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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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ドリームケーキと恋のフィーカ(5)

 翌朝、明日香はいつもり早く目覚めてしまった。昨日、夜遅く、アイさんからレビューが入っていた。


 明日香の想像よりも長いレビューだった。悩みが多く、明日香に電話をかける前は陰謀論系のカルト宗教への入信も考えていたそう。しかし明日香が親身に話を聞いてくれた為、それは辞めようという事だった。リピートの希望も書いており、嬉しくて仕方ない。


 興奮状態で眠れ無くなった為、朝も早く起きてしまった。窓の外は綺麗に晴れ、街路樹の深緑もキラキラと輝いている。


 この嬉しさは自分だけのものにしたくない。誰かに話したい。そう思うと、店長の顔が頭に浮かぶ。見た目はイケメンと言っても良いが、笑うと目尻に皺ができ、ちょっと隙ができるあの笑顔を。


「どうしよう……」


 これはもう自分の心を自覚してしまい、一人でジタバタとしてしまうが、今日もバイトだ。


 いつも通りにカフェの従業員入り口に向かう。裏の教会では何かやっているのか、綺麗な讃美歌の音もうっすらと聞こえる。風は爽やかに吹く。もうすっかり春も終わり、初夏だ。太陽の光はもっと熱くなるだろう。


「みゃー」


 猫のムンキは授業員入り口の側でゴロゴロしている。


「お前は呑気でいいね」

「むぁー!」


 猫のムンキの抜けた声を聞きながら、明日香もすっかり気が抜ける。夢への第一歩を踏み出せた今だが、未来はあまり怖くない。もし失敗したことを考えても、後悔しそうにもなかった。むしろ、何もしない方がずっと人生迷子状態だったのかもしれない。


「店長、おはようございます!」

「岡辺さん、おはよう! あ、でも絶対冷蔵庫の中は見ないで!」


 珍しく店長は焦り、厨房の業務用冷蔵庫の前に立ちはだかる。背が高い店長が前に来ると圧が強い。


「どうしてですか?」

「ドリームケーキを焼いたんだ。もう良い焼き具合で。これは一日のお楽しみにしようかと」

「本当ですか、ドリームケーキ!」


 あの名前だけは聞いているお祝いのケーキだ。どんなものかと気になるが、ここは店長の言う通りにしよう。明日香も嬉しい報告は最後にとっておく事にきめた。


 カフェの仕事中に冷蔵庫の中を一切見られないのは不便ではあったが、夕方から雨が降る始め、お客様はもう来ないだろうと早めに閉店となった。


 店長がコーヒーを淹れ、明日香がカフェのテーブルや椅子をセッティング。


 猫のムンキはソファの上でゴロゴロとし、雨音がしとしとと響く。


「さあ、準備ができた!」


 店長はそう笑顔で言うと、ケーキをテーブルの上に置く。


「これがドリームケーキ?」


 店長は頷く。


 ドリームケーキは一般的なホールケーキと違った。どちらかといえばロールケーキに近い。見た目はロールケーキにそっくりだが、生地はチョコレートのような色合いだ。この色とトッピングされた苺の赤のコントラストが美しい。綺麗なケーキだ。生クリームの甘い匂いも夢のよう。


「このケーキは、正確にはドリーム・ロールケーキという。日本人が呼びやすいようにうちではそう呼んでる。このケーキ、実は生地は全部片栗粉でグルテンフリーでね」

「えー、そうは見えないですね」


 スポンジ生地は見るからにフワフワだ。グルテンフリーというと、どうしても健康的なイメージだ。


「お祝いの時によく食べるケーキで」


 店長はニコニコと笑いながらケーキを切り分ける。明日香もついつい口が滑り、始めてのお客とも上手くいった経験も話す。


「岡辺さん、良かった!」


 まるで自分に事のよに喜ぶ店長に、明日香の目の奥が痛い。今までの人生迷子を抜け出せたのも、店長のおかげ。自分の力ではない。一歩間違えていたら、迷子どころか落とし穴にはまっていたかもしれない。


「店長、ありがとう」


 涙声になってしまったが、ドリーム・ケーキは夢のように美味しい。フワフワの生地と苺の甘酸っぱさが舌の上で溶け合う。少し涙の味もしたが、これはきっと悪いものではない。明日香は涙を拭くと、無言でドリームケーキを食べ続けていた。


 コーヒーとの相性も良く、猫のムンキも興味津々らしく、店長の足元にまとわりつくぐらい。


「ミャァ〜」


 猫のムンキの呑気な鳴き声と外の雨音は混じり合う。気づくと、明日香も店長も無言だった。


 話す事は何も思いつかず、明日香はなぜか下を向いてしまう。これ以上店長と見つめ合っていたら、本音が全部出てきそうで。


「ところで岡辺さん」

「は、はい?」


 こんな静けさの中、店長の声が響き、急いで明日香は顔を上げる。


「明日もこんな風に一緒にコーヒーを飲みませんか?」


 どちらかとえば、いつも落ち着いている店長の声が少し震えていた。


「あ、深い意味はないから。うん、フィーカだから。北欧では法律でフィーカの時間も定められているから。強制的です」


 いつになく早口の店長。こんな店長の声は聞いた事はなく、明日香の目は丸くなる。


「うん、フィーカなら誘いやすいから」

「え、何か言いましたか?」


 その店長の声は雨音にかき消され、明日香は聞き取れなかった。


「ミャーォ〜」


 猫のムンキもいつもより大きな声で鳴き、質問の答えは、ついに聞けないまま。

 

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