ドリームケーキと恋のフィーカ(2)
その夜、明日香はカウンセラーの仕事について調べていた。
調べるといってもシェアハウスの自室での地道な作業だ。ノートパソコンに向かってインターネットで検索するが、明日香の表情は明るくはない。
臨床心理士の資格については明日香の学歴では取得が難しい。
他、怪しい民間資格の情報が山ほど出てきた。誰にでも受験できるが、教材や受験料が異様に高く、引いてしまう。
また、日本ではカウンセラーの需要が高い事は事実。今後AIの発達につれて、人間にしかできない仕事として期待されてはいたが、日本人はカウンリング習慣は乏しく、占いやスピリチュアルがその受け皿になっているという。明日香が占いやスピリチュアルの市場規模を見て目が丸くなった。個人でも何千と稼いでいる人も珍しく無いという。一方、ちゃんと資格のあるカウンセラーでも収入が得にくい現状も問題視され、明日香はため息しか出ない。
「はー、カウンセラーって需要があるのに、占いやスピリチュアルに取られちゃってるのか……」
かと言って明日香には霊感もない。占いなどとても出来るわけがなく、ため息が出る。また無資格でカウンリングで起業しても生き残るのは難しいといったネット記事も見つけ、思考はどんどんマイナスに傾く。
これでは人生迷子中、インプット地獄をしていた事と大差無いではないか。
明日香は一旦、パソコンの電源を切り、あのムーミンのノートを開く。
結局、ここに戻ってしまう。
・カウンセラーになる。
自分が書いた文字を見ながら深呼吸。まずはインプット地獄は一旦中止。どうせ行動しない理由を探してしまうだけだ。
・カウンセラーっていうか、話や愚痴を聞き人?
・君枝のような夢を持つ人を励ましたり、応援す人?
・名村のように特殊な仕事をしている人の愚痴を聞く人?
そんな夢も書く。もしかしたら「カウンセラー」という名詞に拘らなければ仕事はある?
店長の本業も思い出す。宗教関係の人は、人の話を聞くのも仕事のイメージだ。実際、店長は人の話を聞くのが上手い。
・でも宗教関係の人はなれない?
どう考えても明日香は無宗教・無神論の一般的な日本人だ。
こうして思考は行き詰まってきた。ノートに書いた文字もだんだんと汚くなってくる。
「こんな時こそ、フィーカ?」
もう夜の二十二時過ぎだったが、こういう時こそ気分転換だ。ちょうど今日は店長からお土産でクリスタルコーヒーブレッドも貰っていた。夜にカフェイン入りのコーヒーを飲む背徳感を持ちつつ、シェアハウスのキッチンでお湯を沸かし、ドリップバックのコーヒーを淹れた。
このコーヒーは高くはない。スーパーのプライベートブランドのものだ。カフェで出す浅煎の北欧風のコーヒーと比べると、香りは薄い気がしたが、これも悪くない。
シェアハウスの共有部のリビングに行き、ソファに座ると、ゆっくりとコーヒーを啜る。クリスタルコーヒーブレッドも咀嚼する。表面の砂糖のザクザク感に反して中身はフワフワだ。
それにキラキラとした表面の砂糖を見ていたら、だいぶ落ち着いてきた。まだまだ調べたり、勉強することはあるはず。それに今はカフェで客の愚痴を聞く事も出来る。冷静になって考えれば恵まれた立場ではないか。
「ただいまー!」
そう考えた時、真緒が帰ってきた。今日は和美も一緒だ。そういえばニ人とも外で偶然会い、食事してから帰って来るとは連絡を貰ってはいたが。とくに和美は酒臭く、ご機嫌だ。顔も熱っているようだが、明日香はリビングで一人フィーカをやっていると真緒と顔を見合わせた。
この流れだと、事情を説明する他ない。夢が見つかった事。カウンセラーの仕事に興味を持ったが、なかなか職業にするのは難しそうだという悩みも話してしまった。
二人ともソファニ座り、明日香の話を最後まで聞いてくれた。
それだけでも嬉しいもの。こんな夢を語り、バカにされないだけでも嬉しい。今は余計にこの夢が大切になってしまったぐらいだったが。
「だったら明日香さん、ネットでカウンセラーやったら?」
真緒は「スキルマ!」というアプリを教えてくれた。これは個人のスキルを売り買いできるアプリで、愚痴を聞くだけでも稼げるらしい。
「え、そんなアプリあるの?」
盲点だった。先程のインプット地獄では「カウンセラー」というワードにこだわりすぎていたらしい。死角になってしまった情報が案外多かった模様。
「それに明日香ちゃんさ、投資の勉強もしたらいいんじゃない?」
一方、和美はまた違う角度から提案。
「別にFIREしろって言うんじゃないよ。フリーランス的働き方したいんだったら、月三万ぐらい入ってきたら安心じゃない? それぐらいだったら、私が教えるから」
和美も投資をし、一時期FIREしていた事も思い出す。
「いいの?」
明日香は思わずのけぞる程。なぜか夢が見つかった途端に、色々と周囲から応援されているような? あくせきと転職活動をしていた時にはない事で、明日香の目元がじんわりと濡れていく。
「そうだよ。明日香さん、一人じゃないって事だよ。私も応援するから!」
「うん、真緒ちゃんの言うとおり。私だって応援しているからね。他人の夢を笑うようなダサい大人にはなりたくないし」
二人の声を聞きながら、明日香の視界がぼやけていく。ずっと一人で頑張らないと思いこんでいたが、今はすっかり肩の荷物が降りた。
「もー、明日香さん、繊細すぎじゃない? そこが良いところでもあるけど、泣く?」
真緒の声は言葉とは裏腹に優しげだ。
「そうだよ、明日香さん。お金だったら意外と何とかなる! まずは第一歩行動だ!」
「え、ええ」
和美の明るい声もする。明日香は深く頷くと、コーヒーを一口だけ啜る。
もうコーヒーはすっかり冷めていたが、不思議と全く不味くない。夜のフィーカも悪くない。




