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北欧おやつ時間〜夢のケーキと午後三時のフィーカ〜  作者: 地野千塩


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ドリームケーキと恋のフィーカ(1)

 夢が見つかってからの明日香は、カフェの仕事も今まで以上に頑張って取り組んでいた。


「名村さん、コーヒーとムンキお待たせいたしました」


 常連客の名村は今日はカウンター席に座り、悩ましそうな表情だ。


 他の常連客は猫のムンキと戯れたり騒がしいが、名村はアンニュイな表情だった。


「実はまた評論家に悪く書かれてねぇ。もう何度目かって感じだけど、やっぱりやる気が出ない」


 名村は苦いため息をこぼす。見かけは一般的な中年男性と違い、服や小物などがオシャレだが、悩んでいる姿は少々近寄りたがい。


「その話、詳しく聞いてもいいですか?」

「えー、明日香ちゃんどうした?」

「実は……」


 明日香は事情を手短に説明した。カウンセラーの夢を持った事を店長に伝えると、常連客の話を聞いても良いという。


 もちろん、客が断ったらダメだ。料金も取らない。貸し切り時や忙しい時もダメだが、その間のカフェの仕事は店長がフォローしてくれるという。


「え、いいんか。愚痴聞いてくれるんか?」

「でも。完全素人というか、プロではないですが」

「いいよ、いいよ。全然オッケーだよ!」


 名村は笑顔でこの提案を受け入れてくれた。


「今はAIが発達しているから、対面のカウンセラーは需要があるだろう。それに明日香ちゃんのような癖がなく、大人しそうで繊細なタイプはいいよ、絶対向いてるよ」


 そこまで褒められると明日香の頬も真っ赤になってしまうが、他の常連客も帰り、名村は余計に話やすくなったよう。コーヒーを片手に日々の愚痴を語り始めた。


「そうなんだよ。本当に評論家連中に腹立つ感じでさー」


 明日香は黙って話を聞いているだけだ。時々、話が脱線しそうになると修正し、名村本人が語りたいだろと思う事を推測しながら質問した。話題は広げず、深掘りする感じ。本音と建前を見抜き、なるべく本音の方を引き出すのはなかなか難しい。それに闇雲に共感を示すのも悪い気がして、話を聞くだけでもスキルが必要だと思わされた。


 猫のムンキも白い毛をフワフワとさせがら名村の元へ。猫のムンキを膝の上に載せた名村は余計に饒舌となり、スッキリとした表情で帰っていく。


「明日香ちゃん、ありがと!」


 しかもお土産としてチルドケースやベーカリーコーナーの中身もほとんど買ってくれ、店頭はホクホク顔だ。


「岡辺さん、おつかれ!」


 こうしてあっと言う間に閉店間際となり、明日香達はカフェの床を掃いたり、磨いたりしていた。


「店長おつかれさまですー。でも、こんなカフェで相談みたいな事していいんですかね?」


 正直、カフェでする仕事と思えない。それに明日香は臨床心理士や心理学、精神疾患などの専門家でもない。手相も読めない。未来の星回りも知らければ、タロットカードも操れない。つまり、専門的な何かの知識・資格がゼロ。無料とはいえ、私物化してしまっているようで、違和感は拭えない。


「いいよ」

「本当ですか?」


 店長はそんな明日香の戸惑いは知らず、いつものように笑っていた。


「うちのカフェ、ネットでは噂があるらしい。悩んでいる人だけが行けるって。だったら、いいんじゃない?」


 確かにそんな噂を聞いた事はあったが。


「僕は岡辺さんの夢を応援するから」


 掃除用具を持っているとはいえ、まっすぐ見つめられた。


 その店長の目があまりにも誠実で、明日香は思わず下を向いてしまうぐらい。


「でも、夢を叶える為には具体的な行動や目標も必要」


 そうは言ってもてんちょは意外と現実派だった。


「祈って待っているだけでは夢は叶わないよ」

「き、キリスト教の人が言う言葉っぽく無いですね」

「ミャーォー」


 猫のムンキもソファの上で同意するように鳴いている。


 もう夕方近い。カフェの窓からも夕陽が差し込み、ムンキの白い毛も、オレンジ色に染まる。


 カフェの柔らかな照明は夕陽と混ざり合い、さらにホンワカとした空気に変わっていくが、店頭は想像以上にしっかりしているらしい。


「実は聖書でも信仰心だけではダメ、ちゃんと現実的な行動もしようっていう教えがあるんだ。霊と現世、どっちかに偏っても良くないって事」

「へぇ、意外」


 どちらといえば宗教は祈って棚からぼたもちが降ってくるようなイメージだ。


「もちろん、祈りだって大事だよ。でも自分から何もしないで待っているのもちょっと違う。引きこもりでもいいって事になるじゃん?」

「そ、そうですね。確かに」


 店頭の言葉は現実的だったが、口調はいつもにように優しく、すんなり腑に落ちた。そう、夢を見ているだけではダメだ。自分で出来る行動は絶対あるはず。むしろ明日香の心は元気になってくるぐらい。


「大丈夫。一歩だけ踏み出してみよう」


 そんな応援もされ、明日香ははっと顔をあげる。


「そうですね。カウンセラーの資格とか、どんな働き方があるか色々調べて、心理学も勉強しようかな」

「うん、それがいいね」


 店長はソファの方に向かい、猫のムンキの背中な顎元を撫でた。普段はパンやケーキ作りの長けた大きな手だが、ムンキの毛に包まれると、店長は目を細める。


「それにいざとなったら、ここでカウンセラーやってもいい」

「ここはカフェですよ?」

「まあ、僕も本業がある。いつまでもこのカフェを営業できるかが未知数だから」

「そんな……」


 店長によると、宣教師の仕事は世界各地を飛び回り、時にはキリスト教が禁止された国へ身分を隠して潜入する事も珍しく無いという。


「そ、そんな仕事だったんですか?」


 宣教師の実情よりも店長について何も知らなかった事に何故か心がチクチクする。それにこのカフェも永遠ではない。薄々気づいていた事だが、いざ目の前に突きつけられると、明日香の表情も曇る。


「大丈夫。今のところは、そんなスパイみたいな仕事はないから」

「そう……」

「それに岡辺さんには夢が見つかったお祝いのケーキも焼こう。前に少し言ったけど、ドリームケーキがいいね」


 店長は目尻に皺を作り、今まで以上に優しい表情だ。


「ドリームケーキ? どんなケーキですか?」

「それは見てのお楽しみ!」

「ミャーォ。ミャー!」


 ネコのムンキの鳴き声を聞きながら、もう心はチクチクしていない事に気づく。


 そう、今はまだ店長についても、この夢についても知らない事が多いのは仕方ない。


 まずは第一歩だけ踏み出してみよう。たぶん、今はそれが精一杯だ。

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