ドリームケーキと恋のフィーカ(3)
夜のフィーカの時間。結局、真緒や和美とダラダラとコーヒーを飲み、クリスタルコーヒーブレッドを楽しんだ。
一つ欠点があるとすれば、コーヒーのカフェインだ。なかなか眠れなくなり、ベッドの上で真緒が言っていた「スキルマ!」というアプリを起動してみた。
作りはスキマバイトアプリとも似てる。求人にように個々のスキルが掲載され、予約が入ったものは「ソールド」と赤い表示も入る。
販売されているスキルは様々だ。語学など特殊なスキルが要求されるものから、話し相手や草むしりなどもある。性的なものは禁止だが、彼氏や彼女レンタルなどの代行業も販売されていた。何でも屋という人もいる。昔の言葉で言うと万屋か。
参入はしやすそう。愚痴聞きをしているユーザーも資格はないと書いてあったが、レビューは一万件近くついている。平均評価も高く、予約もすぐ埋まっていた。
登録は簡単で、明日香も一瞬で終わる。保険証の画像も送り、あとは認証を待つだけだが、これもすぐ終わるという。身分確認方法もスキマバイトアプリとそっくりで拍子抜けするぐらい。
ただ、ユーザーにはスキマバイトアプリよりも細かいランク分けがされ、一度も販売実績がない場合は、ビギナーユーザーと呼ばれる。初回は無料で販売も出来るらしい。この方が客がつきやすく、リピーターの確保も比較的簡単なのだという。
登録はあっという間だったが、これが仕事になるかわからない。パッと見たところ、ライバルもかなり多い。そしてここでも占いやスピリチュアルが出来るカウンセラーが人気らしい。
どうやら簡単ではなさそう。だが、何もしないよりはマシだ。ここで第一歩を踏もう。
翌日、保険証の画像も認証されると、さっそく「愚痴聞きます!」と販売を始めた。こうしたスキルを売るのもあっという間だ。売るだけだったらだが……。
カフェの仕事が終わって、またこのアプリを起動させたが、売れた形跡は全く無い。お気に入りもされてない。いいね!も一件もなかった。
「あぁー、やっぱり……」
カフェのバックヤードでスマートフォンを握りしめながら、ため息が溢れる。新規参入がしやすいという事は、それだけ競合が厳しい市場らしい。見た目ほど簡単ではない。スキマバイトアプリでも給料が低く、悪いレビューが多くついている求人はいつまでも残っている事を思い出す。
「うん? 岡辺さん、大丈夫?」
そこにひょっこり店長が現れた。猫のムンキも抱いている。カフェの方でイタズラをしたらしく、こうして抱っこしているという。ムンキはイタズラがバレた事に全く気づいていないのか、いつも通りにミャーミャーと小さな声で鳴いていたが。
「店長、第一歩、難しいです。やってみましたけど……」
がっくりと肩を落とす明日香に、店長はむしろ穏やかに笑ってる。
「おめでとう!」
しかも、なぜか祝福の言葉までもらう。全然めでたくない。
「別に嬉しくないですけど?」
「でも一歩踏み出せたら満点。聖書には成果を出せとか成功しろとは書いていない。行動しただけで満点だ。もし失敗したとしても神様が良いものに変えてくれるとも書いてあるから。とりあえずトライ&エラーをやっていこう」
また笑っている店長の目尻を眺めながら、ここで落ち込んでいるのも馬鹿馬鹿しい。猫のムンキのとぼけた目も、明日香の余計な力を抜いてくる。
「そうですよね。最初からうまく行く方が変かも」
「まだまだチャンスはある。それに今度の土曜日、ドリームケーキを焼いてあげるから」
「ミャ!」
猫のムンキは、まるで自分がご褒美を貰えたかのような声を出し、ますます明日香の気が抜ける。
薄く苦笑しつつ、明日香は猫のムンキを抱かせてもらう。もふもふと柔らかな白い毛を撫でていると、すぐに結果が出なくても当然だと、腑に落ちる。安心もしてきた。
「ところでドリームケーキってどんな見た目で味なんですか?」
明日香の興味がドリームケーキに移った時。明日香のスマートフォンが震えた。通知が来たらしい。
その通知を見て明日香は我が目を疑う。あの「スキルマ!」で販売した愚痴聞きが売れていた。
「岡辺さん、どうした?」
明日香に腕から猫のムンキがすり抜けていく。
「店長、無料だけど、売れました! 最初の一歩は失敗ではなかったみたいです……」
その声は震えていたが、止める事はどうしても出来なかった。




