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『火を消した手』

 

 山本は、夜の事務所で一人、机に向かっていた。


 古い蛍光灯。

 壁には、歴代町長の写真。


「……またか」


 スマホの画面。

 高橋の辞任を伝えるニュース。


 山本は、溜め息をついた。


 ――悪者になったつもりは、ない。


 山本が町議になったのは、三十年前。

 高度経済成長の残り香が、まだ町にあった頃だ。


 あの頃の町おこしは、簡単だった。

 補助金を取る。

 道路を通す。

 箱を作る。


 火は、管理できた。


 だが、時代が変わった。


 人が減り、

 金が減り、

 信頼だけが、最後に残った。


 だから山本は、

 火を外に見せるのが怖かった。


「危ない」

「炎上する」

「責任が取れない」


 それは、本音だった。


 だが――

 それだけじゃない。


 机の引き出し。

 古いファイル。


 中には、過去の事業資料。


 失敗した町おこし。

 補助金返還。

 新聞の批判記事。


 そこに、若い頃の自分の名前。


 山本は、紙を撫でる。


「……二度も、同じ火は見られん」


 あの時。

 自分が進めた事業で、

 仲間が責められ、辞めていった。


 町を守ろうとして、

 町を傷つけた。


 だから、次は“守る側”に回った。


 リークは、山本じゃない。


 だが、きっかけは山本だった。


 あの日、役場の廊下。


「君も、危ないと思わないか」


 山本は、若い職員・佐々木に言った。


「このままだと、

 町ごと燃える」


 佐々木は、真面目だった。


 不器用で、正義感が強い。


「でも……住民は喜んでます」


「喜びは、一瞬だ」


 山本は、静かに言った。


「炎上したら、

 君が責任を取れるのか」


 その夜。

 佐々木は、眠れなかった。


 彼の父は、昔、町の事故で亡くなっている。

「安全軽視」という言葉に、弱かった。


 佐々木が、資料をコピーした。


 正義だと思った。


 最初のリーク。

 次に、誰かが乗った。


 記者。

 ブロガー。

 政治家。


 火は、制御不能になる。


 山本は、すべてを知ったとき、

 止められなかった。


 止めたら――

 自分の言葉が、間違っていたと認めることになる。


 だから、黙った。


 結果、

 高橋が、燃えた。


 山本は、写真の中の町長を見る。


「……守ったつもりで、

 一番大事な火を、歪めたな」


 そのとき、

 事務所の電話が鳴る。


「……山本です」


 受話器の向こう。


「内部リークの件で、

 お話を伺いたい」


 第三者委員会だ。


 山本は、ゆっくり立ち上がる。


 自分も、

 光の下に出る番だ。


 窓の外。

 町の灯りは、減ったままだ。


 だが、

 完全には、消えていない。


 山本は、思う。


 火は、

 怖い。


 だが――

 怖れだけで触れば、必ず歪む。

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