番外編短編・エッグコーヒー
ここは北欧風カフェ・午後三時のフィーカの厨房だ。ステンレスが目立つ一般的な厨房だったが、食器棚にある皿やコーヒーカップは北欧らしいデザインのもので溢れている。雫、雪の結晶、花、リスなど。
当然、流し場の食器類もそう。食洗機が使えないものも多く、ここのカフェのバイト・岡辺明日香は丁寧に洗い上げいる。
明日香は転職に失敗中の訳アリアラサー女性。ひょんな事からスキマバイトで入ったこのカフェで週に数回は働くようになった。
店長は雨川麦という。フィンランド人と日本人のハーフで、本業はキリスト教の宣教師だ。副業として不定期に開いているカフェだったが、北欧風のパン、ケーキ、コーヒーが楽しめると地元民に愛されているという。
「店長、洗い物は全部終わりました!」
明日香は洗い物の仕事が終えると、店長に報告。髪は短く、白シャツ、ジーンズ、エプロンという地味な格好の店長だったが、ハーフらしく目鼻立ちが整い、少々とっつき難くも見える。年齢は三十歳ぐらいだが、明日香は実年齢は知らない。背も明日香よりだいぶ高く、話す時は視線を上げる必要がある。俗っぽい言葉でいえば「イケメンカフェ店長」だったが、話すと案外気さくだ。
「おお、ありがとう。っていうかもう定時だね。お疲れ様」
「お疲れ様です。というか、店長、何を作っているんですか?」
帰ろうと思ったが、店長は作業台の上で何か作っていた。驚いた事に挽いたコーヒー豆に卵を殻ごと入れて混ぜてる。
「殻ごと!?」
コーヒーのいい匂いがしたが、これには明日香の目が丸くなる。
「これは北欧式のエッグコーヒーだ。殻ごと作るっていうとお客様が引いちゃって、メニューから排除してる」
「それは引きますって」
「でも北欧からアメリカのミネソタにまで広がってる。スカンジナビアン・エッグコーヒーとも言う。ミネソタが舞台のミステリー小説なんかにもよく出てくる。元々は質の悪いコーヒーを美味しく飲む為のものだったとか」
店長はそんな豆知識を披露しつつ、手際よくコーヒーを作っている。沸騰したお湯に、先程のペーストを投入し、しばらく煮詰めていた。それが終わると、冷水を注ぎ、沈殿させるのを待ち、濾しながら、ゆっくり丁寧にカップに注いでいた。
確かにこうして見ると、卵の殻や中身が入ったコーヒーには見えない。色は少し普通のコーヒーより澄んで見えたが、ここだけ見ると卵の気配は感じない。
「岡辺さんも、どう? 飲んで見る?」
店長は悪戯好きの子供のように微笑み、カップを差し出した。
確かにこんなコーヒーは初めて見るが、好奇心に負けた。怖いもの見たさで、おそるおそる一口飲む。洗い物をしていたおかげで、コーヒーカップの熱が余計にじんわりしてきたが。
「あれ? 何かまろやかで普通に美味しい。というか、普通のコーヒーより澄んだ感じで」
もう一口飲むと、コクもある。ミルクは入れていないはずだが、喉越しはミルク入りのコーヒーにもに近い。
「驚いた。こんなコーヒーの飲み方あるんですね。でも美味しい」
笑顔でコーヒーを飲む明日香に店長はクスクスと笑っている。
「雑味がないでしょ?」
「ええ。思い切って飲んでみてよかった」
「うん、何でも冒険だ。岡辺さんもやりたい事何でも冒険するといい。案外、美味しいものも見つかるかも?」
店長もこのコーヒーを飲み深く頷く。
「え、そうですね……」
明日香も頷く。今はまだ色々と人生にも迷子中だったが、このコーヒーを飲んでいたら元気が出てきた。
「思い切って色々やってみたくなりましたね!」
明日香の心もすっきりと澄んで来たのかもしれない。




