其の十二: 帰城作戦
大内義隆の牛車に同乗でき舞い上がる少輔太郎とは対称的に、先鋒隊の副将として安芸に向かっていた弘中小太郎隆包は、焦燥に駆られていた。
先鋒隊の進軍が遅いのである。
陶五郎隆房率いる先鋒隊一万は直接郡山へ向かうのではなく、厳島へ渡海。厳島神社にて戦勝祈願の儀式を執り行なった後に、大掛かりな元服式を催した。
五郎は七歳の時に叔父陶興房の養子となって周防若山城へ入ってからというもの、その腕白さで臣家の子らを従え、若山党と呼んで引き連れていた。若山党と呼ぶ子分たちの中でも特に五名の剛の者がお気に入りで、今回はその五名の元服を祝う儀式であった。
五郎隆房が五名全員の烏帽子親となり、それぞれに自らの名の「房」の一字を与えていく。
江良の鬼丸は房栄、三浦の常松は房清、宮川の佐之助は房頼、伊香賀の壱次郎は房明、白井の孫四郎は房胤と名を改めた。五郎は彼らを「若山の五房」と呼び、いずれも隆房に劣らぬ武勇の持ち主として諸将に披露した。
この元服の祝いが翌日にも続くと聞かされ、小太郎は不安の息を吐く。
「五郎どの、もっと早く郡山へ急ぐべきではないか」
小太郎は提言するが、五郎は一向に気にしない。
「いや。東征の折には厳島にて戦勝祈願をするは、大内の慣わし。先代様の上洛の時にも当然実行された。小太ァと太郎ォの元服の儀も、お屋形様は諸将を集めて壮大に催されたではないか。大内が大内たるには、このような形式的なことを疎かにはできん」
五郎も思慮がないわけではない。大内家の筆頭家老ともなれば、国全体のことも未来も考えなければならない。毛利だけでなく、他の安芸の国人領主たちへの対策も考えながら同時に進めていく必要がある。
総大将となった陶の当主が大規模の儀式を執り行うというのも、周辺勢力への武威の喧伝のためだ。決して無意味ではない。
五郎にも政治家としての考えあってのことであることは分かるが、もう少し効率的にできないものかと小太郎には悩みが募る。
先鋒隊は安芸国内の尼子方の国人たちに恭順の交渉を仕掛けたり、攻め落としたりをしながら進み、郡山城のある吉田の目前にまで迫ったのは十二月のことであった。
気を揉んでいた小太郎は、ここに来て胸を撫で下ろした。五郎の表情が、調整屋の政治家から武人のものへと急変していたからだ。
やはり五郎は人並外れた役者である。政治の場では威厳の演出に努めているが、戦さ場では猛将の風格が自然に輝く。
五郎は大将として戦に勝つ策を求め、小太郎は副将として応えて策を献じる。理想の連携がここに始まる。
その頃、毛利の一行が岩国駐留中の大内義隆の本軍から離れ、先鋒隊に合流した。少輔太郎が早めに郡山城へ帰還できるようにという義隆の配慮であった。
少輔太郎は先鋒隊に追いつくとすぐ、本陣へ呼ばれた。駆けつけると大内の諸将が軍議を終えたばかりだった。大将の五郎が上座に座り、その左に副将の小太郎の姿がある。山口では頻繁に会っていた三人だが、鎧兜を身につけて揃うのはこれが初めてである。五郎も小太郎も戦さ装束がとびきり似合う。少輔太郎は元服式の時以上に胸が高鳴った。
五郎は陣幕に入ってきた少輔太郎を見るや、笑顔で手招きした。側近の三浦房清に床几を運ばせ、小太郎との間に置いて着座を勧める。
「おう、太郎ォ、よく来た。ここに座れ」
「い、いえ、私は末座にて」
「いいから座れ座れ。太郎ォにとって大事な話だ」
外様ゆえの遠慮を見せる少輔太郎を、五郎は屈託のない笑顔で迎えて座らせる。少輔太郎は諸将に小さく礼をしながら床几に腰掛けた。
「太郎ォ、いよいよ故郷だな。郡山城に帰れると思うと嬉しいだろ」
「はい……。しかし、敵前で城に入るのはさすがに至難でしょう」
「安心しろ。尼子は城下を包囲していないらしい。郡山城に向かい合う青山という丘に城を築いて本陣としているようでな」
「ああ、青山ですか。山と山とで対峙している形ですね」
「そういうことだ。そこでな、今から小太ァの弘中隊百騎に、吉田の盆地を疾駆して郡山城に入ってもらう」
「えっ」
陶五郎の報告に、少輔太郎はつい声を上げた。尼子は総勢三万余と聞く。その眼下にわずか百騎で駆けては、本陣諸陣から集中して突撃を受けるのではないか。自ら命を落としに行くようなものだ。
「たった百騎で行くのですか」
「そうよ。尼子も目を剥いて慌てるはずだ。な、面白いだろ」
「なんと大胆な。それでは小太さん……いや、小太郎どのが危険すぎます」
少輔太郎は諸将の目を気にして、小太郎の呼び名を言い直した。ここは青春の山口とは違う。大人の戦場なのだ。
「なあに。そもそも小太ァが言い出した策だからな」
五郎に言われて、少輔太郎はその任にあたる小太郎の顔を見る。小太郎に恐れる様子は全くない。難なく成功させるつもりでいるようだ。
「しかし五郎どの。尼子の大軍勢が小太郎どのの百騎を狙って青山から降りてきたら、どうするんですか」
「それはそれで好機よ。我らが全軍で当たって叩けばいい。まあ尼子詮久も血気盛んな奴とはいえ、そこまで馬鹿ではあるまい。指を咥えて入城を見送るしかないだろうよ。さすが小太ァ、面白い策を考えるぜ。クククッ」
五郎は意地悪く笑う。
「それでな、太郎ォは、小太ァと共に行くといい」
「ええっ」
「すぐにも城に入って右馬頭らと再会できるのだから、結構な話だろ」
「し、しかし、私にそんなことができるんでしょうか」
五郎の提言を聞いて、少輔太郎は怖気が走った。わずか百騎での敵前疾走など、危険が大きすぎる。しかし小太郎が爽やかな表情で励ます。
「大丈夫だ、少輔太郎どの。恐らくただ駆け抜けて終わる」
「攻撃されないだろうか」
「されないだろう。もし尼子軍が追ってきても、この小太郎が少輔太郎どのを護り通す。心配無用。共に郡山城へ入って、毛利の皆を安心させよう」
小太郎の言葉に、少輔太郎はつい頷く。小太郎が口にするのを聞くと、なぜか安心できる。いつしか恐怖の念は消え失せ、小太郎を愛する家族に会わせられる喜びのほうが勝ってきた。
十二月三日。陶率いる大内軍先鋒隊はついに吉田の地へと足を踏み入れた。
南西の青山の一帯には、三万の尼子軍。
南東の住吉山の山上には、一万の大内軍。
可愛川を挟む両側の山丘に両軍が対峙している。その様子を吉田郡山城から眺めていた毛利元就は血が沸き立つ。
山陰の梟雄たる尼子と、西国の覇者たる大内。「出雲の狼」の異名を継ぐ尼子詮久に「周防の虎」の呼称を継ぐ陶隆房。天下の両雄が我が毛利の所領で睨み合っている。元就は古今東西の軍記物を夢中で読み漁ってきたが、それらの読書よりもはるかに興奮が上回る。歴史の転換点が今ここで起きているのだと実感する。
吉田郡山城での籠城戦は長期化し、城内の将兵は疲労困憊。籠城中の領民たちの兵糧の残りも心配だ。
天文九年九月に三万の尼子本軍が吉田盆地に到達してから、三千の毛利軍は尼子の猛攻をなんとか防ぎ、山口に要請した大内の援軍を待った。だが頼みの援軍はなかなか現れない。
陶隆房率いる大内軍一万が吉田に到着したのは十二月三日のことだった。
郡山城南東の住吉山に本陣を構え、陣太鼓が打ち鳴らされた。攻城中の尼子軍を牽制し籠城中の毛利軍を鼓舞するためだ。
連日の激戦で疲れ切っていた毛利の将兵は、援軍の太鼓の音で生気を取り戻す。
「さて、大内軍とどう連携していくかの……」
元就は援軍到来の安心よりも、大内軍の力量が気になっていた。
かつて陶興房や弘中興勝とは阿吽の呼吸で軍略に当たることができた。その名将たちも今やこの世にいない。今回の援軍の総大将は興房の嫡男の五郎と聞くが、五郎の軍才は分からない。さすがに父興房の天性の才腕を期待するのは酷だろうが、よほどの愚昧ではこちらも危ない。
そう気にしていた元就のもとへ、門兵からの伝達が来る。
「殿っ。少輔太郎様、ご帰還でございます!」
「……なにっ。誰だと?」
「少輔太郎様でございます。太郎様がお帰りになりました」
「まことかっ」
耳を疑った元就は、慌てて城門へと向かった。傍にいた次男の松寿丸や三男の徳寿丸もすぐに後を追う。
城門が開き、住吉山の大内軍から約百騎がなだれ込んできた。その先導役として最初に入城してきたのが、少輔太郎一行の十騎であった。
(つづく)




