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『見られる火』

 県庁の公用車が、町役場の前に止まった。

 黒いボディに白い文字。

「県地域振興課」。


 その後ろに、見慣れないワゴン車。

 側面には、テレビ局のロゴ。


 高橋は、嫌な予感しかしなかった。


「視察は聞いてたが……カメラまでとはな」


 石田が小声で言う。


「“話題の町おこし”ですからね」

「火は、遠くからでも見える」


 会議室。

 県職員、町長、議員、南川町の代表、

 そして、マイクとカメラ。


 レンズが向けられた瞬間、

 空気が変わった。


「本日は、町おこしイベントについて――」


 県職員が、無難な口調で切り出す。


 だが、マスコミは待たない。


「安全対策は十分ですか?」

「事故が起きた場合、責任は?」

「税金の使い道として妥当でしょうか?」


 矢継ぎ早の質問。

 高橋は、無人島で嵐が来る前の匂いを思い出す。


 これは、焚き火じゃない。

 焚き付けだ。


「安全管理計画は――」


 石田が答えようとした、その時。


「ちょっといいですか」


 町議会の反対派、古参議員・山本が口を挟んだ。


「私は、この企画には当初から懸念を示してきました」


 高橋の背筋が凍る。


「町民の皆さん、テレビをご覧の皆さん。

 このイベント、危険性が過小評価されています」


 カメラが、山本に寄る。


「事故が起きてからでは遅い。

 私は中止も含めて、再検討すべきだと――」


 ざわめき。


 高橋は一瞬、口を開きかけて、閉じた。

 今、感情で火に油を注げば終わる。


 そのとき、

 後ろの方から、か細い声。


「……違います」


 マイクはない。

 だが、静まり返った部屋に、はっきり届いた。


 商店街のおばちゃんだった。


「危ないことなんて、昔からあったわよ」

「でもね、あの祭りで、久しぶりに孫が帰ってきたの」


 カメラが揺れる。


「町が静かで安全でも、

 誰もいなくなったら、

 それ、もう町じゃないでしょう?」


 一瞬、放送事故の空気。


 ディレクターが慌ててハンドサインを出す。


 県職員が制止に入ろうとするが、

 もう遅い。


 別の声。


「俺もだ」


 農家のおじいちゃんだ。


「怪我? そりゃ怖い。

 でもな、畑に一人で倒れて、

 誰にも見つからん方が、よっぽど怖い」


 空気が、逆方向に燃え始める。


 山本議員が声を荒げる。


「感情論だ!

 行政は感情で動くべきではない!」


 高橋は、ゆっくり立ち上がった。


「おっしゃる通りです」


 意外な言葉に、全員が注目する。


「だからこそ、

 感情を無視した行政は、必ず失敗する」


 カメラの赤いランプが点く。


「今回の町おこしは、完璧じゃありません。

 危険も、失敗も、批判もあります」


 高橋は、一呼吸置く。


「それでも――

 この町は、もう一度“生きよう”としました」


 沈黙。


 記者が、小さく呟く。


「……使えるな」


 その夜。

 ニュースのテロップ。


「賛否渦巻く町おこし 住民の声は?」


 SNSは、燃えた。


 称賛、批判、揶揄、切り取り。


 高橋は、スマホを伏せる。


「……来たな」


 石田が言う。


「炎上です」


 高橋は笑った。


「無人島なら、

 もう雨乞いしてるところだ」


 窓の外。

 町の灯りは、まだ消えていない。


 だが――

 風向き次第で、全部焼ける。

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