希望の光とクリスタルコーヒーブレッド(5)
その数日間、明日香は悶々としてしまっていた。あの君枝の態度は嫌われてような気がし、カフェのバイト中も無理矢理笑顔を作っていた。
こんな風に気にしてしまう。思えば子供の頃からそうだった。他人の顔色や機嫌を伺い、必要以上に気にしてしまう。こういった悪癖はやめようと思いつつも、なかなか抜けない。
こうして時間だけが経ち、カフェも閉店間際だ。明日香が洗い物を終えた時、店長に指摘された。今日は笑顔が不自然な感じだったと。
「別にいいけど、お客さんに意外とバレたりするから」
「ですよね……」
明日香は店長に怒られるんじゃ無いかと思ったが、逆だ。むしろ心配されてしまう。店長の気遣いに明日香は正直に話す事にした。
「それ、君枝さん本人に確かめた事?」
いつもは話を聞くだけの店長だったが、今日が鋭い。的確に突っ込みを入れてきた。
「いえ、していません」
「だったら何か誤解があるって。単純にトイレ行きたくなっただけかも? よく書店である」
「た、確かに……」
その発想はなかった。
「岡辺さん、その繊細さは悪くは無いと思うが……」
「え?」
店長が何か呟いたが聞こえない。閉店間際だったが、ちょうどお客様が見え、厨房からカフェの方へ急いで向かう。
猫のムンキがミャーミャーと客の足元に擦り寄っていた。いつもはここまで客に懐かないので店長は目を丸くしていたが。
驚いたのはそこではない。客は君枝だったから。何より明日香が一番驚いていたが、店長は猫のムンキをカウンター席の方に移し、君枝をソファ席に案内。明日香はその間、水とメニューブックを用意して君枝に渡す。
閉店間際に客が来ることは滅多にないが、よりによって君枝が来店。
明日香は気まずいながらも、君枝にメニューの説明などをした。
「前に食べたクリスタルコーヒーブレッドが美味して、また食べたいんだけど」
君枝は全く怒っていない。むしろゴスペル教室の時と同じような笑顔を向けられ拍子抜け。
しかも店長に北欧のパンやコーヒーについてメモをとりながら質問していた。まるで取材のよう。
「君枝さん、もしかして物書きですか?」
店長は冗談のつもりで言ったらしい。まさか君枝が「そうです」と答えると思わなかったらしく、大袈裟にのけぞっていた。カウンターにいる猫のムンキも鳴いていた。猫のムンキは日本語など分かるわけがないのに。
ここで君枝は苦笑し、北欧風のチーズ入りコーヒーを啜る。君枝はこのコーヒーに一番食いつき、店長を質問責めにしていた。
「だ、誰にも言わないでよ。実は私、作家志望で」
先日、君枝が書店にいたのも、文芸賞や人気作家の新作の情報収集をしていたらしい。文芸誌を手にしていた理由がようやく腑に落ちた。
「でも他の友達や家族とかの馬鹿にされて。投稿仲間からは、必死に色んな所に応募して痛い人とか陰で言われたりね。だから明日香さんにも不自然な態度とってしまったの。笑われるんじゃないかと思って」
「そんな、私は笑いませんよ!」
静かなカフェに明日香の声が響く。想像以上に大きな声が出てしまった。嫌われたという誤解が解けたよりも、君枝を馬鹿にする人達に憤ってしまう。
「そうですよ! 他人の夢を笑う人に自分の夢を語る権利なんて無いんですから」
店長もそう言い怒っていた。目が吊り上がり、顔も少し赤くなってる。
いつか店長は怒りの種類の話をしていた。たぶん、この怒りは自分自身の為ではない。
「そ、そう……」
明日香や店長が怒りを見せた事は、君枝は意外だったらしい。少々動揺しながらも、コーヒーを啜ると、頷く。
「ありがとう。話を聞いてくれて。うん、話を聞いてくれる人がいるっていいよね。自分は一人じゃないって思える。ああ、このクリスタルコーヒーブレッドのキラキラした砂糖が綺麗ね。希望の光みたい」
君枝は皿の上のそのパンを笑顔で食べていた。サクっと咀嚼音が響く。
「ありがとう、明日香さん。話を聞いてくれて」
またお礼の言葉を君枝から貰った。その瞬間、頭の中で何かピンと閃く。
「君枝さん、夢を叶えるのに頑張って。少なくとも僕たちは応援していますから」
店長のそんな声を聞きながら、明日香の目の前も急に開けていく。ずっと迷子中だったがようやく答えが見えた。希望の光が見えた。
「店長、私、迷子辞められそうです!」
君枝が帰った後、思わずはしゃぎ声が出てしまう。
「私、人の話を聞いたり、相談のるような仕事がしたいです。具体的に言えばカウンセラーになりたいです! 君枝さんの事で気づいちゃいました!」
明日香の目は憑き物が取れたかのようにさっぱりしている。そして子供のようにキラキラと光り始めた。
「おめでとう、岡辺さん! 特別なケーキをお祝いで焼こう!」
「やった、店長ありがとう!」
目尻が涙で滲んでしまうぐらい嬉しい。ようやく見つけた希望の光。迷子が長かったせいか、余計に今が輝いて見えて仕方がない。
・カウンセラーになる。
カフェから帰った後、あのムーミンのノートにこう書いたのは言うまでもない。
・ 店長のことをもっとよく知りたい。
こうも書いた。
それが恋愛的なものなのか、人として尊敬しているかは不明だ。
思えば店長の事は明日香は何も知らない。だからこそ知りたい。
どうやって知っていけば良いかもまだ分からない。
それでも、彼の笑顔を思い出すと、心臓が波打って仕方ない。




