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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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結婚記念日の苺のケーキ(3)

 翌日。朝から雨だった。今日もカフェでバイト中だったが、テイクアウト客ばかりで全く忙しくない。むしろ暇だった。


 厨房で店長が使った調理器具の軽量カップ、スプーン、ナイフなどを洗っていた明日香だったが、すぐに終わってしまう。


「岡辺さん、今日はもう早めに店じまいしようと思う」

「え、そんな自由でいいんですか?」

「うん。っていうか、私がこの店の主人だし。あ、時給はちゃんといつも通り出すよ」


 ここでなぜか店長は言葉を切り、笑顔を見せた。


「その代わり、岡辺さんの歓迎パーティーしよう」

「え、でも」

「実は色々用意しているんだ」


 笑顔でそんな事を言われ、断れる人はいないだろう。


 明日香は店長に言われるがママ、カフェのドアに「準備中」のプレートを出しに行った。まだ雨は降り続け、猫のムンキも退屈そうにソファの上で鳴いている。窓の外からはポツポツと雨音が響き、ムンキの鳴き声と混じり合う。


 戻ってくると、カフェのテーブルの一つにシナモンロールやコーヒー、それにポテトチップスが並べられている。淹れたてのコーヒーは香り高く、店長はもう一つカップにコーヒーを注いでいた。カップは北欧風の雫柄。雨の日にはピッタリのコーヒーカップ。それに白樺柄のランチマッチもこのカフェの雰囲気にピッタリと合ってる。


「ま、ささやかだけど、岡辺さんの歓迎パーティーしよう」


 店長が軽く手を叩き、歓迎されてしまう。明日香は恥ずかしかったが、逃げ出す事などできない。猫のムンキの鳴き声を聞きつつ、このささやかなパーティーを楽しむ事に決めた。


 パーティーといっても、テーブルの上にある軽食を楽しみ、コーヒーを飲む感じだったが。パーティーというよよりは、北欧のコーヒーブレイクタイム・フィーカの延長といったところ。


「店長、北欧ではポテトチップスはケチャップやマヨネーズ、サワークリームをディップして食べるんですか?」


 実際、店長は今、ポテトチップスをディップしながら食べていた。日本ではあまりメジャーなではない食べ方。明日香も一枚ケチャップをつけて食べてみたが、すぐにお腹いっぱいになりそう。罪深い味。


「北欧っていうか、フィンランドではこの食べ方が一般的」

「そうなんだ」

「ディップソースに入れる不思議な粉もあってね……」

「なんですか、それは!」


 店長から聞くフィンランドの食事情が楽しい。コーヒーの消費も世界一でスタバも少ないとか。森で焚き火をしてコーヒーを飲む事もあると楽しそうに語ってる。


「森のコーヒーか。すごい、ムーミンの世界じゃないですか」

「そうかな? ムーミンといえば、僕は顔が見えなくなったニンニのエピソードも好きでね」

「あ! それ、アニメで見た事あります!」


 話題はフィンランドの事ばかりだが、明日香にとっては未知な世界で楽しい。話を聞くだけでも、ちょっとした旅行気分を感じてしまう。


 コーヒーも美味しく、ついついおかわりを頼んでしまうぐらい。アルコールでも無いのにに楽しくなってきた。


「あれ、岡辺さん。笑ってるね?」


 おかわりのコーヒーを注いで渡してくれた店長は、屈託のない笑顔を見せた。目尻に皺ができ、余計に人懐っこい。第一印象のとっつきにくさが嘘のよう。


「そうですか?」


 明日香は頬のあたりを触りながら呟く。自分では全くわからないが、おかわりのコーヒーも美味しい。


「さっきまでの仕事中はちょっと緊張しているかなって思ってたけど」

「そうですか?」

「フィーカの力かね? まあ、今はフィーカじゃなくて岡辺さんの歓迎パーティーだけど」


 ここで何故か店長は明日香と向き合い、軽く頷く。


「お母さんの様子は?」


 正直、今は聞きたくもない話題。


「やっぱり怒った?」


 そう聞かれて明日香は首を振った。


「逆に何も言わないのが不気味で。何か母の様子がいつもと違うのも気持ち悪くて。ぼーっとしたり、ため息をついたり」


 店長は聞き上手らしい。何でも否定せずに聞いてくれるものだから、ついつい余計な事も話してしまう。母との居心地悪い過去、他人目を気にしてしまう事なども、うっかり口を滑らせてしまったが。


「あれ? 話していると、頭がスッキリとしたというか、安心してきました」


 理由は全くさわからないが、言いたい事を全部外に出してしまうと、心だけでなく、頭が冴えるような感覚もした。もしかしたらコーヒーのカフェイン効果かもしれないが、話しているうちに問題も整理できてきた。


「でも、母の事は母しかわかりませんよね。私が何を心配しても無駄っていうか」


 結局、親子といえども他人だ。いくら明日香が気にしても仕方ない面もある。逆いえば母も明日香を心配しても仕方がないという事なのだろうか。


「そうだね。結局は親子でも分かり合えない所とか、どうしてもある。別に親も全能な神様ではないし、未熟な部分も多いんだろう。親だからって完璧な人間っていないから」


 ここでようやく店長は、自分の意見を言う。


「店長、話聞いてくれてありがとうございました。このコーヒーも。ポテトチップスもシナモンロールも」

「私は話を聞いただけだよ」

「それでも、ありがとうございます」


 誰かに話を聞いてくれるだけでも、救われるものもあるのかもしれない。


 ソファの上でゴロゴロしていた猫のムンキだが、ぽてぽてと歩いて明日香の足元へやってきた。


「くムンちゃん? 何?」


 店長は猫のムンキ背中の頭を撫でて、さらに目の尻が下がっていた。


「ミャーオ……」


 再び鳴き声が響く。窓の外の雨音も相変わらずだった。

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