第九章 特務員
姫は一枚の写真を机の上に置いた。
「今回は、この男を探してほしいの」
写真の端を指で押さえながら、続ける。
「うちの特務機関が、昨日の夕刻。駅前の路地で――」
今度は地図を広げ、赤いペンで印をつける。
「ここで見失ったの」
ナギが写真を覗き込む。
「私たちが追うってことは……普通の人間じゃない、ってことよね?」
「ええ。かなり人通りの少ない場所だから」
その瞬間、セントが口を挟んだ。
「きっと、そこを通ったのは四人だ」
一同が視線を向ける。
「その壁の向こうの二人と」
姫は思わず身を乗り出す。
「……どうして、わかるの?」
セントは答えず、紙にさらさらと二つの住所を書き出した。
「あと二人は、ここにいます」
そのままメモを机に置いた瞬間――
部屋の壁の向こうから、ぬっと二人の男が現れた。
ひったくるようにメモを掴み、無言で部屋を飛び出していく。
「……」
姫は目を丸くしたまま固まる。
「な、なんでわかったの?」 「コールドリーディング?」 「それとも占い?」
セントは肩をすくめる。
「コイン」
「……コイン占い?」
セントは返事の代わりに、コイントスをした。
くるり、と宙を舞ったコインは床に落ちず、姫の周囲をくるくると三周し――
突然、口を開いた。
「オレ、コイン。よろしく」
「えっ……!」
姫の目が一気に輝く。
「コインモンスター、初めて見た……!」
セントが指でゲームコインを弾くと、
そのコインを、コインがパクリと飲み込む。
ぷるぷると震えたかと思うと――
ポン。
新しいコインが一枚、産み落とされた。
さらに、もう一枚。
また一枚。
「……増えた?」
増殖したコインたちは、楽しそうに姫の周囲をくるくる回っている。
セントが淡々と言った。
「そうやって増えて、この街の九割はコイツの分身」 「こいつに、この街で分からないことはほとんどない」
姫はしばらく呆然としてから、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい」 「ナギさん、ヒマリさん、ケンタさん、ハルトさん」 「仕事が、終わってしまいました」
ナギが即座にツッコむ。
「まだ二十分も経ってないじゃない」
ケンタはセントの首を掴み、左右にぶんぶん振った。
「もう少し手ぇ抜け! これじゃ稼げねぇだろ!」
姫は慌てて止めに入る。
「だ、大丈夫です!」 「今日はここで二時間、雑談していってください」 「私の裁量で、六千円お支払いします。それで、いいですよね?」
そして、にこりと微笑む。
「私は、セント様の能力を上司に報告してきます」
―――数日後。
姫は大型バンの中にいた。
車内は計器とモニターが並び、即席の指令室になっている。
「敵の拠点が判明しました」
ケンタが拳を握る。
「オレたちの出番ってわけだな」
「ええ。特務員が拘束されています」
ナギが即答する。
「助け出さないと」
その時――
バンの扉が開いた。
そこに立っていたのはセント。
彼の背後には、グレー一色の異界が広がっている。
「この人たちだろ」
彼はそう言って、二人の男を車内に放り込んだ。
「……えっ」
姫の声が完全に裏返る。
ナギは何事もなかったかのように言った。
「じゃ、行ってくるわね」
「……あ、はい」
セントが続ける。
「一人は、眠らせてきた」
姫は恐る恐る尋ねる。
「……中に、複数人いたのですか?」
「一人だ」
「…………」
沈黙。
そこへナギが戻ってくる。
「姫ちゃん、連れてきたよ」
「……じゃあ、なんで犯人まで連れてこなかったの?」
セントはあっさり答えた。
「アイツらの仕事だから」 「オレの仕事は、仲間を危険な目にあわせないこと」
姫は一瞬言葉を失い、
次の瞬間、セントの頬にそっとキスをした。
「……あなたって人は」
セントは、少しだけ困ったように笑った。




