表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/41

結婚記念日の苺のケーキ(2)

 カフェで行われた名村の誕生日パーティーは、常連客も集まり、和やかな雰囲気のまま終わった。明日香もアイスコーヒーを給仕したり、ケーキを切り分けたり、そこそこ忙しいかった。洗い物の片付けもへとへとになるぐらいだったが。


「岡辺さん! これ、お土産」

「え? いいんですか?」


 帰りがけ、バックヤードでエプロンを外し、帰りの支度をしていると、店長からケーキボックスを渡された。ケーキボックスはここのカフェのロゴも印刷され、テイクアウトや配達用に利用しているものだ。案外、テイクアウト用にケーキやパンを買って行く客も多く、このバックヤードに保管いるケーキボックスの在庫も切れやすく、店長に発注を頼む事も多かった。


「うん。今日の苺のケーキとシナモンロール。あまりだけど」

「いえ、嬉しいです!」

「お母さんと食べて」


 店長はサラッと言う。何の意図もなさそうだったが、母に「ここのバイトの件も話してみたら?」と提案しているのだとうか。急に手に持っているケーキボックスが重く感じる。


「まあ、大丈夫だよ。岡辺さん」

「何が?」

「おつかれさま」


 ナチュラルにはぐらかされ、結局、明日香は何も言えず、家路に着く事に。


 いつの間にかもう夕方。空はうっすらとオレンジ色に染まり、風も春の割りに冷たい。仕事の疲れもあったが、今日はお土産つき。母の事を思うと、別に笑顔にはなれないが、これをきっかけにバイトの事も話しても良いだろうか。


 そうは言っても母の仕事も忙しいらしい。学校を退職した後は、不登校など少し問題のある生徒達の支援や勉強の面倒などを仕事にしていた。


 家に帰っても母はまだ仕事中らしい。家には明日香一人しかいなかった。


 仕方ないのでケーキボックスはそのまま冷蔵庫にいれ、夕飯の準備をはじめた。作り置きの煮物やスープ、ご飯を温め直しただけだったが、テキパキと終わってしまった。おそらくカフェでバイトをしながら、段取り力もついてしまったのだろう。バイトといえどもカフェで働くと、頭の回転が早くなっている感覚も覚えた。


 こうして食卓の準備が整った頃、母が帰ってきた。


「ただいま。って、もう夕食の準備できてるのね」

「うん。冷蔵庫にあった作り置きだけど」

「まあ、いいわ。お腹減ったし、食べる」


 母は手を洗うと、食卓についた。明日香も母と向き合って座り、食べ始めたが、母は無言だった。いつもだったら、仕事の愚痴、明日香への小言、政治家や日本の将来への不安をこぼすものだが、今日はもくもく箸を動かしていた。


 母は背筋を伸ばし、箸の使い方も完璧と言っていいほど綺麗。学校の先生だけある。マナーには厳しかったが、明日香はこの沈黙に耐えられない。子供の頃も食事のマナーについて怒られた事も思い出し、全くご飯の味も感じられない。


 母と一緒にいると、こんな風に変に緊張する事があった。監視されているような、自由がないような感覚。大人になった今でも他人目も気になる。誰かに嫌われるのも怖い。服装やメイクだけでなく、ろくな定職に就けない現状にも。確かにカフェで働き始めて少しは緩和された部分もあったが、母と一緒にいると、過去に引き戻されたようだ。


 また一人暮らしをしたらいいんだろう。一番の解決策は分かってはいたが、お金、仕事、部屋探しという現実的な問題に気が重い。まだまだだ人生迷子中である事を実感してしまい、腹の底まで重くなってくる感覚が襲う。


「お、お母さん。ケーキあるんだけど、食べる?」

「は? ケーキ?」


 夕飯を食べ終えた後、明日香は自分から提案する事にした。もっとも沈黙に耐えかねて思わず言ってしまったと表現する方が合っているかもしれないが。


「バイト先のカフェからもらって」

「は? スキマバイト?」

「いや、スキマバイトだったんだけど、直雇用された。週に数回でフルタイムじゃないけど」


 そう言いながら、ケーキボックスから苺のケーキを皿に盛り、母の前に置く。


 ケーキ効果か不明だが、母の反応はあっけないものだった。


「へえ。いいんじゃない。カフェね……」


 てっきりガミガミと小言を言われると思っていた明日香は、口をぽかんと開けてしまいそうになった。


「この苺ケーキ何? 日本の苺ケーキと違う。苺をカットしているの? こうして見ると花びらみたいじゃない」

「実は北欧風のカフェでバイトしてて」

「へー」


 それ以上、母は何も言わず、フォークを渡すと、食べ始めていた。


 明日香もコーヒーを淹れ、お土産のシナモンロールを食べていたが、母は無言。ずっとフォークを動かし、咀嚼しているだけで何も言わない。


 表情もなく、何を考えているのかさっぱりわからない。小言を言われる事も覚悟していたのに、拍子抜け。同時に違和感も覚えた。


 母の様子が変だ。いつもと違う。


「はぁ……」


 それにケーキを食べら後もため息こぼしていた。カフェでは大評判だった苺のケーキだ。味には絶対不満は無いはずだが、この態度は?


「お母さん、あの……」


 こんな母に思わず話しかけようとしたが、無視された。再び深いため息をつき、空のお皿を見つめている。


「え?」


 確かに小言を言われないのは良かったが、明日香はちっとも笑えない。母の様子が変だ。更年期障害の時もこんな雰囲気はなく、漢方薬なども色々調べてメンタルは元気そうだった。


 それなのに今、目の前にいる母は、変だ。明らかに何かを悩んでいる。


 明日香は首を傾げながら、夕飯の洗い物を始めていた。こんな母の様子は初めて見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ