第十九章 魔法店長
特務機関の応接間に一歩足を踏み入れた瞬間、
姫は思わず呼吸を忘れた。
そこには――
ボンテージ姿で、色気を隠す気など微塵もない熟女が、
堂々と腰を下ろしていた。
苛立ちを隠そうともしない眼差し。
低く、腹の底から響く声。
「……私が、なんでこんな訳のわからない場所に
出張しなきゃならないんだい?」
彼女は、そばに立つ山羊顔の男――セントの背中に、
まるで湿布でも貼るような仕草で何かを押し当てている。
姫は言葉を失い、ただ様子をうかがった。
「――二度と呼ぶんじゃないよ」
吐き捨てるように言い放つと、
熟女はコインをひとつ弾き、
そのまま空気ごと掻き消えるように消失した。
静寂。
姫は我に返り、堪えきれず声を上げる。
姫
「なになに!? どういうこと!?」
コインは肩をすくめ、どこか疲れ切った顔だ。
コイン
「こないだ、エリクサー持って来ただろ?」
姫
「……それで?」
コイン
「元いた世界の皇帝の収納空間から」
「――クスネた」
姫
「それで?」
コイン
「オレがめちゃくちゃ怒られて」
「皇帝の収納空間、出入り禁止」
姫
「ウンウン……」
頷きながらも、嫌な予感が背中を這う。
コイン
「で、セントには収納がないって言い訳したら」
「魔法店主を連れて行けってさ」
姫
「……それなら、セントも帰れるんじゃないの?」
一瞬、希望が浮かぶ。
だがコインは即座に首を振った。
コイン
「無理だな」
「コイツ、かなり長いこと閉じ込められてた」
「トラウマで、帰りたくないんだと」
姫
「……じゃあ、さっきの……
シップみたいなのは?」
コイン
「ああ」
「人工皮膚に収納魔法紋を刻んで、貼るタイプ」
姫
「……何それ」
「最先端医療すぎない?」
呆然としたまま続ける。
姫
「あなた達、古代から来たんでしょ?」
「あんなシップみたいなので、収納魔法使えるの?」
コイン
「時代は関係ねえよ」
姫はセントの背中をまじまじと見る。
姫
「……でも、セントの背中」
「魔法紋、見えないわよ?」
コイン
「その上から、見えないように人工皮膚貼った」
姫
「……よかった」
心底、安堵の息。
姫
「入墨じゃなくて、本当によかった」
コイン
「なんでだよ」
姫は、少し照れたように、
それでもはっきりと言う。
姫
「今度できた、波の出る温水プール」
「一緒に行きたかったんだもん」
コイン
「……は?」
姫
「波の出る混浴温泉」
「日本初・ヌーディストビーチが味わえる温泉なの」
「だから、入墨入れられると困るの!」
一瞬の沈黙。
コイン
「……そうかよ」
「そうかよ、じゃーな」
呆れと諦観が混じった声を残し、
コインは空間の隙間に溶けるように消えた。
残された姫は、
しばらくその場で、ひとり頬を緩めていた。




