第二十二章 魔法
あきの
「ヤギさんには――エンビ服が似合うと思うの」
姫
「……は?」
あまりにも唐突な一言。
空気が一瞬、止まった。
姫
「何を言い出すのよ、いきなり」
あきの
「直感よ。これはもう運命レベル」
「絶対似合う。世界がそう言ってる」
姫は目を細める。
――来た。
一度言い出したら絶対に引かないモード。
姫
「……却下」
あきの
「却下を却下」
姫
「意味わかんない理屈やめなさい」
あきの
「ヤギ+エンビ服=正義」
「これは数式で証明できる」
姫
「できるわけないでしょ」
沈黙。
数秒のにらみ合い。
先に折れたのは――姫だった。
姫
「……分かったわよ」
「明日から着せる」
あきの
「やった」
即答。
勝利の笑み。
あきの
「異世界帰還の英雄よりヤギ男を選ぶとは」
「お姉様、ほんとかわいいものに弱いよね」
姫
「…………」
図星。
反論不能。
あきの
「エンビ服は絶対だからね」
次の日
姫
「――というわけで、これが貴方のユニフォームよ」
差し出されたのは、
完璧に仕立てられた黒のエンビ服。
セント
「…………」
無言。
だが拒否もしない。
姫
「それと――仕込み杖」
「中にはタングステン製の刀が入ってる」
「どうせ使わないって言ったんだけどね」
セントは静かに杖を受け取る。
ゆっくり――
刃を抜く。
その瞬間。
ボウッ――
刃に、紅蓮の炎がまとわりついた。
姫
「……は?」
予想外。
設計外。
完全に仕様外。
姫
「そんな機能、付けてないはずだけど」
セント
「魔法」
短い。
それだけ。
姫
「いや説明になってないのよ」
だが目は離せない。
揺れる炎は、ただの火ではない。
神域の熱。
姫
「タングステンは耐熱性あるから壊れないけど……」
「重くないの?」
セントは無言で振る。
ヒュン。
ヒュン。
ヒュン――。
空気が裂ける音。
姫
「……嘘でしょ」
「それ、重金属よ?」
姫が持った時は、
持ち上げるだけで腕が震えた。
なのに――
姫
「羽みたいに振ってる……」
姫
「他にも魔法、使えるの?」
セントは答えず、
台所のリンゴを見る。
一瞬の静寂。
セント
「――風の牙」
次の瞬間。
ザクッ。
リンゴが、
まるで透明な獣に噛み千切られたように
歯型状に削り取られた。
遅れて、風が鳴る。
姫
「……へえ」
感嘆。
だが同時に――
背筋に走る寒気。
姫
「その炎の剣……」
「出しっぱなしにできるの?」
セントは、うなずく。
セント
「オレは神に近い」
静かな声。
誇張も虚勢もない。
事実だけを述べる響き。
セント
「MPが尽きたことは――一度もない」
沈黙。
姫
「……自分で神って言うんだ」
セント
「ディオニュソスは」
「ゼウス亡き後、主神と呼ばれた存在だ」
炎が揺れる。
セント
「その神に最も近い僕なら――」
言葉は続かない。
だが、必要もない。
姫は理解した。
姫
「……なるほど」
ゆっくり息を吐く。
姫
「想定以上の戦力ってわけね」
国家規模。
戦争規模。
いや――
神話規模。
セントは何も言わない。
ただ静かに、うなずく。
その瞳の奥には、
炎より深く、
闇より静かな、
神に連なる者だけが持つ確信が宿っていた。




