵之丞の背中を後押しして紹介した。既に大人の背丈に成長している松寿丸に比べれば、舵之丞は明らかに小さく、より幼く見える。



「どうもー、舵之丞でーす」



 兄が紹介した舵之丞は、無邪気な笑顔を見せながらペコリと頭を下げ、元気に挨拶をした。


 元就は唖然とする。敵前を郡山城へと駆けた岩国隊百騎の中に、これほどの年少の士が混じっているとは思いもしなかった。にこやかな舵之丞を見ながら、小太郎に言う。



「……厳しい教育をなさるのですな」


「いや、むしろ私は反対でしたが、弟は好奇心が旺盛で、連れて行けと言うことを聞きませんので、仕方なく同行させておりまして」


「鎧も特注でーす」



 複雑な表情の兄の横で、舵之丞はガチャガチャと鎧を鳴らして見せた。小柄の身に合わせて鎧を特別に用意したらしい。戦場での恐怖よりも初陣の喜びが勝っていて、愉悦の表情である。


 松寿丸は怖いもの知らずの猛き性格だ。同い年という弘中舵之丞のさばけた笑顔を見て、ますます発奮する。父の鎧をぐいとつかんで訴えた。



「ほら父上、あいつはあの齢で敵中を駆けてきているんですよ。あいつより身体が大きいこの松寿丸が、なぜ出遅れましょうか」


「うむぅ……」



 元就は(うな)った。安芸(あき)に尽くす弘中家が(おさ)()まで救援に出してきている以上、うちは幼児を戦場に出せないという理屈は破綻している。毛利だけが我が子かわいさで守りに徹してよいものか。


 元就の葛藤を感じ取った小太郎が、助言する。



右馬頭(うまのかみ)どの、今は一人でも多くの力が必要な時。童子にもできる仕事はきっといくらでもありましょう。ましてや松寿丸どのの(たくま)しい体格。うちの舵之丞なんかより以上に活躍できるはずです」


「えっ。うちの舵之丞なんか、って何だよ、兄上」



 舵之丞が口を尖らせる。対して松寿丸の顔には笑みが華やぐ。



「ほら父上、お聞きになりましたか。弘中どのも私を認めてくださっているんですよ。私も毛利のために戦いますから。ほらほら」



 松寿丸が父の顔を覗き込んで急かす。松寿丸は長兄少輔太郎(しょうのたろう)の山口からの文の中で何度も弘中小太郎の知勇を伝えられていた。その噂の小太郎から認められたことに気分が高揚している。



「……仕方あるまい。ならば松寿丸にも働いてもらおう」



 元就は折れて、松寿丸の初陣を認めた。領民たちも城に入れて籠城を手伝わせている今、我が子だけを出し渋るというのは確かに筋が違う。子を護るならば親が良い策を練ればいいだけだ、と考えることにした。


 元就が再び小太郎と軍略を練り始めると、松寿丸は舵之丞につかつかと近寄って、その左肩を右手でばんと叩いた。



「舵之丞と言ったな。絶対に、おまえよりも軍功をあげてみせるからな」


「おう、一緒に敵を驚かせてやろうぜ。オレもしっかり武功を上げるもんね」



 松寿丸は威嚇したつもりだったが、舵之丞は萎縮するどころか、ますます笑顔になって松寿丸の左肩を叩き返す。挑発を敵意とは受け取らず、共闘できる友ができたことを喜んでいるようだった。父興勝の明るさは、兄の小太郎ではなく弟の舵之丞に受け継がれているようだ。舵之丞の天真な笑顔を見て、松寿丸は拍子抜けして思わず吹き出す。



「面白いな、おまえ。あとで稽古に付き合えよ」


「もちろん。少輔太郎どのから弟の松寿丸は強いってずっと聞かされてたからね。ずっと手合わせしたかったんだよね」



 二人は、肩を抱き合うほどに意気投合していた。


 幼い二人の様子は、まさに弘中家と毛利家が手を合わせるべき今後の運命を表しているかのように見えて、少輔太郎もつい苦笑が漏れる。


 尼子軍への急襲の準備は、早々に整っていった。




(つづく)

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