『火のあと』
春。
町の桜は、今年も同じ場所で咲いた。
役場の建物は変わらない。
看板も、窓も、少し古くなっただけだ。
だが――
中にいる人間は、少しだけ変わった。
高橋は、観光課の隅の机に座っている。
肩書きはない。
嘱託。週三日。
誰も、彼を町長代行とは呼ばない。
それでいい。
「高橋さん、これ見ました?」
若い職員が、チラシを持ってくる。
「川辺の小さな市」
派手なロゴも、煽り文句もない。
主催は、商店街と有志。
「許可、通しておきました」
「規模、かなり小さいですけど」
高橋は、笑った。
「十分だよ」
外では、商店街のおばちゃんがテントを立てている。
農家のおじいちゃんが、野菜を並べる。
人は多くない。
テレビも来ない。
でも、
笑い声はある。
南川町の若い職員・佐々木も、来ていた。
今は、異動でこの町にいる。
「……あの時は、すみませんでした」
高橋は、首を振る。
「守ろうとしたんだろ」
佐々木は、少し泣きそうに笑う。
「はい」
川辺。
子どもが石を投げ、
水面に波紋が広がる。
大きな火はない。
でも、小さな火が、あちこちにある。
高橋は、ベンチに腰を下ろす。
無人島の夜を思い出す。
あの火は、消えた。
だが、
町の火は、消えなかった。
形を変え、
目立たなくなり、
それでも、残った。
スマホが震える。
知らない番号。
「もしもし」
「高橋さんですか」
「別の町で、
少し相談したいことが」
高橋は、空を見る。
「……話だけなら」
電話の向こうで、
安堵の息。
通話を切り、
川を見る。
子どもが、転び、笑い、立ち上がる。
町おこしは、成功でも失敗でもない。
生き方の練習だ。
高橋は、立ち上がる。
「よし」
誰に言うでもなく。
桜の花びらが、
静かに、川に落ちた。
火は、もう燃え上がらない。
でも――
消えない。




