第十章 霊体
姫は闘っていた。
放たれた八本のクナイが、空中で蛇のようにうねり、円環を描く。
――八角形。
計算し尽くされた軌道が、霊体の胴を正確に包み込んだ。
姫
「ヨシッ」
次の瞬間。
八角形の“内側”だけが――
スッパリと消失する。
切り取られた空間に支えを失い、霊体は形を保てず、霧のように崩れ始めた。
その刹那。
――ドンッ。
重い衝撃が、姫の溝落ちに突き刺さる。
男
「消されると困るんですよ」
気づいた時には、姫の背後に男が立っていた。
姫
「……なぜ、アナタが……」
視界が一気に暗転する。
意識は、刈り取られた。
コイン
「姫、攫われたな」
運転手がタクシーに滑り込むように乗り込んでくる。
運転手
「普段はタクシーの運転手をしておりまして」
「――セント殿。姫はどちらへ?」
スマホのナビを構えながら問う。
セント
「地図」
運転手はダッシュボードから紙の地図を取り出す。
セント
「……ここだ」
指差した先は、特務機関の施設だった。
ケンタ
「本当に姫ちゃん、こんなとこに監禁されてんのか?」
次の瞬間。
セントが“グレーの世界”から、裸の美少女を車内へ放り込む。
ナギ
「見ちゃ駄目!」
即座にハルトの目を塞ぐ。
ヒマリも慌ててケンタの目を塞いだ。
ヒマリ
「私だけ見なさい!」
……無理な話である。
セント
「起きろ。何があった」
姫
「上司に、なぜか仕事を邪魔された」
裸であることに、一切の動揺がない。
ナギ
「その度胸は尊敬するけどさ」
「とりあえず、これ着て」
ジャージを差し出す。
ケンタ
「討伐失敗なら、オレ達の出番だな」
姫
「……きっと無理」
冷ややかに言い放つ。
姫
「相手はポルターガイストよ」
ナギはハルトにしがみつく。
ナギ
「私、その手の話苦手……」
ヒマリもケンタの手をぎゅっと握った。
ナギ
「問題はその“上司”よね」
「なんで姫ちゃんの邪魔を?」
その時。
建物から、着衣の乱れた男が飛び出してきた。
額から血が滲んでいる。
運転手
「……車を出しますかな」
タクシーは、静かにその場を離れた。
ケンタ(小声で)
「お前、殴ったのか?」
セント
「扉を開けたら、当たって気絶してた」
運転手
「黒い影が三体、追ってきますな」
姫
「撃退します。そこの公園に逃げ込んで」
公園の駐車場に車を滑り込ませる。
姫
「しまった……私の武器、全部事務所だわ」
ナギ
「うっかりちゃんかい!」
三体の霊体が車を取り囲み、
ガン、ガンと車体を揺らす。
ヒマリ
「来ないで! 近寄らないで!」
そこへ。
赤いスポーツカーが急停止した。
姫の上司だ。男は地団駄を踏んでいる。
男
「せっかく姫を部下にして、言うことを聞かせてから」
「加茂家の養子になる計画が……!」
姫
「私をものにしたいなら」
「“したい”って言えば、相手して差し上げたのに」
ナギ
「ダイタン……」
姫は、車のドアを開ける。
姫
「私が上司の元に行けば、収束するでしょう」
一同は車を降り、見送る。
――セントだけが。
なぜか、羊の顔になっていた。
ナギ
「ビックリさせるな!」
「変わるなら変わるって言ってよ!」
その瞬間。
セントの影から、死神が三体、姿を現す。
黒い影を、鎌で――
バッサリ。
刈り取られた黒影は引きずられ、
やがて、薄く消えていった。
男
「ギャァァァ――!」
獣のような悲鳴を上げ、男は崩れ落ちる。
振り返ると、セント羊は人の姿へ戻りかけていた。
姫は駆け寄り、セントの顔を掴み――
頬にキスをする。
ヒマリ
「姫ちゃんって、キス魔よね」
ナギ
「……否定はしない」
ナギ
「上司さん、どうだった?」
目を見開き、青筋を立て、泡を吹く男の姿を思い出す。
姫
「霊体がかなり薄くなってる」
「存在自体が希薄よ。今夜が山場かも」
数名の山伏が、病院へ駆け込んでいく。
姫
「私は彼がダーリンになってもよかったのですが」
「……なぜ、こんな事に」
セント
「コイツらのせいだ」
ハルトとケンタを指差す。
コイン
「近頃、男が周りをうろつきはじめて」
「姫もまんざらでもないって、周囲に漏らしてたらしい」
全員
「お前のせいだろ!」
合唱。
ナギ
「鈍い。鈍すぎる」
姫
「私、寝る時は羊を数えて寝るの」
「だから羊と寝るのも大丈夫よ」
ナギ
「何の話をしているの?」
「みさとの役目を取らないで」
姫は、目に見えて凹む。
姫
「……みさとさんとは、もうそんな関係なんだ」
ナギ
「姫ちゃんでも凹む事あるんだ」
セント
「魅了」
姫の瞳がとろんと潤み、頬に紅が差す。
ナギ
「なんでこんな時に魅了使うのよ!」
「姫ちゃん、本当に惚れちゃうでしょ!」
セント
「その娘は、オレに惚れてるんじゃないのか」
ナギ
「話をややこしくしない!」
ケンタ
「ヒマリ、オレだけを見るんだ」
ナギ
「ヒマリまでかかっちゃったの!?」
「……これ、どうすんのよ」




