喫茶店とは、人生の縮図である
喫茶店とは、人生の縮図である。
耳を澄ませれば、あちらこちらから人生が飛び込んでくる。
今、カチャリと珈琲の入ったカップを鳴らした男性は、さしずめ待ち人ありと言ったところか。
先ほどから右手に付けた時計をチラチラと見ては、店の入り口の方を見ている。
間違いないところであろう。
カラン、と戸の鈍い鐘が鳴り女性が入ってきた。
彼女は店員の誘導も無しに店の奥へと入ってゆく。
この女性だ。
きっと、大事な話をしに来たに違いない。
表情を鑑みるに、別れ話……
いや、離婚だ。
私がそう確信した時、男性が動いた。
ガタン、と少し乱暴に椅子を鳴らして立ち上がった。
そのまま女性の方に近付き---そのまま通り過ぎた。
…はて?
男性はそのまま店の入り口に向かい、
その横にある、『御手洗』と書いてあるプレートの下の扉に消えていった。
店に入って来た女性は、そのまま何事もなく店の奥の席に座る。
御手洗からは女性が出てきた。
入り口脇あたりで何やらスマホを取り出して操作を始める。
…いや、失敬。
愚考でありました。
人の不幸を邪推してみるものではありません。
とは、いえですが…
今度は流石に間違いない。
今、奥に座った女性。
入ってくるなり少し怒ったように奥に座る様子。
店員が注文を聞くも、
「ホットコーヒー」
とだけ返すその憮然とした態度。
今度こそ、これは別れ話の類で間違いない。
奥まった席に座ったのも、人に話を聞かれたくないからだろう。
推理は完璧だ。
さあ、私にあなたの人生の『答え合わせ』を見せてください---
「ユキちゃん!ごーめん!
トイレ入ってて気付かなかった!」
…
「ううん!こっちこそ遅れてごめんねしーちゃん」
…
「また旦那?」
「そう!ホントにアイツ愚図だからイライラしちゃって…」
…
…良かった。
うん、良かったのです。
この店に不幸な人は一人もいなかったのでしょう。
大変、喜ばしい事です。
私が愚行を重ねている間に御手洗から出た男性は、携帯片手に何やら話しながら外へ出ていった。
よく見ればスーツ風な姿であったし、仕事の合間だったのでしょう。
そうなれば、今日のこの店の中の人生は『幸福の縮図』で間違いないだろう。
元気に仕事に勤しむサラリーマン
旦那の悪口を言い合う主婦たち
バイトの面接をしている二人組
長年の常連客の老夫婦
実に、幸せと希望に満ちている空間ではないか。
答え合わせも済んだところで、そろそろ私はおいとまを---
「カニ、採りてぇだろ?今の時代、マグロは流行らんもんなあ」
「いや、それは流石に…」
ダン!と机から音が鳴った。
他の客からは足をぶつけた程度にしか感じないが、確かに向かいの男には強烈な威圧を与えていた。
「じゃあ、いくら返せんの?」
「いや、まあ、それは…イテテ」
男性が痛がるが、特に何をしている様子もない。
ということは、下か。
借金を返せないが、強制的な手段も嫌がる男性。
文字通り『足踏み』状態と言うべきか…。
私はふと思いついた考えに思わず笑いそうになったが、彼らの手前絶対に顔には出さない。
同時に、確信した。
真に、喫茶店とは人生の縮図である、と。
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「な〜んて、思ってんでしょう、ねぇ?マスター」
先ほど帰ったスーツの男性の、少し飲み残した珈琲を捨てながら店員は呟いた。
カップを軽くすすぎ洗浄機の下に並べる。
「キョロキョロしたりニヤニヤしたり、常連さんとはいえちょっと気持ち悪くないっすか?」
「…まあ、今のところクレームも来てないから、ねえ」
そう言いつつも、さっき一通り見終わりに立ちあがろうとした時は「帰ってくれ…」と願っていたのは間違いない。
…さて、どうしたものか…
「とりあえず、あの人に珈琲おかわり聞いてきて。あと、『ベーリング海』さんは遠回しにお帰りいただいて」
「…うす」
喫茶店は、人生の縮図である。
もしそうならば、私の縮図は日々平和な混沌で足湯でもしているのだろう。




